悲しい爆笑


 夜毎に香梨寺こうりんじで行われる、幽霊による怪談会。

 MCの青年カイ君は参加霊がどんな存在なのか、ひと目で理解する。

 どんな状況にあったのか、現在はどんな気持ちなのか。

 だからこそ、様々な存在の集まる怪談会のMCを務められるのだ。


 その参加霊は、悲しみをたたえた存在だ。

 そのはずだった。カイ君には大きな悲しみが見えた。

 しかし、表面的にはわからない。

 その男性は、ひたすら爆笑しているのだ。


「すみません、あははっ、止まらなくてぇ……あっはっはっ」

 座布団に胡坐をかき、膝を叩いて笑っている。

 集まっている参加霊たちもポカンとしたり、軽い笑顔を合わせてくれたり。

「これ……はははっ、止まらないんです。あははっ、もう、助けて……」

 笑い続けながらも、男性は必死に抑えようとしているらしい。

「あー、えっと……あっ、こんなのどうです?」

 カイ君は本堂の奥へ立って行き、積まれた座布団を勢いよく崩して見せた。

「座布団がぶっとんだ!」

 ダジャレだ。

「……」

 参加霊たちが目をパチパチさせている。

 爆笑男性の笑いも、一瞬だけ止まった。

「……あはは……あ、いいかも」

 再び笑い出す爆笑男性の隣で、若い女性が、

「アイスクリームを愛しまくーる!」

 と、言って、ガッツポーズを見せた。

 スーツの中年男性も、

「親父の自虐はオヤジギャグ!」

 と、オヤジギャグを披露する。

 強面スキンヘッドの男性まで、頭をハフハフと叩きながら、

「はくしゅー」

 と、一発ギャグを披露してくれた。


 なかなかのダジャレを披露するのは、全員幽霊だ。

 そして、爆笑男性の爆笑を止めたのは、眼鏡のオバサンだった。

「短い身近な怪談、略してミジカイダン」

 面白味は無かったらしい。

「……あー、なるほど」

 納得するように頷き、爆笑男性の笑いは治まった。

 ホッと胸を撫でおろす男性に、参加霊たちはハフハフと拍手を送った。

 気のいい幽霊たちだ。

「いやぁ、皆さんのおかげで助かりました」

 爆笑していた男性は、やっと無理のない笑顔を見せた。

「良かったです。では、お話をうかがえますか」

 と、カイ君は男性に促した。



 面白いことがあった訳じゃないんです。

 事務の派遣社員をしていて、もうすぐ午後の勤務が始まる時間でした。

 自分の席で準備していると、周りの席にも昼休憩から戻ってくる人がチラホラしていて。

 僕は実家がごたごたしていたので、仕事で外に出ている時間はホッとできるというか。

 静かに気持ちの整理をしていたんです。

 でも、赤の他人の集まる職場の休憩中って、やっぱり邪魔が入るんですよね。

 なんか、嫌な事でもあったように見えてたみたいで。

 気が沈んでいる時は無理にでも笑えって、わざわざ話しかけて来た人が居ました。

 わざと爆笑しろって。

 気持ちの整理をしたいなんて言えば、その中身を根掘り葉掘り言わせたがる人だったので。

 早く離れてもらおうと、わざと爆笑して見せたんです。

 でも、心労というかストレスというか、僕にはかなりの負担だったんですよね。

 その時に、心筋梗塞を起こしてしまって。

 邪魔さえ入らなければ、そんな事にはならなかったんじゃないかな。

 僕が倒れると邪魔者はさっさと逃げて、関係ない野次馬のつもりになっていました。

 自分のせいかも知れないとチラッと思ったのを、適当な誤魔化しですぐに消し去っていましたね。

 深く考えることもなく、自分が関わった事は本当に忘れていたのがわかりました。

 こっちは深く考えなくていいと言われるたびに、考えたくて考えてる訳じゃないと頭を巡らせていたのに。

 他人の死亡原因になったかも知れないなんて重要な事ですら、深く考えずに忘れられる人が居るんですよね。

 そうなりたいとは思いませんけど、考え込んでた自分が馬鹿らしくなりました。

 それで、自分が幽霊になっているって気付いた時、死んだ時と同じように爆笑していたんです。

 情けなくて笑えてはいましたけど、あの爆笑はわざとのもので。

 どうして止まらないのかわからないまま、気が付いたらここに来ていました。

 いやぁ、本当に助かりましたよ。



 男性が話し終えると、参加霊たちはハフハフと拍手した。

「面白くなくても、笑うだけで良い効果があるとは聞きますけどね。それが他人からの強要では、余分なストレスでしかありません」

 カイ君が話すと、男性は大きく頷いた。

「ここに来られて良かったです。本当に、ありがとうございます」

「光栄です。こちらこそ、ありがとうございました」

 男性とカイ君がお辞儀し合う。

「皆さんも、ご協力ありがとうございました」

 と、カイ君は、ダジャレを披露してくれた参加霊たちにも拍手を送った。

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