嬉し神



「いやぁ、いいお寺ですなぁ」

 次の話し手は、物腰のやわらかい笑顔の老人だ。

 頭頂部に髪はなく、耳の高さから白髪と白髭が長く伸びている。

 仙人を連想する小豆色の着物姿をした老人だった。

 しわを深く刻み、優しげな笑顔で香梨寺こうりんじの本堂を見回している。

 怪談会MCの青年カイ君は、

「ありがとうございます」

 と、笑顔を合わせた。

 うんうんと頷きながら、老人が話し始める。



 私はうれがみと申しまして、神と名のつく妖怪なのですよ。

 嬉しい気持ちを喜びに代えて、相手に届ける役目をもちます。

 情けは人の為ならずと申しますが、善行による果報だけではないのです。

 縁もゆかりもない相手でも、努力や苦労を見て、それが報われるようにと願いたくなることもあるでしょう。

 その願いを、私が届けているのです。

 傍観者にでも、間違えて喜びが流れてしまってはいけませんからね。

 確かな行き先を見守っております。

 ですから安心して、良き行いをして欲しいものです。



 ゆっくりとした口調で、老人は話し終えた。

「……?」

「……?」

 少々難しい話に、参加霊たちは頷くような首を傾げるような表情になっている。

 カイ君も目をパチパチさせていたが、

「嬉しい気持ちになれた人から、それをしてくれた人に良い事が返るんですね」

 と、聞いてみた。

 老人は笑顔で頷きながら、

「ええ、その通りです。ちょっとした声掛けが大きな励みになったとか。頑張っている人を見て、あの人が成功すると良いなとか。何か大変なことがあった人たちに、これ以上の苦労が無いようにと願うようなときにも。私はその願いを、ちょっとした果報として届けているのです」

 と、話す。

「なるほど。例えば、どのような果報が届くのですか」

 聞かれて、老人はふふふっと笑った。

「それは色々と。性格や心情にもよりますなぁ。最近では、焼き芋を割った時に、芋の繊維で笑った顔を作って見せましたよ」

 カイ君も、なるほどと頷きながら、

「焼き芋をふたつに割って、お芋の繊維が笑った表情に見えたら『なにか良い事があるかも』と、楽しい気持ちになりますね」

 と、答えた。

「ええ。ちょっとした気持ちの向上だったり、抽選で当たるものとの縁をつないだり。行い相応の返礼を届けます」

「善行も大切ですが、お礼の気持ちをもつことも心掛けたいですね」

 と、カイ君が話をまとめると、参加霊たちはやっと納得したように拍手した。

 老人も、楽しげに笑って拍手を重ねている。



 有難そうな存在から、有難いであろう話も聞ける怪談会だ。

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