悪食


「犯人は、私なんです」

 その霊は、突然言った。

「昔ながらの商品も、時代に合わせて改良されているでしょう。私は古い霊なので、現代の物では駄目なんです。久々に入手したらしい人が居て、引き寄せられてしまって……つい、食べてしまったんです」

 セーラー服を着た、おさげ髪の少女だ。

 両手で顔を隠し、

「もう幽霊なのだからお腹は空かないのに、つい食べてしまって……恥ずかしいです」

 と、言った。

 怪談会のMC青年、カイ君は首を傾げながら、

「なにを召し上がったんですか」

 と、聞いてみた。

 言いにくそうに視線を伏せ、

「その……せっけんです」

 と、セーラー服の少女は答えた。



 食べ物が少ない時代ではありました。

 それでも、私は変わっている方だったと思います。

 私の周りでは、せっけんを食べた人なんて聞いたことありませんでしたから。

 きっとお腹が空いている時に食べたからですね。

 とても、美味しく感じてしまって。

 あの味が忘れられないなんて、たいそうな事ではないんですけど。

 幽霊になってからも何度か見かけて、かじったことはありました。

 でも、改良された商品は、すっかり別物に感じました。

 もちろん、食べることを前提にした商品ではありませんからね。

 時代が変わってしまって、二度と味わうことはないのだと思っていました。

 まさか、こんなに時が経ってから、また出会えるなんて。

 あんな古い物、どこにあったのか……あの頃と同じに見える古いせっけんを、どこからか手に入れた人が居て。

 私はすぐに引き寄せられました。

 かじってみると、あの味だったんです。とても懐かしい味……。

 人の歯形が残っては怖がらせてしまうだろうと思って、歯で削って、半分に切ったような形にしておきました。

 でもやっぱり、無理がありますよね。

 いっそ、ネズミがかじったように見せかければ良かったかも。

 持ち主に不審がられてしまって、古いせっけんは仕舞い込まれてしまいました。

 その人には申し訳ないことをしましたね……。

 もう……恥ずかしいです。



 話し終えるとセーラー服の少女は、もう一度両手で顔を隠した。

「時には、そんな不思議現象もありますよ」

 と、カイ君は優しく言った。

「不思議現象、ですか?」

「人間は不思議に思っても、『謎は解けない』という答えに辿り着けるものです。知らない内にせっけんが半分になっていても、その謎は謎のままで良いと思います。謎の方から答えをくれることはありませんから。謎が解けないからこその、不思議現象というやつですし」

「……幽霊になっても、せっけんにさわれたことは不思議でした。その不思議も、不思議なままですものね」

「その通りです」

 カイ君が頷くと、少女は恥ずかしそうな笑みを見せた。

「一応、付け加えさせていただきますが」

 と、前置きし、カイ君は円形に並ぶ参加霊たちを見回すと、

「よい子は真似をしないように」

 人差し指を1本立てて、そう言った。

 セーラー服の少女が、うんうんと頷いている。

 参加霊たちの笑い声と、ハフハフという明るい拍手が広がった。

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