身の丈霊


 幽霊による怪談会。

 死霊や生霊、妖怪や不思議な現象そのものなど。

 様々な存在が参加する。

 ただ、怪談会の行われる香梨寺こうりんじには、悪霊などの悪意ある存在は入る事が出来ない。


 その霊は、頭が縦に3つあった。

 本人のものと思われる頭の上に、もうふたり分の頭が乗っている。

 体はグレーの長袖ワンピースを身に着けた小柄な女性だ。

 女性の頭の上に、別の頭がふたつ積み上げられ、異様な容姿をしている。

 しかし、本堂に座布団を並べて座る参加霊たちの表情は、いたって平常だった。


 上ふたつの頭は、ぼんやりと明後日の方向に目を向けている。

 本人のものと思われる一番下の頭は、怪談会MCの青年カイ君を見詰めていた。

 カイ君本人はしばらくポカンとしてしまってから、軽く咳払いした。

「えーっと、次のお話をして下さるのは……?」

「あ、もちろん私です。一番下の」

 と、女性が苦笑する。

 周囲の参加霊たちは不思議そうな表情をしている。

 頭の上に乗っている、もうふたつの頭が見えていないようだ。

「それでは、お話しお願いします」

 目をパチパチさせながらカイ君が拍手すると、参加霊たちもハフハフと拍手した。



 生きている人はもちろん、一般幽霊にも見えないようなんです。

 ただ私には何故か、生前から見えていました。

 目を合わせないようにしていたんですが、今の私と同じ状態にあった祖母から譲り受けてしまって。

 上のふたつは、身の丈以上の行いをさせようとするモノです。

 妖怪化した悪霊のような存在らしいですね。

 でも、これに悪意はないんです。

 そういう存在というだけですから。

 元々、身の丈以上の事がしたい人に取り憑いて、その意識を増幅させるんです。

 身の丈以上の行動は、誰かの迷惑になったりどこかに皺寄せがいきます。

 取り憑いた人に向けられる周りの人たちからの反感や軽蔑、恨みの念などを食べているようで。

 私は幸い、身の丈未満で十分な性格だったんです。

 でも、たまたま私の周りに、身の丈以上の贅沢を我慢できないのが何人かいて。

 それぞれに取り憑くより、私から出るその人たちへの恨みを全て吸収する方が合理的と判断したみたいです。

 死んでも恨みは消えなくて、まだコレに取り憑かれたままなんです。

 でも、恨みを食べてもらっているおかげで、私は怨霊にならずに済みました。

 すごい見た目のオバケになっちゃってますが、感謝はしています。



 話し終えると女性は、

「ありがとうございました」

 と、言って床に手をつき、すっと頭を下げた。

 一番上の頭が床に振り下ろされ、ゴツンと音を立てる。

 大きな音が響き、カイ君がギョッとして身を引いた。

 一番下の女性の頭は、床に届いていない。

 しかし、上ふたつの頭が見えていない参加霊たちにも、ゴツンと言う音は聞こえたらしい。

 周囲の参加霊たちが不思議そうに見つめている。

 カイ君は、さらに目を見張った。

 頭を下げたままの女性から、ふたつ乗っていた頭がゴロゴロと床へ転げたのだ。

 本堂の木戸が、ひとりでに開かれた。

 ふたつの頭は別々に転がり、夜の闇の中へと飛び出して行った。

 周囲の参加霊たちには、その様子も見えていない。

 頭を下げた女性を見詰めるままだ。

「――あぁ、重かった!」

 顔を上げ、自身の頭ひとつになった女性は笑顔を見せた。

「……取れましたね」

「通りすがりの霊能力者さんに教えてもらったんです。神聖な場所で衝撃を与えると、離れていくことがあるって」

「なるほど……それで先ほどの存在にも、お詳しかったんですね。離れて良かったです」

 頭頂部に触ってみながら女性は、

「本当に、良かった……髪が無くなっていたらどうしようかと思いました。ここに見える人も居てくれて良かったです。これで、身軽に成仏できます」

 と、安堵の表情を見せた。

「身の丈以上の行いをするほとんどの人は、自身の意識からのものなのでしょうけど。中には、先ほどの頭に取り憑かれた事が原因で、その意識を増幅されている場合もあるんですね」

 納得するカイ君と女性に、参加霊たちは首を傾げている。

 終始、不思議そうにしていた参加霊たちだが、ひとつの話が終わったらしいと、よくわからないながらハフハフと拍手してくれた。

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