香梨寺
その女性は、怪談会の会場である
周囲に広がる竹林を散策したり、本堂の横に枝葉を広げるスズカケノキを見上げたり。
怪談会の準備をしていたMCの青年カイ君が声をかけてからは、本堂の中でご本尊をしげしげと眺めていた。
「とくに問題もない病死で、生前の心霊体験もないし、怪談会に参加させていただいても、お話しできるような怪談はないなと思っていたんです。でも、さっき気になる事がありました」
興味津々という表情で、その女性は話し始めた。
私、お寺の雰囲気が好きなんです。
御朱印集めもしたかったんですが、忙しくて生前はあまり行けなくて。
やっと、あちこち参拝できるようになりました。
幽霊になってしまったら、自分のお墓以外のお寺って入れないのかと思っていましたが、そうでもないんですね。
こちらは静かで、周りの竹林もとてもキレイです。
優しく受け入れてもらっている気持ちになりました。
幽霊のための怪談会が開かれるというのも、かなり興味を惹かれます。
それで、こちらに伺った時、サラリーマン風のスーツの男性幽霊が門の中を覗きながら、行ったり来たりしていたのを見かけたんです。
私は好きで入ってしまいますけど、入りにくい人も居るのだろうなって。
怪談会に参加される幽霊さんだと思っていたので、一緒に行きませんかって、声をかけたんです。
でも、様子がおかしいことに気付きました。
スーツの男性幽霊さん、門の中に入ろうとしているんですが、何かに押し戻される様子で、入れずにいたんです。
私の声も聞こえていないようでした。
すぐに諦めたようで、どこかへフラフラと歩いて行ってしまいましたけど。
お寺の敷地に、入れないタイプの幽霊さんもいるんだなって思いました。
いま思えば、目が血走っていて、ちょっと怖い幽霊さんでした。
以前、余所の有名なお寺で、生きている参拝客に混ざって、ああいう感じの幽霊さんをチラホラ見かけたことを思い出しました。
話し終えた女性がぺこりと頭を下げると、幽霊たちがハフハフと拍手した。
「質素さには、かなり自信があるお寺ですよ」
と、カイ君は頭を掻きながら苦笑した。
「えっ、そんな。そこが素敵なんです」
と、女性は慌てて言う。
「ありがとうございます。もちろん、どんな死者も受け入れて、成仏を助ける寺もありますよ。でも香梨寺は、悪意ある死者の手助けはしません。恨みを晴らす力を得ようとしていたり、他の霊を取り込んで強力な悪霊になろうと考えている存在は、この敷地に入れないそうですよ」
周囲を見回しながら、カイ君は話した。
集まる幽霊たちも、驚嘆の視線で周囲を見回している。
「怨念の塊のような存在は、この怪談会にも参加できません。安心してMCも出来るというものです」
そう言って、カイ君は軽く笑った。
「ですので皆さん、お気軽に、またご参加くださいね」
香梨寺の本堂に、もう一度大きな拍手が広がった。
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