大切だったもの
その夜の怪談会では、田舎の古寺に似合わぬオルゴールの優しい音が聞こえていた。
次の話し手は、オルゴール箱を持った二十代半ばに見える女性だ。
怪談会MCの青年カイ君は、
「素敵な装飾の箱ですね。オルゴールですか?」
と、聞いた。女性は明るい笑顔で、
「はい。とても高価な骨董品なんですよ。でも、そんな価値も忘れるくらい、大好きでした。幽霊になった今でも、こうして手元にあることがとても嬉しいんです」
と、話す。
「思い出深いオルゴールなんですね。詳しく、お聞かせいただけますか」
「はい。私は幽霊になってから、持ち主に大切にされていた物と会話が出来るようになったんです」
オルゴールを眺めながら、女性は話し始めた。
薄着で夜遊びしていた両親からインフルエンザをうつされて、私だけ重症になって死んでしまいました。
家族にうつらないように配慮することもなければ、自分たちがうつしたインフルで娘が死んだことも気にする両親ではありません。
「私たちは軽症で済んだんだから別のインフルでしょ」
「そうそう、関係ないし。逆に、うつされなくて良かったよ」
「そんな事より、あの子の預金がちょっとあったよ。何買う?」
幽霊になると、そういう本心って伝わってくるようになるんですね。
わかっては、いましたけど。
両親にとって価値がある私の遺品は使われたり、優越感を得るために他人にあげてしまったり。
娘が大切にしていたという理由に、両親は価値を感じませんから。
中古ショップに売れないものは、さっさと処分されてしまいました。
最近はしまい込んでいましたが、祖母にもらったこのオルゴールも私が小さい頃から大切にしていたことを知っていたはずなのに。
ゴミ袋に放り込んで捨てられました。
私を死なせて反省もしていない人たちが、もちろん罪になど問われず。
そんな人たちが、どうして普通に生きてるのか。本当に、おかしいと思ったんです。
あぁ、怨霊って、こういうものなのかなって実感しそうでした。
……愚痴が長くなりましたね。
私が怨霊になる前に、祖母が止めてくれたんです。
生前から見守ってくれていた守護霊って、死後も一緒に居てくれるんですね。
私が両親を怨む悪霊になるのを、止めてくれたんです。
『ああやって居られるのは生きている今だけ。両親の罪と罰は、地獄に任せなさい』
って。両親はオルゴールも燃えるゴミに捨てたものですから。
焼却されたオルゴールの霊を連れて来てくれたんです。
オルゴールでも、霊っていうのか魂というのかわかりませんけど。
それが、このオルゴールです。
ショーケースに飾るとか、価値のわかる来歴を一緒にしておくとか。
私がもっとオルゴールを、両親でも価値がわかるようにしておけば、生ごみと同じ袋で燃えるゴミに出されることなんてなかったはずなのに。
申し訳ない気持ちでいたら、オルゴールが『気にしなくていいよ』っていう、気持ちを伝えてくれたんです。
物が言葉を使うわけではありません。言葉ではない気持ちを伝えてくれるんです。
それ以来、生きている人たちが大切にしていた物とも、気持ちを通わせられるようになったんです。
大切にしていたけど、最近は引き出しの奥に入れたきり忘れてしまっている物とか。
保管する物がないからとりあえずビニール袋に入れておいたら、それを忘れてゴミに出されてしまいそうな物とか。
大切にされていた物たちだからこそ、持ち主が捨ててしまったことに気付いたとき後悔するのも前もってわかるみたいで。
そういう物たちのSOSを聞いて、私はちょっとだけイタズラするんです。
引き出しの奥で書類の間に挟まれたままシュレッダーにかけられてしまいそうな、思い出の写真を引き出しの手前側に出しておいたり。
アクセサリーケースが欲しいという友人に中身ごと、もらわれてしまいそうな腕時計を持ち主のジャケットのポケットへ入れておいたり。
本当に、ちょっとしたイタズラですけど。
祖母は、私がそういう幽霊になったようだと教えてくれました。
怨霊にならず、本当に良かったです。
「それは、素晴らしい能力を身につけられましたね」
と、カイ君は拍手しながら言った。
女性は笑顔で会釈した。
「ええ。失われるはずの物の運命を変えるのはよしなさいって、怒られる事もあるかなとも思うんです。私の一存で、左右させてはいけない事も理解はできるので」
カイ君は軽く首を傾げながら、
「んー。そのイタズラで驚き過ぎた人が転んで大怪我とか……そんな事でもない限り、よしなさいとは言われない気がしますよ」
と、言った。
女性は、目をパチパチさせながら頷いた。
「なるほど……驚いて尻餅をついてしまう人も居ますもんね。気を付けます」
「素敵なお話とキレイなオルゴールのメロディーを、ありがとうございました」
カイ君がもう一度拍手すると、オルゴールを眺めていた参加霊たちも明るく拍手をした。
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