ナンパ霊


 竹藪に囲まれた香梨寺こうりんじが、夕日に染まり始めている。

 夜毎に行われる怪談会だが、日の長い季節は明るい内から準備が始まるのだ。


 風に鳴る笹の音を遮るように、パンパンっと柏手かしわでが響いた。

 怪談会の準備を始めようとしていたMCの青年カイ君は、本堂の木戸を開けた。

 賽銭箱の前で手を合わせていたのは、長い髪の女だ。

 スラリとした体形に、涼し気なワンピースがよく似合う。

「あ。マドカさん」

 と、カイ君は、女に声をかけた。

「あら、カイト。もう準備を始める時間なのね」

 カイ君より少し年上に見える女は、顔を上げて笑みを見せた。カイ君の、数少ない生者の友人だ。

 カイ君は、夕日色も見え始めたばかりの境内を眺めながら、

「まだ明るいけど、いつも通りの準備時間なんだよね」

 と、答える。

「日が長くなったからねぇ」

 マドカと呼ばれた女は、本堂前に設置された賽銭箱を覗き込んだ。

「なんだか、空っぽな音がしたけど。このお寺、大丈夫?」

 などと言って、マドカは心配そうな顔をカイ君に向ける。

「あはは。お賽銭してくれたんだ。大きすぎて持ち歩けない小銭入れは、昔から変わらないよ」

「持ち歩けない小銭入れねぇ」

「でも、珍しいね。どうかしたの?」

 ふぅ、と息を吐いてマドカは、

「チャラい幽霊男がナンパみたいに、ずーっとついて来たのよ。だから一応、ここに寄って厄落としして帰ろうと思ってね」

 と、話した。

 小さく吹き出して笑いながら、カイ君は、

「生きている人には見えないつもりで、調子に乗っちゃう幽霊も居るよね」

 と、答える。

「せっかく、この世に残ってるってのにねぇ。もっと時間を有効に使いなさいっつうのよ」

「確かに」

 竹藪の奥から、カラスたちの鳴き声が聞こえてくる。

 そして、境内に薄ぼやけた人影が現れた。

 怪談会の参加霊だ。

「もう、怪談会に参加する人が集まる時間?」

「まだ、少し早いけど」

「あっ!」

 と、若い男性参加霊が、マドカを見て声を上げた。

「あのっ。生きている方ですよね。幽霊が見えるんですね」

 と、目をキラキラさせながら言っている。

「まぁね」

「付きまとっていた幽霊を、ぶん殴ってましたよね!」

 などと男性霊が言うので、

「えっ。ナンパ幽霊、消滅させちゃったの?」

 と、今度はカイ君が驚きの声を上げた。

「追っ払っただけよ」

 そう言って、マドカは拳を見せる。

「幽霊になった僕が言うのもなんですけど。こんな人も居るのかって思って、世界が広がった気がしましたよ」

 と、幽霊ながらに、男性霊は明るい表情で話した。

「あら。お役に立てたみたいね」

 営業スマイルを見せながら、マドカは会釈する。

「えっと、すぐに準備しますので、中でお待ちくださいね」

 と、カイ君は参加霊を本堂の中へと促した。

「あ、はい。お世話になります」

 足音の無い男性参加霊は、スーッと本堂へ入って行った。

 苦笑しながらカイ君は、

「幽霊が、他の幽霊を見てる生者を目撃するって、けっこうレアな体験だよね。しかも幽霊を殴れる激レア能力者だし」

 と、言った。

「ご近所幽霊さんたちに、狂暴女って言われないように気を付けなくちゃねぇ」

「ご近所幽霊……」

「じゃあ、カイト。お仕事、頑張ってね」

「うん。ありがとう」

 軽く手を振り、マドカはハイヒールをコツコツと鳴らしながら帰って行く。


 夜毎に開かれる、幽霊による怪談会。

 会場となる香梨寺は、地域の人々も立ち寄ることのある普通のお寺だ。

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