第16話 狂気
──良い奴だと思った。
ちょっと危なっかしいところはあるけど、会話は普通にできて、フレンドリーで、ゲームの話で一緒に盛り上がって……
この異世界で、奇跡的に出会えた日本人同士。寂しい気持ちが緩和されて、会ってまだ1時間も経っていないのに、心が繋がった気になっていた。
意気投合して、今さっきに一緒に旅しようと約束した。これから俺達と共に4人で、楽しく旅が出来るかも──そう、思っていた。
「えっ…………」
「結構強かったぜ。大魔女とか呼ばれるだけはあるな」
……殺した……? 晃が? リンゼさんを?
「けどまあ、俺の敵じゃなかったな」
悪びれる様子もなく話す晃。
「……本当、なの、か?」
「んあ? 本当だぜ、信じられねぇか?」
晃からは、底知れない魔力を感じる。さっきも遠方からの魔力攻撃で、一撃で魔物を倒し、木々や地面をえぐり取った。
晃ならあるいは、リンゼさんに勝てるのかもしれない。
だが……そういう問題じゃなく、て。
「ん〜、そうだな。……あ」
俺達の目の前を、ウサギが通った。
「あれじゃ手応えねぇけど……ま、良いか」
晃はウサギへ、指を向けた。その先端には魔力が込められている。まさか……
「待っ──」
俺が止める間もなく──ウサギは射貫かれた。
弾丸の如く恐ろしい速さで魔力が放たれ、ウサギの体に紅い穴が空き、鮮血が飛び散る。
「ほら、上手いだろ?」
距離の離れた小さな的へ、晃は何発もの魔力を命中させ、得意げに笑う。
「俺、強いんだよな~。この世界を生きるのも楽勝って感じ」
俺だって、魔物は殺している。
けどそれは、食べる為、生きる為だ。
初めて魔物を斬った時は、気持ち悪かった。
肉をえぐる感触、血の匂い、生き物が悶え苦しむ鳴き声。
「……今の、ウサギ、だぞ……?」
「? そうだな。あ、そういや幼稚園で育ててたな〜」
ましてやウサギなんて、日本でも慣れ親しんだ動物だろ。
なんで……そんな平気そうに、殺せるんだよ……
「ウサギを……殺せるのか……?」
「まあ〜……あれだ。虫を潰すのと同じだって」
虫……? そりゃ虫は潰すさ。
なんで虫は良くて動物は悪いのかとか、そんな哲学的な答えは分からないけど。でも普通、動物は殺さないだろ。だってほら、法律で決まってるし、それに……
「これで信じてくれるか? 俺がリンゼを殺したって」
晃は再び、殺したと口にした。
「……あれ、か? 向こうが襲って来たとか、そんな感じなのか? 正当防衛、だよな?」
俺はそう聞いた。
……そんなはず無いのは、分かっているのに。
『大丈夫か少年?』
──俺とエルノアを助けてくれた、命の恩人。
『お前が頑張るなら、俺も師匠として応えてやるよ!』
──俺とエルノアを育ててくれた師匠、その親友。
『冒険したいならもっと強くなりなさい♪』
──俺が強くなろうと思ったきっかけ。
『……料理も、洗濯も、掃除も、師匠は全部教えてくれた。ちゃんとした服を着せてくれて、体を綺麗にしてくれて、それから……』
──あの悲しげな女の子を、育てていた人。
『あの女が居なくなったから、カツアゲも薬買うのも堂々と出来る』
──恐らく、あの村の悪事を取り締まっていた人。
実際に会ったのは一度だけ、ほとんど話してない。けど、それでも……あんな人を、悪い人だなんて思えるかよ。
「いや? 俺の方から喧嘩売ったんだよ」
──でも、もしかすると、晃は悪くないんじゃないか。
そんな淡い期待は……本人の口から、あっさりと否定された。
「しかし、流石に魔法の威力や種類は凄かったな~。やっぱこの世界面白えよ」
……なんで、
「え〜っと、ところで何の話してたっけな? あ、そうか。お前の旅にはリンゼの力が必要だって事か。そいつは悪い事したな〜」
……なんでそんなに、
「ま、この世界には他にも魔法使いがたくさん居るんだし、何とかなるって!」
なんでそんなに、平然として居られるんだよッッ……!!
「テメェが何したか分かってんのかッ!!!?? 殺したんだぞッッ!!!?? 人を殺したんだッッッ!!!!!」
今までに無いほど、大声で叫んだ。
「ああ、そうだぜ? 俺が殺したんだ」
晃はやはり──態度を変える事なく。
「お前ッ……本当に分かってんのかッッ……!!? 人を殺すって事をッッ……!!!」
「分かってるって。今までにも結構殺ってきたぜ。剣が血で錆びてきたからよ、そろそろ研がねえとな〜って思ってたんだ」
晃が背中の剣を抜くと──刀身がほとんど赤黒く染まっていた。
「ん〜……あ、そうか! お前、あれか!」
「ッ……?」
晃は何かを思い付き、ポンと手を叩いた。
「秋人お前、ゲーム脳ってやつだろ? ゲームと現実の区別がつかねぇっていう、あの」
「は……!? なに、言って……」
──次の一言で……俺はもう、こいつとはダメだと悟った──
「自由に武器が買えて、魔法が使えて、その辺に魔物が居て、村とか森とか探索できるんだぜ? リンゼって奴も、単なる登場人物の一人なんだ」
「────────」
「俺さ、試したかったんだよ。この力がどれだけ強いのかってな。お前は運が悪いよな~貰えなくてよ」
「────────」
「まあでも、素の状態から旅できるほど強くなれたんなら、お前って才能あるんじゃね? 俺さ、剣術とか習ってねぇから、適当に振り回してるだけなんだよな~。あ、その内教えてくれよ、剣術!」
……こいつはもう、ダメだ……
「……? どうした秋人、泣いてんのか? 肉が当たったか?」
俺は立ち上がって、この場を去った──
「……何か怒らせたか? ああ、自慢したからか。後で謝ろ」
──秋人が去った後、無邪気なる青年の独り言が、風と共に消え入った。
*
一方その頃。
魔物狩りに難航していたエルノアは、ダイアスと再会した。
「あ、師匠。今まで何してたのさ」
「おう、ちょっとこれをな」
ダイアスが手に持っていたのは──2本の花。
透き通るようなピンクの花びらが7枚、雄しべを囲み、更にその周りを大きな花びら7枚が囲み、計14枚が咲いている。
「どしたのその花?」
「まあその……なんだ。墓に供えようと思ってな」
ダイアスは少し気恥ずかしそうに頬をかく。
「ずいぶん時間掛かったね?」
「ちょっと遠い所に咲いてるんだ。断崖絶壁で危険でな。オマケに今日に限って、魔物がうじゃうじゃ湧いてやがった」
するとエルノアは怪訝な顔を浮かべる。
「え、そうなの? 俺らさ、夕飯の為に魔物狩ろうと思ったのに、この辺に魔物がさっぱり居ないんだよね」
「……確かに、気配を全く感じねぇな」
風が吹き
異様に静かな森に、葉の揺れる音だけが響き渡った。
「魔物に限らず、動物も、人間も……普段の居所を離れて一点に集中する時ってのは、何か起こる予兆だ」
そう、ドラゴンと遭遇した、3年前のあの時のように。
沈む船からネズミが逃げるように、魔物もまた野生の本能が危険を告げ、未知なる脅威から逃げ
「そうだ、アルフはどこだ?」
「あ、そういや魔物探してるよ」
「合流するぞ。危ねえかもしれねえからな」
2人は秋人を探しに向かった。
*
シュラリア村。その周辺に、魔力が根を張っている。
「…………」
その中心に構える少女──ミルフィ。
大魔女リンゼが弟子と認めた彼女の保有する、莫大な魔力。
それを微量ずつ、広範囲へ張り巡らせ、彼女は探っている。
(……近い。……居る)
リンゼの遺体を発見した際。リンゼの血液の他に、別の何者かの血液が飛び散っている事に、ミルフィは気が付いた。
動物や魔物とは違う、人間の血。ミルフィはそれが犯人の物であると暫定し、分析した。
そして今──その血に近しい人物を、魔力によって探っている。
「──見つけた」
誰が何の為にリンゼを殺したのか。
富が狙いか、魔法の研究成果か、はたまた才への嫉妬か。
ミルフィは推測した。嫉妬するような器の小さな人間に、リンゼを殺すほどの実力があるとは思えない。
富や研究成果が狙いなら、家に侵入して来ないのはおかしい。
ならば犯人は──ただ純粋に殺したかっただけの、自分の欲求、殺人衝動を満たしたいだけの、殺人鬼。
──偶然、奇跡と言う他ない。今こうして、その犯人を見つけられたのは。
わざわざこのような辺境の村へ来てまで殺人を犯す人物。まともな職に就いているかどうかは怪しい。
もし、金に困る事があるのなら、再度この村を訪れてやはり窃盗を行う可能性はある。人の多い都会よりも、こんな村の方がやり易いだろう。
そのような淡い期待で、ミルフィは待ち続けた。その犯人が、再び自分の近くへ現れる事を。自分に、復讐をさせてくれる事を。
彼女は、外に出るのが怖かった。
しかしそろそろ、腹が煮えくり返って仕方なかった頃であった。
「──逃さない、絶対に……」
愛する師匠の仇の為、師匠の家を捨て、外へ足を踏み出そうかと思っていた最中。
師匠の親友とその弟子達が訪れ、およそ3ヶ月ぶりに人と会話をした。
元々、話すのは苦手だった。久しぶりの会話に、上手く話せるかどうか緊張していた。
そうこうしている内……ついに、その仇が近くへやって来た。
「──殺して、やる」
可憐で、儚く、
その切っ先を向けられ──男は
「なんだお前? ──俺と
それは殺気であり、殺気に
子供が蟻を踏み潰すが如く。
「…………」
誰に止められよう、
失った者以外に誰が、その憤怒を晴らせよう。
「お前が……リンゼ=モルディヴを……殺した、のか……」
「ああ、そうだぜ? お前、あいつに関係あんのか?」
ミルフィの理性が──プツンと断たれた。
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