第15話 もう一人の──

 目の前に現れた男──歳は俺より少し上か。

 金髪を左手でかき上げ、少し派手な服装で、背中には剣を背負っている。


 天使の力によって、俺はこの世界の言語が日本語や英語として認識でき、俺の発した日本語や英語も相手にはこの世界の言語として伝わる。


 だが──彼の言葉は、脳内で変換される事なく俺の耳へスッと入って来た。


「ん? お前……今、何て言った?」


 向こうも俺の言葉に気が付き、目を見開いて反応した。


「お、俺は……日本人だ! 知ってるか?」

「……!? マジか!」


 俺が正体を言うと、彼は驚いてニヤリと笑い、こちらへ駆け寄って来た。


「おいおい、嘘だろう!? なんでここに……いや、俺と境遇は同じか」


 境遇……日本人がこの世界に居る理由なんて、一つしか無いだろう。


「ああ……俺、転生したんだ。学校の屋上から落ちて死んでさ」

「そうか、俺も死んだんだよ。心臓麻痺か何かでな」


 自分が死んだという話題で意気投合するのも不思議な感じだが……とにかくこの世界へ来て、普通に言語が通じるのは二人目だ。


 初対面だが、異世界にたった一人の日本人という孤独な環境だったところへ、同じ日本人が目の前に現れ、無性に安心してしまう。


「良かった、俺……もう一生会えないのかと……あ、悪い、お前は良くないよな……」


 思わずそう口走ってしまったが、相手もこんな状況になってつらいはずだ。失言だった。


「いや気にすんなよ。俺もお前に会えて嬉しいぜ? てか、再会した恋人みたいなこと言うなよな~気色悪い」


 だが彼はつらそうな素振りを見せず、笑って冗談すら言った。


「俺はよ、結構楽しくやってんだ。前世にあんま未練がねぇからな」


 そう言って肩を組んできた。未練が無いって、どうしたんだろう。


「俺は狩野かりのあきら。この世界ではレオン=アヴァロードって名前だ」

「俺は赤川あかがわ秋人あきひと。この体はアルフ=マクラレンだ」


 互いに名乗り、一旦落ち着いた。


「とりあえずよ、その魔物喰おうぜ。腹減ってたんだ」

「良いのか?」

「ああ、でけぇから一人じゃ喰えねえよ。ていうかお前も倒そうとしてたんだろ?」


 そう言われ、ついさっきこいつ……晃の攻撃に巻き込まれかけた事を思い出した。


「あ、そういやお前さっき、大規模な攻撃しただろ! 俺も危うく巻き込まれるところだったんだぞ!」

「そっか、悪いな! まあ無事だったし許してくれよ」


 軽いな〜こいつ……まあ敵意は無いし、あまり怒る気にもなれない。


「ま、ひとまず喰おう。かなり暗くなってきたしな」

「ああ」


 過ぎた事は水に流し、俺達は魔物の血抜きをして、火で焼いて食べ始めた。


  *


 肉を食べながら晃と話したのは、自分でも意外とは思うが、ゲームの話だった。


 死んだ理由は既に話した。相手の死因を詳しく聞いても仕方ないだろう。

 この世界での事も聞いてはみたいが、そもそも俺が自身について、あまり話したい訳でもないからな。


 だからとりあえず、前世での事を話そうと思った。3年以上もの間、日本とは無縁な生活。こうして同じ国の人間と話し合えるのは本当に久しぶりで、懐かしさが溢れ出て来る。


「──でさ、毎日ゲームばっかやってたんだよ。カルゴンクエストとか」

「お、それ俺もやってたぞ! 攻略本とか読んで──」


「中学までだな〜ソフト買って遊んだの。高校に入ってからは、スマホ買ってアプリゲームにハマってさ」

「俺もだ。パズル&ゴッドとか、よく課金したぜ」


 ゲームの趣味が合うようで、話は盛り上がった。

 こんな状況でゲームの話をするとか、くだらないかもしれない。


 だがこの時の俺は、久しぶりに出来た共通の話題に、感動すら覚えていた。


「ふう……食った食った」


 腹が満たされた頃。

 思い出話に花を咲かせ、俺達はすっかり打ち解けていた。


「この肉、なんか臭みがあったな」

「そうか?」


 晃が不満を漏らす。俺も最初は、今まで食べた事のない肉に違和感はあったが、この世界で過ごす内に慣れた。


「納豆とか苦手か?」

「そうだな。匂いが無理だ」


 久しぶりに和食とか食べてみたいな。この世界で何とか作れないかな。


「晃は、この世界に来てどのくらいだ?」

「数えてねぇな~……多分まだ1ヶ月くらいだと思う」


 転生した事にあまり動揺の無さそうな晃。その1ヶ月で慣れたのか? 未練が無いとか言ってたし、なんかノリが軽いし、適応能力が高いというか、楽観的というか……


「俺は3年暮らしてるんだ」

「3年もか! この世界じゃ先輩だな」


 つい聞いてしまったので、俺も自分の事を話す。まあいずれは話す事になるだろうし、仕方ないか。

 この世界の人達に転生の事を話せば騒ぎになるだろうが、同じ転生者なら問題は無いな。


「……そう言えば、晃って何歳?」


 攻撃に巻き込まれかけて最初は怒りがあったし、同じ境遇という事で打ち解けて、すっかりタメ口で話していたが、年齢を聞くのを忘れていた。

 見た目は俺より少し上、17か18くらいに見える。俺は元々17だったから、つい同い年な感覚でいた。


「あ〜……この体は18だったかな。死んだ時は確か、21……いや、22だったか?」


 俺より年上だった。大学生か社会人か。


「俺は元々17、この体は15だ」

「そうか、どちらにせよ年下か。まあせっかく会えたし、話も盛り上がったんだ。堅いのは抜きで行こうぜ」


 いつの間にか友達のようになっていた。

 エルノアとも仲は良いが、それとはまた違った感覚。高校での親友、陽平を思い出す。


「そういやお前、なんでこんな所に居るんだ? サバイバルにも慣れてるみたいだし」


 晃にそう聞かれた。こっちの台詞でもあるが、まず答えるか。


「俺は……この体の魂を探してるんだ」

「魂?」


「ああ。本当なら赤ん坊に転生して、転生した事にすら気付かないはずだった。けど俺は12歳の体に転生したんだ」

「へぇ〜、そんなルールあったのか。でもよ、それってお前は悪くないだろ?」


 天使に言われた言葉を思い出す。


『あなたに罪はありません、それだけは納得して下さい。これからどうするのか、決めるのはあなたの自由です』


 何も知らなければ、そのまま幸せに暮らしていたかもしれない。


「そうだけどさ……この体、アルフは、12歳までは過ごして、これから先の人生も楽しみにしてたはずだ。それが途絶えちまって、その事実に俺は気付いちまった。だったらもう、放って置けないだろ」

「ふ〜ん……真面目だなお前って」


 晃は頭をかきながら、あっさりと返す。

 結構楽しくやってると言ってたし、普通に自由気ままに過ごしてるのか。


 まあ俺はただ、自分が気になったから行動しただけで、他人の過ごし方に何か言うつもりは全く無いが。


「晃は何でこんな所に?」

「俺は適当に歩いてたんだよ、色んな所をぶらぶらとな。そしたら何か、面白いもん見つかるかな〜って」


 軽ッッッる……そんな理由で外出てたのかよ、危ないぞ。

 それに色んな所って……俺達みたいに旅してたのか?


「誰かと一緒か? ていうか旅してんのか?」

「いや、一人だぜ。旅と言えば旅だな。気楽で良いからよ」


 やっぱり、しかも一人か……

 まあさっき凄い量の魔力を撃ってたし、今も底知れない魔力を感じる。その辺の魔物に負ける事はないだろう。


「何か目的とかあるのか?」

「特にねぇな。けどせっかく異世界に来たんだし、色んな物を見てみたいだろ?」


 ──俺より年上だが、何というか、思考が子供っぽいな。

 安易に大規模攻撃をしたり、面白い物見たさに歩き回ったり、気楽だからと一人で行動したり……


 まあ知らない世界を見てみたい気持ちは俺にもあるし、この世界の人達も知らない土地は多いだろうから、旅をすること自体は変でもないが。


 ……せっかく会えたんだし、別れるのは惜しいよな。強いとはいえ一人で居させるのは危なくて心配だし、一緒に居てくれれば心強い。

 適当に歩いているというなら……誘ってみようかな。


「……なあ、旅してるならさ、俺と協力しないか?」

「お、良いなそれ! 一人なら気楽だと思ってたけど、お前となら楽しそうだ」

「いやまあ、他にも仲間はいるんだけど、良い奴だよ」


 ダメ元で言ったが、晃は嬉しそうだ。


「俺、魂を探す為に、リンゼって人に会いにあそこの村に来たんだ。けど、そのリンゼさんは亡くなってて……」

「ふぅん、リンゼ……リンゼ……?」


「ただ、リンゼさんの研究について知る事が出来てさ、上手くいけば魂を探す方法が見つかるかもしれない。その為にはまた、世界中を旅する必要があると思う」

「ああ、おう……?」


「その方法を見つけるのに、研究者に聞いて回る必要があるし、魂がどこまで行ったのか分からないから、それを見つける為にもほぼ確実に歩き回るだろうな」

「そうだな……リンゼ……って、確かあの……?」


 ……うん? 説明してるのに、さっきから晃が上の空だな。


「なあ、聞いてるのか?」

「あ? ああ。……あ、思い出したぜ。リンゼって確か、この世界で大魔女って呼ばれてる奴だよな?」


 晃はポンと手を叩き、そう言った。


「知ってるのか?」

「ああ、有名だからな」

「この世界じゃめちゃくちゃ強いんだ。俺をドラゴンから助けてくれた事もある。それなのに、何で亡くなったんだろうな……」


 ……俺がそう言った、その時。


 晃の口から発せられた言葉に、俺は愕然とした。


「──ああ、リンゼなら俺が殺したぜ」

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