いたいのいたいの
灰色の雲のような、細かい塵の集まりのような。
形容しにくいモクモクから痩せた人間の素足が伸びて、座布団に正座していた。
よく見れば両手もある。
行儀よく、正座する膝の上に揃えた手を乗せている。
しかし、手足以外は灰色のモクモクをまとっていた。
当然、顔も見えない。
円形に並べた座布団に座る、参加霊たちは目が点だった。
怪談会MCの青年カイ君は、恐らく顔があるだろうという辺りに目を向け、
「お話しを、お願いできますか」
と、聞いた。
モクモクをまとった人物は正座のまま、ゆっくりと屈むようにお辞儀した。
「……よかった。ここでは、私の姿も伝わるのですね」
モクモクの中から、中性的なハスキー声が聞こえた。
会話が成立するだろうかと心配していたカイ君は、ホッとした表情で、
「灰色のモクモクな中から、手足が伸びているように見えます」
と、見たままの様子を伝えた。
「はい……手足を生やすくらいしか、人間に近い姿に化けられなくて」
もう一度お辞儀し、モクモクの人物は話し始めた。
私は『いたいのいたいの飛んで行け』という、まじないに依存する存在です。
昔からある、おまじないですね。
小さい子どもが怪我をした時に、大人が『いたいのいたいの飛んでけ』と、やってあげるやつで。
人間には見えていないのだと思いますが、そのとき本当に『いたいいたい』という痛みが飛ばされているんです。
私は飛ばされた『いたいいたい』を捕まえて食べています。
普段は雲のような姿で空に浮いているんです。
だから私は、こんな姿なのですけど。
飛ばされた『いたいいたい』は空へ昇ってくるので、上空で待っているんです。
でも最近は、そのまじないをしてくれる人も少なくなりましたね。
なんでも最近、このまじないが本当に効き目をもっていると医学的に証明されたのだそうで。
おまじないをやってもらったから痛くないと、思い込むことで本当に痛みが軽減されていたという証明。
どのように証明したのか、わかりませんけどね。
子どもたちには先に、痛いの飛んでけとやってもらえば痛くなくなると信じてもらっておく事が重要だそうで。
元々、暗示の一種として始まったものだと思っていたので……。
意味のない迷信と思っている人が増えていた事の方が、私は驚ろきましたよ。
でもまあ、証明されたなら、まじないをしてくれる人も増えるだろうと期待していたのですけど。
あまり増えてはいませんね。
ひもじいものです。
最近の子、という言い方がよくされているようですけど。
最近は大人よりも、子ども同士でまじないをしている事も多いですよ。
痛くなくなると信じていなくても、痛くなくなってほしいと願う事でも『いたいいたい』は飛ばされますから。
子どもたちには感謝しています。
カイ君は、円形に座布団を並べる参加霊たちを見回した。
「今夜の怪談会には、生前の痛みから解放されている方々が多いようですね。ここで、おまじないが出来ると良かったんですが」
「いえいえ。本来は、それが一番なんです」
モクモクの中で、ハスキーな声が笑いを漏らす。
「最近の子どもたちも若い人たちも、意外に純粋ですよね」
と、カイ君が言うと、モクモクの存在は、
「ええ。思考の曇った大人には、ならないで欲しいものです」
と、答え、ゆっくりとお辞儀した。
「ありがとうございました。いたいのいたいの飛んで行けのおまじない、増えると良いですね」
「ええ。せめて消えずに、このまま続いていって欲しいです」
参加霊たちが拍手すると、モクモクから伸びる手もハフハフと拍手した。
幽霊による怪談会。
人と関わる様々な存在も、参加することがある。
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