闇の中


 ひんやりとした隙間風も、季節感を楽しむ雑談のきっかけになる。

 寺の本堂で行われている、幽霊たちによる怪談会。

 参加者の幽霊たちに、おどろおどろしい雰囲気はない。

 怖い話ばかりでなく、合間の雑談も楽しめる幽霊たちだ。

 そして、明るく楽しい調子で話を進めていたMC青年のカイ君は、声を落ち着かせ、

「お話し、できそうですか」

 と、次の話し手である男性に聞いた。

 雑談の間も、その男性は俯き、膝にぽろぽろと涙を落として泣き続けていたのだ。

 しかし、男性は俯いたまま、

「はい……すいません」

 と、答えた。

 薄手のジャケットの袖で涙を拭うと、またすぐに大粒の涙がこぼれた。



 ……娘に、気付いてもらえなかったんです。

 それが、ただ悲しくて。

 晩年は目が見えなくなりました。

 暗闇の生活も、長くは続きませんでしたが、死んで、幽霊になった後も、暗闇の生活でした。

 幽霊になって、視力は戻ったんです。でも、暗闇ばかり。

 明るい時間は意識が途切れてしまって、暗い時間にだけこの世に存在していられます。

 そういう、霊体の状態って言うんですかね。

 夜でも電気を点けられてしまうと、消えてしまうんです。

 ですが、夜の暗闇の中では、生きている人間の前でも姿を見せられることに気付いたんです。

 真っ暗では、たいていの人間が気付きませんけどね。

 でも、娘は夜型の生活をしていて、トイレや洗面所に行くとき、廊下の明かりを点けないんです。

 トイレや洗面所の電気は点けますけどね。それほど長い廊下ではありませんから。

 廊下の暗闇に立ってみると、トイレへ向かう娘に、肩がぶつかりました。

 驚かせてしまいましたが、本当に娘に触れることができて私も驚きました。

 嬉しかったんです。

 次は、思い切って正面に立ってみました。

 明かりの下で見なくても、気配とか体格の様子で気付いてくれることを期待して……。

 でも、やっぱり気付いてもらえなかったんです。

 娘は夜の廊下で、必ず明かりを点けるようになりました。

 驚かせてしまって、悪い事をしたとは思っています。

 でも、気付いてほしかった……。



 男は、しゃくり上げて泣き出してしまった。

 怪談会に参加している幽霊たちが、話終わりの拍手をして良いものか、戸惑いの視線をMCのカイ君に向けている。

 カイ君は少し考えてから、

「現実的で、根が前向きな娘さんなんだと思いますよ」

 と、泣き続ける男に言った。

「……はい」

「暗闇の中でも何でも、幽霊になったら生きている人とは触れ合えないものですから。娘さんに触れることができたのは、凄いことだと思いますよ。何か、意味があるのかも知れません」

 カイ君に言われ、男は泣き顔を上げた。

「意味、ですか?」

「暗いのは平気そうな娘さんです。ご自宅の廊下でなくても、暗い場所へ行ってしまうかも知れません。暗闇に潜む悪いものもいるでしょう。そういうものから、娘さんを守って差し上げたらどうですか。いざとなっても、あなたは娘さんに触れることができるんです。危険に近付くのを引き止められるんですよ」

 優しい笑顔で、カイ君は話した。

「それは、考えた事ありませんでした」

 目から鱗という表情で、男は頷いた。

「廊下でぶつかったのが、お父さんだと気付いてくれる時がくるかも知れませんし。長い目で、見守ってあげたらいいと思いますよ」

「はい……そうします」

 また涙をこぼしながら、男は笑みを見せた。

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