おはよう


 夜毎に行われる怪談会。

 次の話し手は、キャラクターのエプロンをつけた奥さんだ。



 あ、このエプロンは幼稚園に勤めていた頃のものです。

 以前、幼稚園教諭をしていたので。

 結婚後、家事をする時もこのエプロンを使っていました。

 家の中では、どんなエプロンでも気になりませんから。


 実は私、死んでいる事にしばらく気付かなかったんです。

 毎朝『おはよう』って、高校生の息子を起こして。

 家で掃除や洗濯をしているつもりでした。

 でも、いつ頃だったか、掃除してもキレイにならない事に気付いたんです。

 洗濯機を回したはずが、洗濯カゴに服が溜まった状態に戻っていたり……。

 だんだん思い出してきて、あぁ、自分は急死したのだったなって気付きました。


 でも息子にだけは、幽霊になった私の声が伝わっていました。

 私が死んでいると理解していても、私に起こして欲しいと願ってくれていて。

 以前のように部屋の中で『おはよう』と声をかけていました。

 息子には何故か、窓から私の声が聞こえているようなんですけど。

 ベッドの中から息子も『おはよう』と返してくれて。

 その日の天気の話なんかを、少しだけするんです。

 ベッドの中で寝ぼけている息子とは、会話する事ができました。

 とても嬉しかったです。

 ずっと、続けてしまいました。


 でも息子も大人になりました。

 最近、彼女と同棲するようになったんです。

 私より先に、彼女が息子を起こしてくれるようになりました。

 母親の幽霊のせいで、彼女に嫌われては大変ですから。

 何も言わずに見守っていたんです。

 でも息子は、私が消えてしまったのかと寂しがってくれています。

 それが伝わってくるんです。

 寂しさから、幻聴が聞こえていただけだったとも思うようになって……。

 このまま何も言わずに見守るか、何か伝えてからにするか。

 ……迷っているんです。



 伏し目がちに、エプロンの奥さんは話し終えた。

 参加霊たちがハフハフと拍手する。

 怪談会MCの青年カイ君も、拍手しながら、

「おはようは、起こす時だけの言葉ではありません。起きている息子さんに、彼女さんが居る間は無言で見守ると伝えてみてはどうですか」

 と、聞いてみた。

「……言われてみれば。起こすタイミング以外で話しかけること、すっかり忘れていました」

 と、奥さんは目をパチパチさせている。

「彼女さんがトイレに行っているタイミングにでも、試してみてはいかがですか」

「はい。そうしてみます」

 奥さんは明るい笑顔で頷いた。

 怪談会の参加霊たちが、もう一度ハフハフと拍手を送った。


 亡くなった者の姿が見えたり、声が聞こえたりする心霊現象。

 それを怖がる者ばかりではないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る