アシダカ様


 その日、怪談会はアクシデントに見舞われていた。


 座布団を並べて座る参加霊たちの輪の中央に、大きなクモが落ちてきたのだ。

 手のひらサイズと言っては大げさだが、手の甲ほどの大きさはある。

 足が太く、ケバケバして見える大蜘蛛だ。

「えーっと、どうしよう……毒性はありませんが、そういう問題じゃありませんね」

 怪談会MCの青年カイ君も大蜘蛛を直視したまま、どうする事も出来ずにいた。

 参加霊たちも、ゆっくりと座布団より後ろへ身を引いている。


 幽霊になれば蛇や虫などに咬まれることもなくなる。

 それでも、恐がるかどうかは別の話だ。

 大蜘蛛の方も広い本堂の真ん中に落ちてしまい、周囲を警戒している様子だった。


 そこへ天井からもうひとり、スカートに前掛け姿の女性がふわりと降りて来た。

「へっ?」

 女性はしゃがみ込むと、パッと大蜘蛛を素手で捕まえてしまった。

「えぇっ」

「うわっ」

 参加霊たちが声を上げている。

「あら、お邪魔しちゃってごめんなさいね」

 両手の中に大蜘蛛を捕まえたまま、前掛け姿の女性は楽しげな笑顔を見せた。

「……え?」

 腰を浮かせたままカイ君が目をパチパチさせていると、

「この子はアシダカ様よ。うちの縁の下に棲んでる無害なアシダカグモ。知ってるでしょ?」

 と、女性はカイ君に言った。

「そりゃ、知ってるけど」

「ご近所の秋田さんのご自宅に、ゴキブリが出るそうでね。うちのアシダカ様をお貸ししようと思って。でも天井まで逃げられちゃって。捕まって良かったわ」

 そう言って女性は、怪談会に集まる霊たちに会釈する。

「うふふ。お騒がせいたしました」

 そのままトコトコと歩いて行き、本堂の外へ出た。

 明かりも持たず、女性の後姿はすぐに暗闇へ消えていった。

「……」

 カイ君も立って行き、隙間が空いたままの本堂の戸を閉じた。

 すぐに自分の座布団へ戻り、カイ君は軽く咳払いすると、

「えっと。今のは、ちょっと特殊な幽霊って言うか……うちの母です。時々、怪談会にも参加するんですけどね」

 と、話した。

 参加霊たちが、ポカンとした表情をしている。

「神社で蛇を見るのは吉兆なんて聞いた事がありますが、寺に蜘蛛はどうなんでしょうね」

 と、言って、カイ君は照れ笑いを見せた。

 大蜘蛛に驚いていた参加霊たちも、楽しげに笑っている。

「失礼いたしました。怪談会、続けましょう」



 民家に生息する、大型のアシダカグモ。

 網を張らない徘徊性で、ゴキブリなどを待ち伏せて捕食する。


 突然、ゴキブリなどの不快害虫が家から消えた時。

 誰かが益虫をプレゼントしてくれているのかも知れない。

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