移動できました
怪談会に集まった幽霊たちは、円形に並べた紫色のペタンコ座布団に座っている。
正座したり胡坐をかいたり、足を崩して座っている幽霊もいる。
幽霊にも、座布団に座る足はあるのだ。
怪談会のMC青年カイ君は、正面に座るスーツの男性に目を向けた。
「それではトップバッター、額に汗光るサラリーマンの
カイ君が拍手すると、円形に座る幽霊たちもハフハフと拍手した。
薄ぼんやりとした幽霊の手は、パチパチとハッキリした音の拍手はしない。
「あ、どうも、恐縮です。後藤です」
後藤と紹介された、小太りのスーツ姿の男性が会釈した。
「ひとつ、皆さんにお勧めしたい事がありまして。
見える人を探すには、後ろから声をかけると良いという事なんです」
営業スマイルで、後藤さんは話し始めた。
僕は今、駅のタクシー乗り場にいるんですが、元々は自宅にいたんです。
地縛霊ではないものの、完全な浮遊霊でもないので、自由に好きな場所へ行くことができないんです。
家族の肩に乗って地元の駅へ行って、電車に運ばれて現在の駅に来ました。
でも駅のタクシー乗り場の場所がわからず、移動することも出来なくなって。
案内板すら自由に探せないもので。いや、お恥ずかしいです。
僕の姿が見える人に、聞くしかないのかなって思ったんですよ。
見えそうかと思った人に、背後から声をかけ続けて23人目でした。
振り返ってくれる人がいたんです。
目を合わせて、普通に会話できました。
やっぱり、居るんですねぇ、そういう人。
タクシー乗り場を訪ねると、思い出しながら場所を教えてくれました。
見えてくれない人が、平気で僕の体をすり抜けて行ったので、僕が幽霊だとバレてしまったんですけどね。
それでも、たどり着けるようにと願ってくれたので、その場から移動することができたんです。
今は、タクシー乗り場で、目的地方面へ行く人を待っています。
隣に相席させてもらおうと思いまして。
あ、行先は、職場の同僚の自宅です。
僕は過労死だったんですが、まあ、あれでも世渡り上手って言うんでしょうか。
必要のない自分好みの作業を、必要かのように仕立て上げることを仕事にしていたような。
どこにでも、そんな人は居るのかも知れませんが、グループ作業の中にそんな人が居たらたまりませんよ。
僕の仕事量は山分けで、そんな人が一人分の人数を無駄にしますから。5人いれば5人分の仕事量を配分されるのに。
仕事が出来ないならそれでいいんです。出来るようになってもらうのも仕事の内に入りますから。
でも、仕事をしているように見せかけるだけで、人のミスを大袈裟に印象付ける事に一生懸命だったり、そのせいで自分の仕事が進まないように演じたり。
人として、駄目じゃないですか。
でも、口先が達者だと、事実も周りには見えなく出来るんですよね。
家族が騒いでくれたので、会社が僕の過労死を認めましたが、当然、その同僚は何のお咎めもありませんよ。
僕が直接、行かなくては。
人を怨んで死んだ人間には、この世に残っても制約があるんですよね。自由に身動き取れなかったり。
でも、移動する手段がない訳じゃないんですよ。
あとはタクシーに乗って行くだけです。
あれ? でも、このお寺には、すんなり来れましたね。
不思議です。
小太りのスーツ姿の後藤さんは、頭を掻きながら会釈した。
「後藤さん、ありがとうございました」
MCの青年、カイ君が拍手すると、聞いていた幽霊たちもハフハフと拍手した。
「このお寺は、そういう場所なんですよ。ぜひ、また怪談会にご参加くださいね」
明るい声のカイ君に言われ、スーツ姿の後藤さんはもう一度、笑って会釈した。
「それでは、次のお話に移りましょう!」
幽霊たちのハフハフという拍手が、暗く明るい本堂に広がっていく。
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