見る目


 その日の怪談会には、大きな犬が参加していた。

 マスティフと思われる大型犬は、大人しく座布団にお座りしている。

 そして鼻先には、漫画のようなキラキラした目のついたオモチャ眼鏡をかけていた。

「いやぁ、どうも。こんばんは」

 と、話し出したのは、そのオモチャ眼鏡だった。

 オモチャ眼鏡に描かれたキラキラした目が、パチパチと瞬きをしている。

 その目は、怪談会に参加している幽霊たちを見回し、

「人の形をした人形に取り憑く幽霊さんの怪談がありますよね。僕も同じようなもので、見るオバケなので目の描かれた眼鏡に取り憑いてみたんです」

 と、話し出した。



 百聞は一見に如かずと言いますよね。

 僕は、その言葉から生まれた『見るオバケ』です。

 その重要な『一見いっけん』が、口八丁な『百聞』によって変化することのないように、事実を見続ける役割をもっています。

 人の目と同じように、横にふたつ穴や点が並べば、僕は取り憑くことが出来るんですよ。

 以前は人のよく集まる公園の、古い木に空いた穴に憑いていました。

 でも、やっぱり移動しながら、多くの物事を見たくなりまして。

 花見宴会で使われた、このオモチャ眼鏡に取り憑いてみたんです。

 眼鏡がよちよち移動するにも限界があるので、この犬殿に運んでもらっています。

 視野が広がると言いますか、移動できるのは素晴らしいことですね。

 今日は、幽霊さんたちが集まる珍しい怪談会があると知って、見物させてもらいに来ました。

 誰も居ない場所から視線を感じて、そこに目のようなふたつの穴が開いていたら。

 そこには、僕の仲間が居るかも知れません。



 話し終えると、オモチャ眼鏡に描かれた目はにっこりと笑った。

「なるほど。見るオバケさんでしたか。大切な役割を持っていらっしゃるんですね」

 怪談会MCの青年カイ君は、オモチャ眼鏡に言った。

「ははは。そうなんですよ」

「……それで、乗られているワンちゃんとのご関係は?」

 と、カイ君は、オモチャ眼鏡をかけている大型犬に目を向けた。

「ボス・マスティフ殿です」

 と、オモチャ眼鏡が紹介すると、大型犬は鼻先に眼鏡を乗せたままペコリとお辞儀した。

「ボス・マスティフ殿、ですか」

「幽霊になっても、ずっと飼い主殿と散歩していたのです。ですが飼い主殿が新しい犬を迎えたのを機に、僕の足となってくれるよう頼んだのですよ」

 オモチャ眼鏡は楽しげに言い、大型犬はゆっくりと頷いた。

 カイ君は目をパチパチさせながら、

「えっと、マスティフ殿も了解の上、眼鏡さんを乗せている訳ですね?」

 と、聞いてみた。

「もちろん。ボス・マスティフ殿が飼い主殿に会いたくなれば、いつでも会いに行けるという約束でしてね。取り憑いている眼鏡を出て、マスティフ殿の目に取り憑くことも出来ますが、それでは僕がマスティフ殿を操る事になってしまうので。別々の方が良い関係でしょう」

 オモチャ眼鏡の話を、大型犬は尻尾を振りながら聞いている。

「なるほど。そういうご関係もあるのですね」

 カイ君が拍手すると、参加霊たちもハフハフと拍手した。

「えっと、見るオバケさんとの事で、ちょっと緊張しますが、いつも通り続けましょう」

 幽霊たちの拍手に合わせて、大型犬も尻尾をパタパタと振っていた。

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