キュウリ


 その存在は、怪談会の会場である香梨寺こうりんじの本堂に突然現れた。

 MCの青年カイ君が次の話し手を紹介し、参加霊たちがハフハフと拍手していた時だ。

 突然、本堂の木戸が開いた。

「……へっ?」

 カイ君が、頓狂とんきょうな声を出した。

 円形に並べた座布団は全て埋まっている。遅れてきた参加霊ではない。

 いや、木戸を開けたのが、人間でない事はカイ君や参加霊たちにも一目瞭然だった。

 顔を覗かせたのは、頭の左右にギョロリとした大きな眼がついた生き物だ。

 かなり小柄でボロを着た老人に見えるが、頭の左右でカメレオンのように動く大きな眼球が異様だった。

 そして、ウサギのように細長すぎる足で、ペタペタと本堂に入って来た。

 幽霊たちの円の中央で、その存在は足を止めた。

「あ、あの」

 腰を浮かせたカイ君に、

『キュウリ』

 と、その存在が言った。

 誰が聞いても宇宙人を連想するような、抑揚のないギチギチとした声だ。

『キュウリ』

「キュウリ、ですか?」

 カイ君が聞き返しても、

『キュウリ』

 と、繰り返す。

 カイ君は、背を向けている御本尊を振り返って見た。

 檀家さんやご近所からの頂き物の、柿とリンゴが供えられているが、キュウリはない。

「えっと、ここにキュウリはありませんが」

 と、聞いてみると、

『カキ』

 に、言葉が変わった。

「か、柿が欲しいんですね?」

 カイ君は珍しく冷や汗など見せながら、謎の存在に背を向け、御本尊に手を合わせた。

 供えられていた柿をふたつ手に取り、立ち上がる。

 座布団に座る幽霊たちが、ポカンとした表情で見守っている。

「どうぞ、お持ち帰りください」

 これを持って帰ってほしいというつもりでカイ君は柿を手渡したが、その存在はその場で柿を口にした。

 かじりつく事なく、柿は丸いまま口の中へ吸い込まれていった。

「えっと、この場所は」

 仕方なくカイ君がお帰り願おうと口を開くと、その存在は思いきり口をへの字に曲げた。

 頭の左右についた大きな眼が、ビクつくようにギョロギョロしている。

 その存在は、大きなウサギ足で飛び上がるように踵を返し、開けっ放しの木戸の外へ走り去ってしまった。

「……えーっと?」

 木戸の近くに座っていた幽霊が、外を覗き、そっと木戸を閉めてくれた。

「渋柿だったのかな……」

 カイ君は自分の座布団に戻ると、首を傾げながら苦笑して見せた。

「怪談会にご参加の方ではなかったようですね。悪霊や、人に害のある魔物なども入って来られないはずらしいんですが……まあ、そうではない存在ということですよね」

 参加霊たちはポカンとした表情のまま、なんとなく頷いている。

「えっと。気を取り直して、次のお話、お願いします」

 ハフハフという拍手が広がった。


 幽霊による怪談会。妙な乱入者は珍しい。

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