第13話 止水の少女

 リンゼさんの弟子と名乗る少女。

 その口から発せられた言葉に、俺達は驚愕した。


「…………え、な、亡く、亡くなった……!?」


 聞き返すと、彼女はゆっくりと頷いた。


「……3ヶ月ぐらい、前。……村の外で、遺体で発見した」


 そう説明してくれた。だが、何と言えば良いのか……

 すると彼女は、不思議そうに俺達を見た。


「……あなた達は、誰?」


 そう聞かれた。まだお互い名乗っていなかったな。


「俺はダイアス=バルキアス。リンゼのダチだ。で、こいつらは俺の弟子」

「……ん、ダイアス、さん。……師匠から、話は聞いてる」


 彼女は少しハッとしたように目を見開く。

 続けて俺達も名乗ると、彼女は答えた。


「……私は、ミルフィ=ストーリア。昔、師匠に拾われた」


 ……拾われた?


「……詳しい話は、中で」


 彼女、ミルフィはそう言って、門を開けたまま家へ戻る。

 俺達は門を閉め、彼女に付いて行った。


  *


 広い家だ。

 だが大量の本があちこちに積まれていて、かなり散らかっている。廊下なんか狭くて歩きづらい。


 慣れたように進んで行くミルフィに付いて行き、居間らしき部屋に入った。


「……どうぞ」

「ありがとう」


 ミルフィはお茶を淹れてくれた。

 テーブルを挟んで椅子に座る。左右2つずつあり、師匠とエルノアはサッサと座ったので俺は彼女の隣に座った。


 ──まず、彼女の言葉を待つべきだろうか。向こうからすれば、家にいきなり知らない男が3人、押しかけて来た状況だ。

 彼女の質問に答え、少しでも警戒心を解いてからこちらの話を……


「…………」


 と思ったが、ミルフィは背筋を伸ばし、膝に手を置いて、静かにジッと前を見つめる。

 師匠もエルノアも話さないからか、首を回して俺の方を向いた。なので俺から話し掛ける事にした。


「えっと、ミルフィ? 俺達、リンゼさんに話を伺いたくて来たんだ。でもまさか、そんな事になってたとは知らなくて……」


 って、リンゼさんの家に来てリンゼさんの名前を呼んだんだから、当たり前か。


「……そう」


 ミルフィは淡白に答える。まあとりあえず目的は伝えておこう。


「……お前、リンゼの弟子だって?」

「……ん。師匠からは、魔法をたくさん、教わってきた」


 会った時から、ミルフィからは多量の魔力を感じていた。俺はもちろん、エルノアや師匠よりも遥かに多い。


 ──綺麗な瞳をしている。とても華奢で、神秘的な雰囲気すら感じられる。

 だがその表情は、常に変わる事がない。


「…………」


 再び沈黙が流れる。


「あ〜……あのさ、もし良ければなんだけど、なんでリンゼさんが亡くなったのか、聞かせて貰えない?」


 いつもノリの軽いエルノアも、流石に気不味そうにする。だがそれでも、かなり踏み込んだ質問をした。

 確かに気になる。遺体で発見したそうだが、それは何故なのか。


「……出血多量。……何かに、殺された」

「「「ッ……!!?」」」


 ミルフィはあっさりと答えた。


 リンゼさんが……殺された!? あのドラゴンですら倒せるのに、そんな……


「あいつが……そうか」


 師匠は俯き、何かを思うように黙り込んでしまった。


「…………」


 再び黙るミルフィ。

 一体、何を考えているんだろう。やたら淡々としているというか、感情が読めない。


 せっかく淹れて貰ったお茶が、冷めてしまった。


「…………」


ガタッ


 この気まずい空気を壊すように、不意にミルフィが立ち上がった。


「どこ行くんだ?」


 トイレだったら失礼だが、ここに置いて行かれても困るので聞いた。


「……師匠の、墓参り。……師匠に関係あるのなら、一緒に来て欲しい」

「あ、ああ……」


 緊張して乾いた喉をぬるいお茶で潤わせ、俺達はまたミルフィに付いて行った。


  *


 村を歩いていると、目に余る光景が映った。


「んだテメェごらぁ!」

「ああ!? 殺すぞ!」


 白昼堂々、殴り合いの喧嘩。


「なあ、いつものアレ頼むよ」

「へい、どうぞ」


 怪しげな粉の売買。……なるほど、人の出入りが多いってそういう。


 こんな環境で暮らすのは、ストレスが溜まりそうだ。


「…………」


 だがミルフィは見向きもせず、すたすたと歩いて行く。

 まだ十数の歳の女の子なのに、ずっとここで暮らして慣れてしまったのか。


『全く、なんでこんな時間に外に出ているんだ。めっ、だぞ』


 ふと、リンゼさんの言葉を思い出した。

 こんな環境で育ったのに、俺達を助けて優しくしてくれたな。


「……リンゼさんは、どんな人だったんだ?」


 俺がそう聞くと、ミルフィは一言で返した。


「……優しい」


 そう、だよな。


「……あと、自己主張が強い」


 あ、そこはやっぱりそうなのか。


 そんな調子で村を出て──すぐに着くと思いきや、かなり歩いた。

 そして、とある丘の上までやって来た。

 見晴らしが良く、空気の美味しい場所だ。そこにポツンと、石の墓が出来ている。


「こんな所に」

「……村に作ると、イタズラされる、から」


 ミルフィは墓の前に座り、魔法で水を出して墓を洗い始めた。


「……近くにあると……会いに、行きたく……なる、から……」


 彼女の声が、僅かにかすれた。


「「「…………」」」


 今はもう、何と言えば良いのか。初対面の人間に慰められても響かないだろうし、慰めてどうにかなる話ではない。

 俺達は黙ってミルフィの横に並び、墓に向かって手を合わせた。


 ──俺とエルノアは、リンゼさんとの関わりなんてほんの数分程度だ。

 けど命を助けて貰った以上、彼女に色々と思うところはある。俺達を3年間育ててくれた師匠の友人だし、師匠との関係や昔の旅の様子など、聞いてみたい事がたくさんあったのは本当だ。


 ……アルフの魂、どう探せば良いのかな。


 様々な事を考えながら黙祷していると、ミルフィが立ち上がった。


「……ありがとう」


 そう一言呟き、また、村へ戻って行く。


「……悪い、先に行っててくれるか。俺はちょっとやりたい事がある」


 師匠はそう言って、村とは別の方向に歩き出した。

 近寄り難い雰囲気があり、俺とエルノアは師匠を見送った。


「……ん〜と、さ」


 エルノアは髪をクシャッとし、ようやく口を開いた。


「まあ色々とあったけど、これでお別れって訳にもいかないよね。とりあえず秋人くん、あの子ともっと話して来なよ。直接リンゼさんに話は聞けなくても、あの家のどこかに研究の成果が残ってるかもよ?」

「ああ……お前はどうするんだ?」

「あ〜……俺?」


 エルノアは短剣を抜き、指でくるくると回した。ビックリした、一瞬刺されるかと。


「俺はさ、その辺で魔物ひるめし狩って来るよ。もうすぐ昼だしさ。それに俺、今のあの子とは合わないと思うんだよね~」


 エルノアはいつも軽い感じだ。それはふざけている訳じゃなく、単にそういう性格なだけ。けどこうして彼女に気を使える程には、思いやりを持っていると俺は分かっている。


「分かった。じゃあ別行動な」

「また後でね〜」


 こうして俺達は解散し、俺はミルフィの跡を追った。


  *


 村へ戻ると、昼が近くなったからか人通りが増えていた。

 ミルフィに会う前に、少し村を見回ってみる。


 治安が悪いとは言っても、全部が全部そうではない。商店街では活気が溢れ、人々の笑顔が見られる。

 だが……そこから少し離れると、さっき見た光景がある。


 それどころか、更に酷い商売を見た。

 身なりが悪く、痩せこけた子供達。それに首輪を付け、値段が表記されている。

 あれは……奴隷、ってやつか。存在は知っていても、この目で見るのは初めてだ。


 ……気分が悪いな、やっぱり戻るか。


「いや〜、最近は気が楽で良いぜ」


 ──その時ふと、道端にたむろしている大人達の会話が聞こえた。


「あの女が居なくなったから、カツアゲも薬買うのも堂々と出来る」

「ああ、死んでくれて助かったぜ」


 ……あの女、死んだ?


 いや、確証は無い。確証は無いが……大人の男が恐れるような女性と聞いて、リンゼさんを思い浮かべた。


「あいつのでけえ家、今は女のガキが一人で住んでるんだろ? 奪っちまおうぜ」

「やめとけ、あれでも魔法を使って強えんだ」


 ……間違いなかった、か。


 あの人、この村での悪行を止めてたのかな。


「ムカつくぜ。偉い訳でもないのにあんな家建てて、お高くとまりやがって」

「また落書きでもしてやるか」

「よし、ペンキ持って来るわ」


 そう言って動き出す3人。


 ──口でどうこう言う分には、まだ許せる。

 だが、行動に移すなら話が変わるぞ。


「あ? なんだガキ」


 立ちはだかる俺に、3人は睨み付けてきた。


「おい、ストレス発散したいなら俺でやってみろよ」


 俺は腰に携えている剣を地面に捨て、手をクイクイと動かして挑発した。


「はっ! 生意気なガキだ」

「じゃあテメェの血で落書きしてやるよ!」


 男は殴りかかって来た。

 頰への攻撃を受けてやる。防御しているから全く効かない。別に受ける必要は無かったが、何となく先に一発やらせておいた。


 そしてその拳を取り、指を絡める。


「痛えッッ!?」


 手を捻り、折れるギリギリまで相手の手首を圧迫する。


「「この野郎ッッ!!」」


 他2人も横からそれぞれ、殴りと蹴りをしてきた。

 絡めていた指を離す。


 頭を殴られた衝撃と足を蹴られた衝撃を、受け流して逆に利用する。俺の体は回転し、逆立ちになった。

 そして体を捻り、3人に回し蹴りを放った。


「ぐあぁッッ!」

「くそっ、こいつ強え!」

「覚えてやがれ!」


 3人は逃げて行った。


「……はぁ」


 ──虚無感に駆られ、溜息が出た。

 こんな事したって、根本的な問題は解決しない。あの3人を懲らしめても全くスッキリしない。いやあんな奴ら、ちょっとやそっとじゃ懲りないだろうな。捨て台詞も吐いてたし。


 ……胸くそ悪い。

 俺は剣を拾い、ミルフィの所へ向かった。


  *


「────ッ」


 言葉を失った。


 あの3人の落書きを止めたが……リンゼさん、ミルフィの家の壁には、既にペンキで文字が書かれていた。


 するとミルフィがブラシを持って出て来て、掃除を始めた。


「…………」


 嫌な表情すらせず、無言で手を動かす彼女。


「……手伝うよ。ブラシ、もう一本ある?」


 俺はそう声を掛けた。


「……良い、の?」

「ああ。任せて」


 俺はブラシを借り、一緒に壁を洗った。


「こんな事、よくあるの?」


 洗いながら、彼女にそう聞いた。


「……ん。師匠は、この村の人達に、嫌われてる。……でも、悪い人じゃ、ない」


 彼女のを握る手が、少し強まった。


「……俺さ、あ、俺ともう一人エルノアって奴。昔、リンゼさんに命を助けられた事があるんだ。だから、優しい人なんだって事は分かってるつもり。……今日は、そのお礼がしたかったんだ」


 そう俺の意を述べると、彼女のりきみが緩んだ。


「……そう」


 やはり淡白に返すミルフィ。


「──よし、綺麗になったな!」

「…………ん」


 掃除が終わり、俺は彼女に聞きたい事が色々あるので、もっと話そうと声を掛けるつもりだった。


 だが、先に口を開いたのは彼女だった。


「……手伝ってくれて、ありがとう。……良かったら、上がって。……お昼、近いから」

「え? ああ、じゃあお言葉に甘えて……」


 お昼近いから? 昼飯を作ってくれるって事……なのか?


 とにかく、少しは打ち解けられた気がする。これから話し合って、もし出来ればリンゼさんの研究について聞きたいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る