住所は図書館です


「さっき、最近の男の子のお話がありましたけど。私も、図書館で私が見える男の子に会ったんです」

 先ほどまで話していた男性に会釈し、次の話し手の女性が語り始める。



 なぜか、図書館の本やパソコンだけは、死んでからも触ることができたんです。

 他の場所の物はすり抜けてしまって、手にすることが出来ないんですよ。

 そりゃ、図書館に住み着いちゃいます。

 現住所は図書館です。


 ずっと、気にはなっていたんですけど。

 変な女が、子どもや若い人を狙って、勝手に注意して回ってたんです。

 ちょっと本を落としたり、咳き込んだり、転んだり。

 そんな事でも見かけると走って行って、

『他のお客様の迷惑になりますから』

 って、注意してるんです。

 もちろん、生きた人間の女ですよ。

 でも、図書館の職員じゃないんです。

 ほら、私たち幽霊なので、表面的な言動だけでなく、生きてる人間の心情がわかることもあるじゃないですか。

 その女は、他人を注意することで気持ち良くなっていました。

 そういうタイプの変態って言うのかしら。

 時々見かける男の子も、注意されていたんです。

 その子は、図書館の館長と知り合いっぽくて。

 試しに声をかけてみると、私の姿が見える子だったんです。

 私が生きているように見えていたようなので、私も注意されたことにして、あの女は図書館関係者じゃないって伝えました。

 信じてくれて、嬉しかったです。


 図書館の館長は、いつも決まった時間になると図書館内を一周するんです。

 館内の様子見と運動を兼ねて。

 なので、ちょっと館長室の時計にイタズラしましてね。

 時間を進めておいたんです。

 そうしたら、いいタイミングで男の子と館長が鉢合わせしてくれました。

 勝手に注意してる不審な女の話をして、警察を呼んでその女を捕まえてくれたんですよ。

 防犯カメラに私が映っていなかったので、男の子には怖い思いをさせてしまったかも知れませんけど。

 でも、男の子はその後も図書館に通って来ているので、安心しました。


 男の子の読書の邪魔をするつもりはありませんが、私を見える子がいると知っているだけで、なんだか嬉しいものです。

 もう一度お喋りできたら、うっかり成仏できてしまいそうなので、男の子の前に姿を見せてしまわないように気を付けようと思っています。



 フフッと笑って、女性はぺこりと頭を下げた。

 怪談会に集まる幽霊たちが、ハフハフと拍手する。

「他人に注意されるって、嫌なものですからね。注意されるほどの事でないならなおさら。そういう嫌な思いをした人が多かったことでしょうから。良い事をなさいましたね」

 MCの青年カイ君が、感心するように言った。

「上手くいって良かったです」

 と、女性は苦笑する。

「男の子とも、素敵な出会いになりましたね。関わりをもたない関係性にも、素敵な間柄があるものです」

 しみじみとカイ君が言うと、女性は嬉しそうに頷いた。

「ありがとうございました。では、続きまして……おっと、これは――」

 カイ君は次の話し手を見て、目を丸くした。

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