面袋


 様々な存在も参加する怪談会。

 その夜は、かなり異質な姿の参加者が居た。



 透明な全身タイツが、男の顔をしためんを付けているような姿だ。

 体の向こう側が透けて見える。人間が全身タイツを身に着けている訳ではない。

 衣類のようなものは無く、肌色の顔以外は全身が透明だ。

 空気を入れて膨らませる、ゴムやビニール製の人形を思い浮かべてしまう。

 無表情な面の上部に前髪らしき黒髪が生えているが、ビニールのような頭部も透明だ。

 当然、動く。

 座布団の上に無理なく正座し、ゴム手袋のような両手で拍手していた。


 参加霊たちは目が点になっている。

 毎回の怪談会でMCを務める青年カイ君も、初めて出会う存在に目をパチパチしながら、

「お話を、お願いできますか」

 と、声を掛けた。

 無表情な男の面を付けた透明の存在は、礼儀正しくお辞儀をする。

 透明な手を、その体に当てながら話し始めた。



 私は『面袋めんふくろ』と申します。

 人の形をしたこの袋に、彷徨さまよう魂を入れて運びます。

 死者にとって、人の世は様々な制約がございますね。

 乗り物の行き交う通りに阻まれたり、閉ざされた門を超えられなかったり。

 地に縛られた霊なら、そもそも動く事すらできません。

 ですが死後の世があり、地獄があり……そちらに関わる者たちは、彷徨う死者を放置している訳ではありません。

 いえ、小難しい話をするつもりはないのです。

 己がどこに居るのかわからず、帰り道もわからず、それでも家に帰る事を望む死者を、私はこの袋に入れて運びます。

 人の形すら忘れてしまった、哀れな死者もおりますのでね。

 人の形をしたこの袋に入れ、帰るべき場所がありそうな地を回るのです。

 残念ながら私には、死後の時が経った死者の、帰るべき場所の特定は難しく。

 家の外から、窓の中を覗く事もあります。

 この家は違う、あれは近所の住人だった……。

 そんな風に家々を覗いていると、気配に鋭い動物を驚かせてしまう事もありますね。

 あまりに古い死者は、帰る家や待つ者も見つからず。残念ですが、死後の道へ連れていく事もあるのです。

 これでも、逝き先案内人の一種ですのでね。

 本日は、死者の集合を見かけたので立ち寄ってみたのです。

 ここには、私が運ぶ必要のある死者は居ないようですね。



 ビニールのような体の中で響く、男の野太い声だった。

 無表情のまま話し終えると、面袋という存在は深々と頭を下げた。

 参加霊たちが、呆然とした表情のままハフハフと拍手する。

 カイ君も拍手しながら、

「ありがとうございました。面袋さん、ですか。今は、どなたか入れられているんですか」

 と、聞いてみた。

「今はからです。悪霊と呼ばれる存在を運ぶ事もありますので。入れている死者の本意によっては、こちらに参加する事は出来なかったかも知れませんね」

「悪霊も運べてしまうのですか。凄いですね」

「ええ。吸い込んでしまえば、滅多な事では出られないのですよ」

 フフッと笑い声は聞こえるものの、その顔は無表情のままだ。

「興味深いお話を、ありがとうございました。本日参加なさっている皆さんは、運んでもらう必要が無いようで良かったです」

 カイ君がもう一度拍手すると、参加霊たちもハフハフと拍手した。

 透明な面袋の、ゴム手袋のような両手は、ペタペタという音を鳴らした。

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