首無しライダー


「いや、あの……すいません」

 怪談会に集まる幽霊たちが、次の話し手にポカンとした表情を向けている。

 黒いライダースジャケットの男性には、頭がついていなかった。

 首の切れ目は、さらっとした肌色の皮膚に見える。

「こんな格好で、すみません」

 と、頭のない男性は、ぺこぺことお辞儀している。

 話す口も無いが、体から男性の声が聞こえてくる。

 幽霊たちが怪談会のMC青年カイ君に目を向けると、そこにはカイ君の姿が無かった。

 本尊の前の座布団は空いていたが、

「いやぁ、すみません」

 と、本堂奥の暗がりから声が聞こえ、カイ君はフルフェイスヘルメットを抱えて戻って来た。

「お出ししておくのを忘れていました。こちらはひと足先に、前回の怪談会に参加なさったんですよ」

 トコトコと床を歩いて行き、カイ君は首のない男性にヘルメットを差し出した。

「おぉ!」

 ヘルメットを受け取った男性は、すぐに首があるはずの場所へそれを乗せた。

 そして顎の下のベルトを外し、男性はヘルメットを取る。

 参加霊たちが目を丸くした。

 首の無かった男性には、金髪に染めた頭がついていたのだ。

 カイ君が渡したヘルメットの中には、男性の頭が入っていたらしい。

「いやぁ、見つかって良かったです」

 ヘルメットを小脇に抱え、金髪の男性はぺこぺこと頭を下げた。

 本尊前の座布団に戻ったカイ君の笑顔に促され、金髪の男性が話し始める。



 ヘルメットでおわかりの通り、自分はバイクに乗っていたんです。

 人通りもない、見通しのいい田舎道で。

 スピードを出していたのが悪いんですけどね。

 凧糸の代わりに、釣り糸を使った凧が引っ掛かっていたみたいで。

 クジラやウミガメが飲み込む確率よりも、よっぽど稀な話ですよね。

 たまたま風で飛ばされて引っかかってた釣り糸で、スパッとね。

 まあ、実際には、もうちょっとグロい感じでしたけど。

 雨の後で、水かさが増していた用水路に頭がドボンして……。

 体の方もバランスを失って倒れそうなものなのに、そのまましばらく走っちゃってました。

 流された頭と離ればなれになって……いやぁ、探しました。

 ここって、怪談会なんですよね。

『首無しライダー』って怪談そのものが来ちゃった感じで、申し訳ないです。



 見た目によらず、腰の低い青年だった。

「釣り糸ですか……ワイヤーみたいな強い釣り糸でないと、マグロみたいな大きな魚は釣れないんでしょうし、そんなのが風に飛ばされて引っかかっていたら危険ですね」

 驚きの表情で、カイ君が言った。

「漫画みたいに、本当に首が逝きましたよ」

 と、ライダーの青年は片手を首にあてている。

 薄い線が首に残っているが、青年の頭は体にしっかりとくっついていた。

 青年はヘルメットに視線を向け、

「先に来ていた頭の方が、何か言っていませんでしたか」

 と、聞いた。

「いえ。急に飛び上がって視界がグルグルしながら、濁流に落ちたらしいとだけ。流されてしまった頭よりも、ご遺族の元でお葬式をしてもらった体の方が、状況をはっきり飲み込めていたようですね」

 カイ君が話すと、なるほどとライダーの青年は頷いている。

「そっか。頭は見付からなかったんでした……」

 そう言って自分の頭を掻く青年に、カイ君は、

「間もなく、見つかると思いますよ。霊体の頭と体が出会うのは、不思議と遺体の方と関係しているものらしいです。僕にもよくわかりませんけど」

 と、話した。

「あ、マジすか。そうだと良いな」

「事故の原因となった凧の持ち主に恨みをもってしまっていたら、頭と体は出会えなかったかも知れません。残念ながら、そういう意識の霊はこの怪談会に参加できませんし」

「マジすか……。恨みとかは思い付かなかったっスね。なんか、頭も体も、必死に見付けなくちゃって思ってた気がするんですよ。いつの間にか、ここに引き寄せられてたんですけど」

「では、待ち合わせにも最適なお寺の怪談会ということで」

 親指を立ててグッドサインを見せながら、カイ君は笑った。

 目を丸くしていたり、ポカンとしたまま、参加霊たちはハフハフと拍手している。


 不思議も多い怪談会は続く。

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