大地の実り


 赤い大根が、白い大根を抱えて来た。


 静かな香梨寺こうりんじの本堂。

 開けたままの木戸から、立派な赤い大根がトコトコと歩いて来たのだ。

 根先が足のように、二股に分かれている。

 よちよち歩きの子どものような大きさだが、どう見ても大根だ。

 虫食いのひとつも無さそうな葉茎が、青々と茂っている。その数本が腕のようにしなり、1本の白い大根を抱えているのだ。

 抱えられた白い大根は赤い大根より小さく、普通の野菜らしい。根先は別れておらず、動く様子もない。


 怪談会の準備をしていた青年カイ君は、座布団を抱えたまま目が点になっていた。

 床の上をトコトコと歩く、赤い大根を目で追っていく。

 赤い大根は白い大根を抱えたまま本堂を横切り、本尊の前に立った。

 やわらかな動きでペコリと頭を下げると、野菜や果物の供えられた台に白い大根を置く。

 もう一度、赤い大根は本尊に頭を下げ、くるりと向きを変えた。

 赤い大根は、自分を見つめるカイ君にもお辞儀をした。

 顔は無く、もちろん口のようなものも見当たらないが、

『どうも、こんばんは』

 赤い大根が言った。

 シャキシャキとした音の混じる、みずみずしい不思議な声だ。

 ――しゃべった!

 と、声を漏らすのを堪え、カイ君は、

「こんばんは」

 と、答えて頭を下げた。

『豊作の願われた地へ、願いの届いたしるしを届けて回っております』

「……そちらの白い大根が、印ですか?」

『その通りです』

 青葉を揺らして、赤い大根は頷いた。

「それはそれは、ありがとうございます」

 お礼を言うべきかどうかもわからないが、カイ君は、

「これから、ここで怪談会が行われます。よろしければ参加なさいませんか」

 と、怪談会に誘ってみた。

 赤い大根は、腕のようにしなる青葉をひらひらさせ、

『いえいえ。みなさん、驚かれますから。今年など農家で発芽するはずが、民家の植木鉢に顔を出してしまって、私を見た人間も目が点になっていましたよ。私は豊作の神の使いなのですが、オバケと勘違いされましてね』

 と、話した。

 確かに、とは言わずに、カイ君は、

「そうなんですか」

 と、答えておいた。

『では、失礼します』

 赤い大根がぺこりとお辞儀したので、

「はい。お立ち寄り、ありがとうございました」

 と、カイ君も頭を下げた。

 短い足でトコトコと床の上を歩き、赤い大根は本堂から去って行った。

 カイ君が本尊の前を見れば、野菜や果物に混ざって、白い大根が違和感なく追加されている。

「……よし。準備しよう」

 どこへともなく頷き、カイ君は怪談会の準備をすすめた。



 赤い着物の日本人形が歩くという怪談があるなら、赤い大根が歩いても怪談だ。


 幽霊や不思議な存在による怪談会。

 怪談を話さずに、立ち寄っていく存在も居る。

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