別人
次の話し手は、ずっとソワソワしていて落ち着かない男だった。
「どうも、
怪談会のMC青年カイ君が促す前に、早坂という男は語り出した。
子どもは居ないもので、私が死ぬと、妻はマンションで一人暮らしになりました。
私は妻が心配で、ずっと側で見守っていたんです。
でも、変な霊が私たちの部屋に上がり込みまして。
ある日、妻が仕事から帰ると、玄関に私の靴が出ていたんです。
妻が、下駄箱に残しておいてくれた、私のスニーカーです。
驚いた妻が部屋の電気をつけると、知らない男の霊が居たんです。
私の靴を出したのは、その男の仕業でした。
なぜか妻にも、その男の輪郭がぼんやりと見えたんです。
確かに背格好は似ていますが、別人なんですよ。
でも妻は、それが私の霊だと思い込んでしまったんです。
……喜んでいました。幽霊でも、また私に会えたと言って。
私も、嬉しかったんです。
怯えたりお祓いしようとせずに、受け入れてくれましたから。
でも、妻が見ている幽霊は赤の他人です。
すぐに、追い出そうとしたんですが、
『奥さんの喜んだ顔を見ただろう。君は想われているんだね。でも、君には奥さんを笑顔にできないだろう』
そう言われて、何も言い返せなかったんです。
『迷惑はかけないし、奥さんに触れたりもしない』
と、言って、けっきょく居座られてしまって……。
妻は楽しそうに、その男の輪郭に話しかけているんです。
その男の声は伝わらないようで、輪郭でもわかるように、頷いたりして答えています。
その男が現れてからすぐ、妻はふたり分の食事を作るようになりました。
テーブルに向かい合って座るものの、その男も霊なので食べません。
妻がふたり分の食事を平らげます。
元々食べるのが好きで、ふくよかだったんですが、ふたり分の食事を食べているのに、どんどん痩せていくんです。
最近やっと、その男の霊が妻の生気を吸い取っていることに気付きました。
追い払えない事もない気はするんですが、嬉しそうな妻の姿を見ると、どうしたら良いのか……。
肩を落とし、溜め息交じりに早坂という男は話している。
「やっぱり別人でも、妻が喜んでいるなら――」
「なに言ってるんですか」
早坂の話の途中、カイ君が口をはさんだ。
いつも笑顔のカイ君が、眉を寄せて難しい表情を向けている。
「奥さん、殺されちゃいますよ」
「――っ!」
「生気を吸われて、激痩せしてしまっているんでしょう。痩せた人が痩せ続けるには限界があるんですよ?」
少し厳しい口調で言った。
「……はい」
「そんな、まやかしの喜びじゃなくて、奥さんが前を見ながら生きられるように、願いながら側にいてあげればいいんです。奥さんを想うあなたなら、側に居ても奥さんの生気を吸い取って死に向かわせることは無いんですよ」
「た、確かに……」
両手を握りしめ、早坂は顔をげた。
「会の途中で、すみません。家に戻ります!」
「どうぞ。お気をつけて」
会釈し、早坂は立ち上がった。
座布団に座る幽霊たちの後ろを足早に進み、早坂は本堂の外へ駆け出して行った。
「早坂さん。上手く奥さんを守れると良いですね」
カイ君が言うと参加霊たちも頷き、ひとつだけ開いた座布団に目を向けていた。
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