MCのカイ君と怪談会に集まる幽霊たちが、その女性に目を向けた時だった。

 霊たちが集まる香梨寺こうりんじの本堂に、ペタンコ座布団も舞い上がりそうな強風が駆け抜けた。

 ヒューヒューと渦巻く風の中心に、茶髪の女性が座っている。

 強風に包まれながら、茶髪の女性は俯いてしまった。

「すいません、風が吹いちゃって……私、風に取り憑かれているんです。私も、幽霊なんですけど」

 と、悲しげな声で言うが、その声も風のせいで聞き取りづらい。

「大丈夫ですか? えっと、風さん? ちょっと落ち着きませんか?」

 カイ君が宙に声をかけると、女性にまとわりつくような風の渦がスッと緩んだ。

 本堂の天井付近まで広がり、ゆっくりと流れ始める。

 乱れていた茶髪を整え、女性は驚きの表情を見せた。

 カイ君は笑顔で、

「大丈夫そうですね。お話、伺えますか」

 と、茶髪の女性に聞いた。

「は、はい」

 天井を見上げていた他の幽霊たちも、茶髪の女性に視線を戻した。



 私、プロゴルファーだったんです。

 上手くいかないと風を怨んだり、追い風を味方に付けたいとか、風のことばかり考えていました。

 そうしたら、どういうわけか風を捕まえてしまったみたいなんです。

 かまいたちとも違いますけど、広いゴルフ場で、私がいた所にだけ突風が吹いたように見えていたようなんです。

 でも、不思議な風が、私にまとわりつくのを感じていました。

 風の一部が喉や肺に入り込んで……。

 息が出来なくなって、私は死にました。

 その時は風に私の見方をしろって、強く念じていたんです。

 自然に流れるはずの風が怒って、私に取り憑いたのかも知れません。

 私は、あの風が流れていくはずだった道を通って、自分の足で風を運ばないと解放されないんです。

 それだけは、わかっているんです。

 このお寺に来たのは、風の意志だったのか通り道だったのか、わからないんですけど……。



 首を傾げながら茶髪の女性は、困った表情で本堂の天井を見上げた。

 強風ではなくなっているが、相変わらず空気は動き続けている。

「うーん」

 カイ君も、風を見上げながら首を傾げた。

「始めは怨んでいたのかも知れませんね。例えば、友だちと楽しく遊んでいたのに自分だけ引き離されてしまったとか、風同士の競争をしている途中であなたに邪魔をされてしまったとか」

「……わかりません」

「今はもう、怒ってないんじゃないかな。あなたを、死なせているんだし」

 ふむ、と頷き、カイ君は背を向けていた御本尊に向き直った。

 手を合わせ頭を下げ、ゆっくりと立ち上がる。

 座布団に座る幽霊たちの後ろを通り、本堂の隅にある窓をカラリと開けた。

「この人を許せるなら、ここに置いて行ってかまいませんよ」

 カイ君は、流れる風に言った。

 一瞬の間を置いて、ヒューッと風が鳴った。

 もう一度女性の茶髪を吹き上げると、勢いよく流れだし、カイ君の開けた窓の外へ飛び出して行った。

 風にガタついた古い窓は、すぐに静かになった。

「おー、出た出た」

 楽しげに言いながら、カイ君は窓を閉める。

 自分の座布団へ戻り、もう一度御本尊に手を合わせ、霊たちに向き直った。

 茶髪の女性は、ゆっくりと髪を直しながら、ポカンとした表情を向けていた。

「風はあなたから離れたようですよ。良かったら、この怪談会を最後まで楽しまれて行ってください。その後は、どうぞご自由に」

「――ありがとうございます」

 茶髪の女性が目を潤ませると、幽霊たちはハフハフと暖かい拍手を送った。


 幽霊たちの怪談会。

 ときには、こんなこともある。

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