黒い影の霊


 次の話し手の女性は、幽霊らしからぬ明るい笑顔だった。

 他の参加霊たちの話を、とても楽しげに聞いている。

「幽霊になっても、出来ることは少なくないんですね。こちらの怪談会も、とても楽しいです」

 怪談会MCの青年カイ君は、

「ありがとうございます。次のお話をお願いできますか?」

 と、女性に話を促した。



 私は仕事漬けのまま、心筋梗塞で死んでしまいました。

 まだやりたいことを何もしていないという、この世への執着で残っています。

 とはいえ死んでしまっては、やりたかったことも出来なくて。

 途方に暮れていた時期もありました。

 でも生きている時と同じ行動が出来ないなら、幽霊だからこそ出来ることをしようと、前向きになりましてね。

 ずっと興味があった、廃墟探検をすることにしたんです。

 生前では不法侵入になってしまうところですが、幽霊になりましたから。

 空き家や廃墟を見つけては、中に入って探検を楽しんでいます。


 ある空き家に入った時のことです。

 民宿のような一軒家で、カウンターや食堂がありました。

 ほこりまみれで、明らかに空き家です。

 でも1階奥の和室に、灰色のビニールテープで、大の字に人の形が描かれているのを見つけました。

 殺人現場を連想しましたが、あまりにキレイな大の字だったので、誰かの悪戯だろうと思ったんです。

 悪戯する人もいるのだろうと、気にせず他の部屋を見ていました。


 でも、日が暮れて、暗くなったばかりの頃でした。

 元住人なのか、男性の幽霊が帰って来たんです。

 自分が幽霊とはいえ、相手も幽霊さんなら勝手な侵入は怒られると思って、すぐに棚の陰へ隠れました。

 その男性幽霊は、慣れた足取りで奥の和室へ歩いて行きました。

 私と同じように半透明な姿でしたが、真黒な影が床に伸びていたんです。

 私には影がないので、なにか違うタイプの幽霊なのかなと。

 怖い幽霊でも困るので、そっと立ち去ろうとしたんですけど。

 重い足取りで廊下を進む男性幽霊の黒い影が、もぞもぞと動いていることに気付きました。

 影一面が波打つように動いて、時々黒光りも見えました。

 その男性幽霊は、人の形が描かれた和室に入って行きました。

 好奇心に負けて、隣の部屋の障子の破け目から覗いてみたんです。

 男性幽霊は、人型の大の字に影を重ねるように立っていました。

 黒い影は大の字になっていましたが、その男性は両腕を体の横に下しているんです。

 男性と違う体勢をする黒い影が、とても不気味でした。

 そのまましばらく男性幽霊は動かなかったので、私はそっと部屋を出て来ました。


 空き家と言っても民家などは、そこで生活していた幽霊が帰って来たり、幽霊になっていると気付かず生活していたりもしますよね。

 気を付けなくちゃって思いました。



 座布団に正座する自分の周りを見回し、

「私には無いですけど、あの男性には真黒な影があったんです。幽霊の影って人それぞれなのかしら」

 と、女性は首を傾げる。

 カイ君も首を傾げながら、

「確かに、影の濃さも人それぞれです。でも、黒光りして波打つ影ですか……本当に、ご本人の影だったんでしょうか」

 と、言った。

「……影じゃない可能性ですか。それは考え付きませんでした」

「影のように付きまとう何か、だったのかも知れません。もちろん、ご本人よりも濃い影をお持ちの幽霊さんもいらっしゃるとは思いますけど」

 参加霊たちも、自分の周りの影に視線を落とす。

「でも幽霊だからこそ出来ることというのは、前向きで素敵ですね」

「はい。他にも、出来ることを見つけたいです」

 そう言って、女性は笑顔で頭を下げた。

「ありがとうございます。それでは、次のお話をお願いします」

 幽霊たちによる静かな怪談会。

 楽しげな幽霊たちの拍手が広がる。

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