記念
その男性はなんと、自身の顔と思われる写真がプリントされたTシャツを身に着けていた。
60代に見える男性は、MCのカイ君や参加霊たちの視線に気づくと、自分でTシャツのプリントをわかりやすく広げて見せた。
「ご自身のお写真ですか?」
と、カイ君は聞いてみた。
「ええ。自分で作った訳じゃありませんよ」
そう言って、Tシャツの男性は笑いながら話し始めた。
私は高校で教師をしていました。
もう、定年退職していましたけど。
このTシャツは、生徒たちが文化祭の出し物で着るために拵えたものです。
Tシャツに好きな文字やデザインを、プリントしてくれるというサービスがあるそうで。
クラス全員で、お揃いのTシャツを着て。不用品を集めたバザーが、その時のクラスの出し物でしたね。
他のクラスでも、流行ってはいましたけど。
どこのクラスも絵の得意な生徒が描いたイラストや、校章をアレンジしたマークだったり。
担任教師の顔写真を使おうなんて、うちのクラスくらいのもんでしたよ。
まあ、生徒たちなりのジョークと言いますか。
30枚以上で、1枚おまけがもらえるんだとかって。私にくれたんです。
これは、その時のTシャツです。
40年近く、教師を続けていましたけどね。
高校3年間、同じ子どもたちが学校に通って来るのは3年だけ。担任として受け持つのなんて1年だけです。
小難しい思春期の子どもたちが相手ですから。色々と大変でした。
卒業するまでだけの付き合いだからなんて、ちょっと気を楽にするために自分に言い聞かせていたものですよ。
だけど、やっぱり、こうして過ぎてみるとね。
突飛な事をやらかしてくれた生徒ほど、記憶に残っているというか。
恥ずかしい話、この年になると、自分の高校時代の担任の顔も忘れてしまいました。
だけど、このTシャツを作ったクラスの生徒たち……、大人になった卒業生たちですけどね。
私の葬式に、5人も来てくれたんです。
もう、すっかり大人になって……一瞬、わからなかったくらいですよ。
でも、顔を見ると思い出すものですね。
女子が3人と男子が2人。
私の遺影を見て、Tシャツの頃よりも老けたなって。
やっぱりこういうものがあるおかげで、覚えていてくれたんですよね。
死の直後、近しい人の元へ挨拶に行ける瞬間があるでしょう?
私は家族の他に、自然と生徒たちの元へ飛んでいけましてね。
ひとり、普段着にでもしていたのか、私の顔写真のプリントされたTシャツを洗濯して、ベランダに干していたんです。
私の死を知ってか知らずか……、つい、嬉しくなりましてね。
懐かしいTシャツに想いが移って、ゆらゆらと動かしてしまいました。
風でもなく勝手に洗濯物が揺れて、大人になった卒業生を驚かせてしまいましたよ。
でも、その卒業生も、私の葬式に来てくれたひとりでした。
このTシャツは、大切な思い出なんです。
「思い出のTシャツ、羨ましいです。僕なんて、これ以外で自分の服は思い出せませんよ」
しみじみと言うカイ君は、紺色の
他の参加霊たちも、着ている服を見下ろしていた。
「お棺に入る時の、白装束で
カイ君が言うと、Tシャツの男性も周りの参加霊たちもうんうんと頷いている。
「ちなみに、僕の作務衣は母が縫ってくれたものなんですよ」
紺色の作務衣の胸元を撫でながら、カイ君が言う。
感心するように、参加霊たちも作務衣を眺めていた。
「素敵なお話、ありがとうございます! それでは、次のお話をお願いします!」
幽霊たちによる、楽しい怪談会は続く。
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