第14話 邂逅
再度この家を訪れた。
さっきはお互い初対面だったし、衝撃の出来事に動揺していたからほとんど話さなかったが、今度は色々と話してみよう。
だがその前に、ミルフィはキッチンへ向かった。
「……座ってて」
彼女はそう言って、冷蔵庫らしき物を開く。
この世界には電化製品が無いので、ただの箱だ。その代わり中にある物は凍結されており、恐らく彼女が魔法で凍らせている。
冷凍された肉と冷やされた野菜を取り出し、解凍して料理を始めた。
「いや、手伝うよ。何するか教えて」
彼女に任せて座って待つのも気まずいし退屈なので、俺は協力を申し出た。
料理なら、アルフの母さんをよく手伝っていたから少しは慣れている。
「……じゃあ、そのお肉、切って」
「りょーかい」
包丁を取り、肉を切っていく。
隣でミルフィは野菜を切り、フライパンで炒め始めた。
「はい、出来たぞ」
「……ん、ありがと」
途中で肉も混ぜ、調味料を加え、良い匂いが漂って来た。
数分後、皿に盛り付けて完成したようだ。
「……さっき手伝ってくれた、お礼。食べて」
「ありがとう、いただくよ」
2人でテーブルに向かい、出来上がった料理を食べた。
「この味付け、美味しいな。料理はよくするのか?」
率直な感想を述べる。込み入った話の前に、せっかく作ってくれたんだから言っておかないとな。
「……師匠が、教えてくれた」
「料理、上手なんだな」
旅をしていたそうだが、家事などもちゃんとしていたのか。
……いや、この家の散らかり様からは苦手そうにも思える。
「……女の、
ミルフィは食べるのを止め、話を続けた。
「……料理も、洗濯も、掃除も、師匠は全部教えてくれた。ちゃんとした服を着せてくれて、体を綺麗にしてくれて、それから……」
少し、
よっぽどリンゼさんの事が好きなんだと分かる。
……そう言えば、拾われたとか言ってたな。もしかしてこの子……
「……それから、それから……魔法を教わって、それから……」
言いたい事が、リンゼさんとの想い出が多過ぎるのか、それとも思い出して悲しくなってしまったのか……ミルフィは言葉を詰まらせる。
「……良い師匠を持ったな、お互い。俺の師匠ダイアスさんも、剣術とサバイバル生活を教えてくれてさ。気さくで面倒見が良いし、それに……」
「……そう。私の師匠も、面倒見、良い」
俺の方から話を振ると、少し乗ってくれた。
この話をどこまで続けるべきなのか、俺の本当に話したい事は、どのタイミングで切り出すべきか。
「ご馳走さま」
「……お粗末さま」
悩んでいる内に食べ終わり、ミルフィは食器を洗い始めた。
……このまま黙っていても仕方ないよな。せっかく家に入れて貰ったんだし、ちゃんと聞いてから帰ろう。
「あのさ。俺、リンゼさんにお礼を言いたかったのともう一つ、聞きたい事があったんだ。俺には大事な目的があって、でもそれは俺の力じゃ解決できない。だからリンゼさんに協力して貰いたかった」
リンゼさんが亡くなって話が聞けなくなっても、もしかすると研究の成果をどこかに記しているかもしれない。
「リンゼさんが研究していた内容を、聞かせて貰えないかな」
「…………」
やはりミルフィは何か思うところがあるのか、少しの間黙る。
「……付いて来て」
だが洗い物を終えると、そう言って部屋を出て行った。
*
相変わらず本で散らかって歩きづらい廊下を、ミルフィは器用に進みながら話をした。
「……師匠は、研究熱心な人だった。ここにある本は全部、研究の為に世界中から集めた物。どこに何があるのか、どんな内容なのか、私もまだ全部は把握してない」
こんな広い家中が散らかる程の量の本。これらを全て集めて読むなんて、本当に凄いな。
ちらほらと見かけるのは、魔法についての本。魔法が当たり前に使われているこの世界でも、摩訶不思議な存在とされている魔法。やはり研究する人は世界中に居るみたいだ。
そして俺の目に止まるのは、心霊だとかの超常現象のもの。いや魔法も超常現象だけど、俺が求めているのは魂などのオカルト的なものだ。
少し歩き、ある部屋に到着した。
扉を開けると、書斎のような場所だった。
「……ここに、師匠の研究資料がある」
側面の壁には本棚が建てられ、本と無数の紙で埋め尽くされている。
「ちょっと見ていいか?」
「……ん」
承諾を得て、紙を無造作に取り出して見てみると、様々な魔法が書かれていた。
散らかした物が勝手に戻る魔法、口にした言葉を取り消す魔法、人をつまずかせる魔法など、役に立ちそうなのもあれば、どこで使うのか分からないのもある。
「……その中に、欲しいのがあるかもしれない。自由に見て良いから、頑張って」
「あ、ありがとう……」
結構な量だぞ……これは骨が折れそうだ。
とりあえず端から順に本と紙を取り出し、パラパラとめくっていく。
「……なに、探してるの?」
と、ミルフィが俺の手元を覗き込んで聞いてきた。それを聞くのは俺に探す許可を与える前じゃ……
「魂についてだよ。……どうしても会いたい人が居るんだ」
「……? ……そう、なの」
ミルフィは不思議そうに首をかしげる。
「……手、怪我してる」
次に彼女は、俺の手を見てそう言った。
「ああ、これは怪我の内に入らないというか……剣を振ったり、拳を打ったり、地面に着いたり、修行の一環で出来たんだよ」
手に出来た肉刺や擦り傷。他ならぬ旅の為に生まれた物だ。
「……修行?」
「俺の目的には、世界中を旅しないといけないかもしれない。外には魔物が出るし、この村へ来るのにも苦労した。だから俺は師匠に弟子入りして技を学んだんだ」
この世界に来て、この体に転生して……俺は初めて目標を持った。やらなければならない、そう決意した。
彼女にも、そういう目標はあるのだろうか。
「ミルフィには、夢や目標ってあるか?」
「……え?」
「何か成し遂げたい事があれば、頑張ろうって思える。そしたらそれに打ち込めるし、何も無いよりかは充実できると思うぞ」
人の体を使っているが……努力して師匠に認められて、初めて頑張る楽しさを実感した。
ミルフィにもそういうのがあれば、もっと活気が出るというか。
「…………」
彼女はしばらく考え込んだ。
「……ある」
「そっか、どんなのだ?」
「……魔法、たくさん勉強する。師匠が、やってたこと」
「良いな! 俺もさ、師匠みたいに剣術をもっと上手くなりたいんだ」
いきなり転生して、修行を始めて、最初は考える余裕など無かったが、魔法という非現実的なものに興味はあった。
だが魔力をあまり持っておらず、魔法を教えてくれる人も居なかったから剣術をメインにした。もちろん剣術も、男として憧れはあったが。
だから、魔法をたくさん使える人は何だか応援したくなる。
「……んぅ」
ミルフィは目を逸らし、心なしか気恥ずかしそうに見えた。
「……ん、頑張って……えっと」
彼女は俺を応援してくれた……が、何故か詰まってしまう。
「……名前、何だっけ」
名前かい。まあ最初に自己紹介したきりだし、こちらは3人同時に名乗ったし、それから彼女は一度も呼んで来なかったし、忘れていて無理はないか。
「アルフ=マクラレン。宜しくな」
「……ん。アルフ、えっと、頑張って」
「ああ。お互い目標達成しような」
俺は何となく、彼女に手を差し出した。
彼女はピクッと反応し、それを取ろうとした。
「…………」
──が、何故かそれを止めてしまい、
「……私、もう一つ、目標がある」
と、話を変えた。
「……師匠を殺した奴、絶対に許せないの。だから……」
彼女は後ろを向き、扉へ向かう。
「……アルフは、つ……頑張って、ね」
そう言って出て行ってしまった。……会話の繋がらなさに違和感を覚える。
「ッ……ちょっと待ってくれ」
「……なに?」
俺はすぐミルフィを追った。
「どこ行くんだ?」
「……外」
じゃあ……困る。
「お前が出て行ったら、戸締まりどうするんだ?」
「……あ」
全く……多少は打ち解けたが、他人に留守を任せるなよな。俺が出て行けなくなる。
「じゃあ……はい」
ミルフィは俺の手に、何かを握らせた。
「……これって」
「……家の鍵、だけど」
「いやダメだろ! そんな大事な物、簡単に渡したら!」
何考えてるんだこの子……心配になるぞ。
「……悪い事、するの?」
「いやしないけど!」
「……じゃあ、宜しく」
俺に家の鍵を渡し、ミルフィは玄関へ向かってしまった。
……まあ、俺が悪さしなけりゃ大丈夫か。まさか他に鍵渡してる相手とか居ないよな。
一旦落ち着き、俺は部屋の探索を再開した。
*
──あった! 魂に関する研究。師匠の言った通りだった。
リンゼさんの部屋を調べて、何時間経ったか。外は暗くなり始め、目が疲れて気が遠くなっていたところだ。
何度か、休憩も兼ねて庭に出た。修行を欠かしてはいけないので、剣の素振りやランニングもしていた。
「『魂の移動方法』……人の魂を肉体から切り離す方法、宿す方法……なんか怖いな」
研究の内容から、リンゼさんは転生を調べていたように見える。
俺は気付かぬ内に転生したから考えなかったが、魂が他人に移るって、何だか脳を移植するみたいだな。
けどこの研究は、まさに俺の求めていたものだ。
そして魂を移す為には、魂を可視化するか、感じ取れるようにする必要がある。そう、それが出来ればアルフを探せるんだ。
ただ、魔法をどう使うだとか、俺にはさっぱり理解できない内容だ。ミルフィなら分かるかな。
とりあえず収獲は得られた。エルノアと師匠に報告するか。
「……ん?」
最初は立って調べていたが、途中から疲れて床に座っていた。
調べるのに夢中で部屋をじっくり見ていなかったが、ふと周りを見回すと、リンゼさんの机の下に何かがあるのを見つけた。
覗き込んでみると……床に引手がある。という事は、開けられるのか?
床に隙間は見当たらないが……いや、隠れているのか。
机を少しずらすと、隙間が見つかった。隠し扉か……何か秘密でもあるのか?
「……」
一瞬迷ったが……やめよう。人の隠しているものを勝手に見るなんてな。
バキッ!!
「え」
ちょ、床壊れた!?
ドスンッッ!!
……声をあげる間もなかった。
机は引っ掛かって落ちて来なかったが、俺は落下。ガードしてなかったら痛かったぞ。
周りを見回すと、ここはちゃんとした部屋ではなく、適当に掘られた洞窟のようだ。階段は無く、隠し扉もただ床を切り抜いただけ。
そんな雑な作りだから、少し机をずらして重みが掛かっただけで壊れたんだ。いつ作ったか知らないが、時間が経てば劣化もする。
「……あ、あれは……」
そしてすぐ傍に、小さな机と本が置いてあった。
……こうして落ちたのは、半分事故だよな。だって床が脆かったし。
目の前にある本に、再び好奇心が湧いてきた。更なる研究の成果が記されている可能性もあるし、少し目を通しておきたい。
本を開いてみると──これは日記帳だった。
「日記か……人様の日記を読むなんて人として……」
と、独り言を呟きつつも、ついつい後を引いてしまう。
その内容は──ほとんどがミルフィとの生活だった。
『多量の魔力を保有する娘を拾った。この私が魔法を教えれば伸びるかもしれん』
これがミルフィの事か。2人が出会った日──そこから日記が始まっている。
『傷だらけで汚らしい身なりだったが、綺麗にしてやるとなかなかどうして可愛らしい。まだ幼気で、5年後が楽しみといったところだ』
へえ……自己主張強い人だけど、結構褒めてるな。確かに綺麗な子だと思った。
そこからは、ミルフィに魔法を教えたり、一緒にご飯を食べたり、料理の練習をしたり……まるで、親子のようだ。
『────』
そして……最後の方に書かれた内容。それを読んで俺は、いたたまれない気持ちになった。これは、彼女にも伝えるべきか……
カランカラン!
日記をだいたい読み終えた頃、家の呼び鈴が鳴った。エルノアか師匠か?
出て行くと、エルノアが門の前に立っていた。
「あれ、なんで秋人くんが出て来んの?」
「ミルフィに留守番を任されたんだよ」
「しかも鍵かけてんじゃん」
「そうなんだよ……」
とりあえずエルノアに、今までの出来事を伝えた。
「おお、見つかったんだ、手掛かり」
「けど具体的な方法が分からない。ミルフィに解読して貰いたいんだけど……」
「ま、とりあえず今日は終わりにしようぜ。暗くなってきたし、そろそろ野営の準備しとかなきゃね」
俺達は村の外へ向かった。
「そう言えば、師匠は何してたんだ?」
「なんかね、探し物してたみたいだよ」
師匠も、昔一緒に旅してた友人を亡くしたんだもんな。どう接すれば良いのか……
「ところでさ、俺、魔物狩りに行ってたじゃん? それがさ、全然捕まんないの! この辺、そもそも魔物が少ないみたい」
そう言ってエルノアは、パッと手に小さな魔物を出した。ウサギくらいの大きさ。男3人で食べるには少ない。
「そうか、じゃあ俺も手伝うよ」
「ありがと。完全に日が落ちる前に狩れると良いけどね」
村の外に出て、俺達は再び分かれて魔物を探した。
「おかしいな……確かに全然見つからないぞ」
走り回って探すも、気配すら感じられない。
やたらと静かだ。だが、静か過ぎると逆に気味が悪い。
ズンッ……ズンッ……
ッ、聞こえた。魔物の足音だ。
音の方へ向かうと……四足歩行の魔物が。
「フシュウウゥ……」
かなり興奮している。そしてこいつは強い。他の魔物は、こいつに怯えて身を隠していたのかもしれない。
「シャアァッ!」
襲って来た!
四足歩行は苦手だ。元いた村で食用に狩っていたのも四足だったが、あれは弱いから特に問題なかった。
だがこいつは、この前に戦った奴と同じくらいに感じる。このレベルで四足となると、速さがあり、体勢が低い故に懐へ潜り込めない。
だから、相手の攻撃を避けつつ返し技でダメージを与えていく。
相手に背を向けてはいけない。相手が直進して来るなら、片脚を軸に回転して
「キイイィ……!」
魔物の攻撃を避け、脚を斬ってやった。だが浅い。
魔物は少し動きが鈍り、再びこちらを睨み付ける。これは気を付けないと──
「ッ……!?」
──その時、俺は魔力を感じ取った。
魔物のものではなく、かなりの量……
ドゥンッッ!!
刹那、遠方から爆音が聞こえた。間違いなく、その音源は今感じた魔力だ。
魔力と爆音は、こちらへ近付いて来る!
この距離からでも聞こえる音、感じられる魔力……相当な威力だ!
俺はすぐに、近付いて来る魔力の軌道から離れた。
「グギャアアアァ!!」
一方、魔力の軌道上に居た魔物は、そのまま魔力に巻き込まれ……肉塊となった。
魔力が通った道は、木々は薙ぎ倒され、地面は抉られ、凄まじい結果に……
誰だ、こんな事をしたのは……!? 大規模攻撃をすれば、何を巻き込むか分からない。俺も危うくやられていたし、魔物は死に、自然は破壊された。
こんな事が出来るのは、一体……
「あ〜……魔物はやれたか?」
──声と共に、一人の人物がやって来た。
「ん? ああ、人が居たのか」
こいつが、今の攻撃をやった奴。
だが──俺はそれに対する怒りを忘れてしまった。
「な、なあ、お前……!」
何故なら……その人物が発した言葉は──日本語、だったからだ。
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