第7話 大魔女

 少し派手で、セクシーな服装をした女性だ。肩出しで腋まで露出し、胸元が開いていて谷間が見える。背中も開かれており、尻からブーツまで黒タイツで脚の長さと細さが分かる。

 だが特に目立つのは、とても大きなつばの帽子。あれぞまさに魔法使いって感じだ。


 彼女の周りに風が発生し、彼女の体が浮かび上がる。

 そして臆する事なくドラゴンへ向かって行き、手をかざす。


 緑色の壁が消えると同時に、ドラゴンはまた爪で攻撃した。……が、彼女から光が放たれ、その攻撃が弾かれる。


「大丈夫、アルフくん!?」


 エルノアが俺に駆け寄って来た。


「ああ……もう何ともない」

「そっか、良かった……にしてもあの人、すっげぇ魔法だね」


 やっぱり、魔法なのか。俺の体が治ったのも、ドラゴンの攻撃を防いだのも。


 凄い……あんな恐ろしい化け物と、涼しい顔で戦っている。


 あの強さ、魔法……もしかして、あの人……


「全く……元いた場所へ、帰れ!」

「グアアアァッッ!!!」


 なおも襲って来るドラゴンへ、彼女は魔法をぶつけ続ける。


 ──するとドラゴンは、口から炎を吐いた!


「こら、森が燃えるだろう!」


 彼女はドラゴンを、子供をしつけるように叱責しつつ両腕を広げ、広範囲に渡る炎を光で包んだ。


 それにより炎は木々へ燃え移る事なく、消火されて火事にならずに済んだ。


ドズンッ──!!


 ……が、両腕を広げて魔法を使い、無防備になった彼女を、ドラゴンははたき落とした。


 彼女はこちらへ飛んで来て、凄まじい勢いで地面へ激突する。


「だっ、大丈夫ですかっ……!?」

「問題ない、かすり傷だ」


 慌てて彼女へ近付くと、ムクリと起き上がった。


 魔法でガードしたのだろうか、潰れる程の勢いだったのに、普通に原型を留めている。


 だがかすり傷と言うものの、背中が傷だらけになっていて痛々しい。


「全く……乙女のカラダへ傷を付けるとは、お仕置きが必要だな。ドラゴンにもこちょこちょが効けば、楽にしつけられるんだがな♪」


 彼女はそう言って、自身へ魔法をかけ、背中の傷を完治させた。


「カラダを綺麗に保つのは、女のたしなみだ♪」


 ──凄く、痛そうだった。


 それなのに全く顔をゆがませず、俺達に笑顔を向けてくれた。


 ……俺達を、安心させてくれたのかな。


「仕方ない……ちょっぴり乱暴するぞ?」


 すると彼女は再び飛び上がる。


 また光を放つ……が、その光はドリルのようにねじれ、ドラゴンの腹へ突き刺さった。


「グゴオォ……!」

「タフな奴だ……はぁ、やはりこいつは簡単にはやれないな」


 そして……彼女の体から蒸気が発せられる。


 次の瞬間──放たれた光は、魔法を知るどころか感じられもしない俺でも、先程までとは別物だと分かるほどに、威力を増していた。


ドグオォッッ──ン!!!!!


 轟音と共に、ドラゴンがふっ飛ばされる。

 遠くの方で落下し、地面が揺れた。


「……ふぅ……」


 彼女は息を吐くと、こちらへ戻って来た。


「だ、大丈夫ですか……?」

「ああ、心配するな」


 体が焼けているように見えたので心配したが、彼女はニコッと笑って答える。その後すぐに蒸気は収まった。


「あの、あなたは一体……」

「私か? ふははは! 何を隠そう、大魔女と呼ばれた凄腕の魔法使い、リンゼ=モルディヴこそ私の事よ! よ〜く覚えておけ少年!」


 彼女は何やらポーズを取り、ドヤ顔でそう名乗った。自己主張つよっ。


 この人がリンゼさん……俺が会おうとしていた人だ!


「さて、あのドラゴンは何らかの理由でこんな所まで来てしまったらしい。あんなのが普通に居たら村が一瞬で滅ぶぞ。まあお前達の所にはダイアスが居るから大丈夫だろうがな」


 彼女はニヤッと笑ってそう言った。

 ダイアスさん? リンゼさんと友達で、剣豪と呼ばれていたとか……あの人も、ドラゴンを倒せるくらい強いのか!


「私は奴を、本来の生息地まで戻らせる。何かここまで来た理由があるのなら、調べねばならない。それじゃあさらばだ」

「ま、待って……!」


 俺はリンゼさんの手首を掴んで引き止めた。


 リンゼさんには聞きたい事がある。それに、助けて貰ったお礼を言わないと。


「グルオオォ……!」


 その時、ドラゴンの叫び声が聞こえた。


「悪いが、すぐにでも奴をここから離さなければならないんだ。また炎を吐けば火事になるし、暴れれば木々が倒される」


 リンゼさんは俺の手を、優しく振りほどいた。


「冒険したいなら、もっと強くなりなさい♪ お前が強く立派な男になれば、また会ってやらんでもないぞ♪」


 彼女はそう言い残し、ウインクをして、ドラゴンの方へ飛んで行ってしまった。


「……行っちゃったね」

「……ああ」


 次々と起こった出来事に、俺達はぽかんとする。


「何とかなったみたいだし、帰ろっか」

「ああ……」


 そう、何とかなった。


 けど、運が良かったと言う他ない。


 ドラゴンの攻撃がもっと深く当たっていれば、俺は死んでいた。


 リンゼさんが来ていなければ、俺もエルノアも死んでいた。


「……ごめん」

「え?」


 俺は謝った。


「こんな、軽率な行動取ったから……お前まで巻き込んじまって……」

「いやいや、まさかあんなのが出るなんて、誰も予想つかないじゃんね」


 今考えると魔物が出なかったのは、ドラゴンの気配を察知したからかもしれない。ドラゴンが居ようが居まいが、どちらにせよ危険な目には遭っていただろう。


「それにさ、俺は俺がやりたくて行動したんだぜ? 君にもなんか思う事があって村を出たんだろうし、俺はそれを興味本位で追い掛けたの。俺ら親友じゃん?」


 ──そう笑ってみせるエルノアに、俺はもう黙っていられなかった。


「俺はアルフじゃない!」

「え?」


 俺はエルノアに、全てを話した。


 俺は別の世界から来た人間で、このアルフ=マクラレンの体を奪ってしまった事。アルフの魂は今頃、この世界のどこかを彷徨さまよっている事。


「だから……ッ! 俺はお前の親友じゃないんだ! お前の親友は、アルフは……俺のせいで、どこかに行っちまった……ッ!」


 こんな突拍子も無い、非現実的な話を、信じて貰えるかは分からない。


 ただ、こいつが親友だと思って接している人間が、本当は俺という別人だと思うと、あまりに心が痛んだ。


「……う〜ん……」


 エルノアは顎に手を当て、右を見たり左を見たり上を見たりと視線を泳がせ、うなりながら考え込んだ。


 それから少し経って、口を開いた。


「うん……にわかには信じられない話だよね。けど何だか君、随分と性格が変わったな〜って思ってたよ。記憶喪失にしては行動や言動がはっきりしてるしさ」


 それからエルノアは一人でうなずき、俺に笑顔を向けた。


「うん……うん。信じてみるよ、その話」

「ほ、本当か……?」


「だって俺が信じなかったらさ、君、寂しいじゃん? 親友が泣きながら打ち明けてくれた事を信じなくてどうすんのって」


 ──気が付けば俺は、年甲斐もなく涙を流していた。一体、何年ぶりだろうか。


「親友って……でも、俺は……!」

「言ったじゃん? 君の話を信じるって。知らない内に勝手にそうなっちゃったんでしょ? じゃあ事故だよ。君に責任は無いと思うな、俺」


 どこまで……どこまで良いやつなんだよ……!


「さっきさ、俺を庇ってくれたじゃん? それに今、他人の為に泣いて責任を感じてるじゃん。だから、君は良い奴なんだな〜って思うよ。うん、親友になっても良いかも」


 エルノアは認めてくれた。俺を親友だと。


 この世界に来て、何も分からず独りぼっちで……そんな俺を、受け入れてくれた。


「ついでに言うとアルフ君はね、超が付く程のお人好しなんだ。だから俺も仲良くしたいって思ったわけ。アルフ君ならもしかすると、君のこと許してくれるかもね♪」


 エルノアがそう言ってくれて、胸がスッと軽くなった。


 こんな良いやつが親友で、きっとアルフは幸せだったんだろう。


 エルノアにそう言わせるんだから、きっとアルフも良いやつなんだ。


 その関係を……俺が壊してしまった。


 必ず、必ず、戻さないと。


「ありがとう、エルノア……俺、絶対にアルフの魂を見つけ出すよ」

「そっか。んじゃあさ、俺も連れてってよ。俺とアルフくん、いつか世界中を冒険しようって話してたんだよね〜」


 もう迷わない。


 これから先、後悔の無いように進み続ける。


「──ああ、頼むよ!」

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