第ニ章 苛烈異変

第12話 変動の颶風

 ──3年前、村を飛び出して以来だな。

 あの時はひたすら急いで、魔物に怯えながら走っていた。


 今は焦る事なく、周囲に気を付けつつも、落ち着いて歩いている。

 あの時は転生して間も無かったから、もしかすると今から急げば魂に追い付けるかも……なんて考えていた。開き直るようだが、3年経った以上、今さら急いでも仕方ないというか。


 まあとにかく、急いでもあまり良い事はないって事だ。


「師匠とリンゼさんって、どんな関係なの?」


 道中、師匠にそう聞いてみた。

 師匠はリンゼさんをダチと呼んでいたけど、会うのをやたら嫌がっていた。


「んあ……ほら、俺って昔、旅してたっつったろ? そん時の仲間だよ」


 へえ……一緒に旅してたのか。


「リンゼさんのこと好きなの?」


 エルノアがいきなりそう聞いた。

 いや俺も若干気になってたけど! もう少しオブラートに包んでだな……


「ばっ、ばか、バカ野郎! 誰があんなワガママな女!」


 そして師匠のこの慌てようよ。

 今まで慣れ親しんできた師匠だが、おっさんの照れる様子に、俺は何とも言えない気分になった。いやむしろ滑稽で微笑ましいかも。


「2人っきりで旅してたの?」

「い、いや、あともう一人で三人旅だ」


 その返答に、エルノアは残念そうに指を鳴らした。

 隙あらばからかうつもりか。いい性格してるなお前。


「ゴホン! 俺はガキの頃、魔物を狩るのを手伝った。その際に剣を使い、それをキッカケに剣を好きになったんだ。農業とか興味が無くてな、村を出て自分磨きをした」


 剣を振って好きになる……やっぱ男って単純なんだな。


「で、偶然にもリンゼと出会った。剣を極める俺に対して、あいつは魔法だ。お互いにいがみ合って、競ってな。決着がつくまで一緒に旅する事にしたんだ」


 成り行きというか、行き当たりばったりというか……

 けどその旅、もう終わってるんだよな。


「で、最終的にどっちが勝ったの?」


 そう聞いてみた。


「……そういや決着ついてねぇな。自然と解散したぜ」

「ええぇ……!」


 そこ大事じゃないのかよ! 当初の目的を見失ってるじゃんか!


 ……まあ、さっきの反応を見るにリンゼさんのこと好きそうだし、それなりに仲良くしてたのかな?

 ただそうなると、解散して別々の村で暮らしているってのが気になる。会うのが嫌そうだったし。


「じゃあ、どっちが強いのかは分からず仕舞?」

「いや俺の方が強いな」


 エルノアの質問に師匠は即答した。

 決着ついてないのに自分が強いと主張するか。よっぽどの負けず嫌いだな……


 そう言えばリンゼさんも、自分が大魔女と呼ばれていたアピールしてたな。師匠は剣豪アピール。この2人、もしかすると似た者同士なのかもしれない。

 まあリンゼさんの事は、シュラリア村に着いてから本人にゆっくり聞こう。


  *


「…………うぇッッ!!?」


 村を出て数時間。

 俺達は驚きの声をあげた。


「わ〜お……何これ、観光名所?」


 エルノアがそれを見上げて呟く。


「こんなもん無かったぞ……」


 師匠もそう言って呆然とする。

 それもそのはず。村から村へ道が簡易的に整備されているのだが、その道を塞ぐかのように、地面が盛り上がっている。


「なんでこんな事に……?」


 山って、プレートが動いて盛り上がったり、噴火による土や火山灰が降り積もって生まれる物だよな。

 この近くに活火山は無いし、プレートって年にほんの少ししか動かないから、ここまで盛り上がるのに時間が掛かるはず。

 それに、こんな部分的に盛り上がる事あるのか?


「原因は分からんが……回り道するしかねぇな」


 師匠が頭をかきながら右へ歩き出した。

 俺達も付いて行くが……本当に何なんだろうなこれ。


「切り崩すって手もあるが……この向こうに誰か居たらヤバいからな」


 師匠がしれっと呟いたが、こんなのを切り崩すとか凄過ぎる。


「この調子じゃ、シュラリア村に着くのは夜遅くになりそうだな〜……」


 溜息が出る。

 別に到着が遅れる程度だが、出鼻を挫かれた気分だ。


「ま、気分変えてさ。明るく行こうよ」


 エルノアがそう言って座り込んだ。

 行こうよと言った傍から座るってどういう事だ。


「結構歩いたし、そろそろ昼時じゃない? 俺、腹減ったんだけど」


 なるほど、そういう事か。

 確かに日が高く昇って来たな。


「おし、昼飯にすっか!」


 腹が減っては何とやら。俺達は母さんの作ってくれた弁当を開いた。師匠のは村長の奥さん……ではなく村長の手作りだそうだ。


「分かってるだろうが、これからは魔物を狩って食べて野宿をするサバイバル生活だ。火と水なら魔法で出せる。早く環境に適応しろよ」


 食べながら、師匠がそう俺達に念を押す。

 今までの修行の中でも、ある程度はサバイバル生活をしていた。


「そう言えば、シュラリア村に宿とかあるの?」


 こんな辺境の村にあるとは思えないが、一応聞いてみた。


「あるぞ」

「あるの?」


 と思ったら、あるみたいだ。


「まあ最後に寄ったのが結構前だから今は分からんが……あそこはウチより発展してるし、人の出入りは多い」


 そう話す師匠。……だが、その顔が何だか険しい。


「だが、そこには泊まらないぞ。治安が悪いんだ。荷物を盗られるかもしれんし、盗られないようにしたら腹いせに嫌がらせされるかもしれない」


 なるほど……リンゼさん、そんな所に住んでるのか。


「じゃあ今夜は野宿か」

「いや、リンゼを叩き起こして泊めて貰えば良いさ」


 いやいやいや! マズいだろそれ!

 師匠は気心知れた仲だから平気なんだろうけど、俺達は気不味い!


 ていうかこの世界にはインターホンが無いから、夜中に扉を叩いたり呼び鈴を鳴らしたり、大声で呼んだら近所迷惑だ。


「師匠、止めとこうよ……師匠も会うの久しぶりなんだし、夜中にいきなり呼んだら向こうも戸惑うだろ?」

「そうそう。それにさ、俺、野宿とか興味あったんだよね~」

「そうか? んじゃあ村の近くで野宿して、明日会いに行くか!」


 俺の言葉にエルノアが賛同し、やはり野宿する事に決まった。

 エルノアはやっぱり、場の空気を和ませてくれるな。


  *


 こうして俺達は、昼食を終えてから謎の山を回り込んだ。

 山は横に長く続いており、端に辿り着くまでかなり時間を要した。

 それからまた元の道へ戻る。この時点で夕方になっており、村に着く頃には深夜になりそうだ。野宿決定だな。


 ──だが、元の道へ戻る際、俺達はとんでもない光景を目の当たりにした。


「……この場で何があった?」


 多くの木々が無くなっている。

 焼かれたのか、消し飛ばされたのか……


「魔物……なのか?」

「魔物が暴れたとして、なんでこの周辺だけ?」


 そうだ、シュラリア村は無事なのか!?

 俺がそう考えた時、師匠は村の方向をジッと見つめていた。


「……村なら無事だぜ、驚く程にな」


空縮眼くうしゅくがん

 眼球に魔力を集め、処理能力を活性化させ、遠方を見る事が出来る技。恐らく師匠は今それを使って、村の様子を確認している。


 俺も見ようとしてみたが、村らしき物は見えてもぼんやりしていて、中の様子などさっぱり分からない。


「村の建物が壊れた様子はない。人も普通に歩いている。少なくとも今は問題なさそうだ」


 けど、魔物によって村人が被害に遭った可能性はある。


「急ごう、師匠!」

「いや、予定通り明日だ」


 俺は早く行こうと促したが、師匠は落ち着き払っている。


「え、でも……」

「言ったろ、今は問題なさそうだって。何か被害があったのかもしれんが、とっくのとうに過ぎた後だろう。今さら俺達が駆け付けても無駄骨だ」


 師匠はそう言って、再び歩き出した。


「それに、だ。俺なら急げば、あそこまですぐに行ける。だがもし本当に、こんな一帯を更地にしちまうような強力な魔物が潜んでいるのなら、俺は弟子を置いて行けねぇよ」


 その師匠の言葉からは、重みを感じた。

 師匠なら必ず、俺達を守ってくれそうな……


「ま、そうだね。急いでも仕方ないよ。俺らは普通に行こうぜ、アルフくん」


 エルノアにも言われ、俺達は今まで通りに歩き出した。


 ──その晩。

 俺達は魔物を狩って食べ、野宿をした。寝る前に修行も欠かさず、エルノアが収納してくれている布団や寝袋で就寝する。

 そして魔物に備え、交代交代で見張りをする決まりだ。


 ……だが今日は、師匠がずっと目を光らせている。


「なんだ、寝れねぇのかアルフ。寝とかないと明日がつらいぞ」


 師匠がそう声を掛けてきた。


「何だか、寝る気分じゃなくなって……」

「そうか」


 すると師匠は、俺に話を振った。


「そういやお前、やたらとリンゼに会いたがってるよな?」


 旅に出て、まずはリンゼさんに会いに行く。もちろんそれは魂について聞く為だ。そして助けて貰ったお礼を言う。


 ただ転生については周りに伏せているし、勝手に村を飛び出した事も黙っている。正直に話したら確実に怒られるから、つい。

 だから会いに行く理由としては、師匠と同じく世界中を旅した人として、為になる話を聞きたい、と言ってある。


 けど、師匠が付いて来てくれるとは予想外だった。一緒に会いに行く訳だし、助けられた事は話してしまうか。

 でもそうすると、なぜ村を飛び出したのかも説明が要る。


「──実は、世界中を見てみたいって理由以外に、もう一つ旅をしたい理由があるんだ。それで俺3年前に、村を飛び出しちゃったんだよ。その時にドラゴンに襲われて、リンゼさんに助けられたんだ」

「何だって!? ドラゴンが居たのか!!」


 村を飛び出した事よりも、ドラゴンの方に驚いている。

 この辺には居ないはずだってリンゼさんも言ってたし、やっぱりおかしいよな。何も考えず行動した俺も悪いが、あれは半分不可抗力だと思う。


「それで俺、リンゼさんにお礼を言いたいんだ。その時はほとんど話せなかったからさ。それと、もう一つの理由の為に、リンゼさんの話を聞きたいんだ」

「……そうだったのか」


 もう一つの理由について、師匠は深く聞いて来なかった。


「お前の修行への取り組みには、鬼気迫るものがあった。よっぽどの真面目なのか、それとも何か事情があるのか、実は少し気になっていたんだ」


 そう言って師匠は、真顔から笑顔へと変わった。


「けどまあ、真剣に頑張ってる弟子に水をさすのも悪いからな。お前はお前のやりたいようにやれば良いと思った。お前が頑張るなら、俺も師匠として応えてやるよ!」


 ──アルフの父さんにも、同じ事を言われたな。

 本当に、良い師匠だ。


「でも俺、新しい目標が出来たんだ。師匠みたいな剣士になるよ!」

「おっ? この剣豪ダイアスのように成るとは大きく出たな! 世界中を旅して、剣を極めて、そのもう一つの目的……がはは、やる事がたくさんだな!」


 アルフ、お前、旅するのが夢なんだろ? 体を返したら、ぜひこの旅を続けてくれ。


 でもって、旅には強さが必要不可欠だからな。この師匠みたいに強くなるって目標、お前も継いでくれないか。


「そういや師匠、ドラゴンも倒せるの?」

「当たり前だ! 余裕も余裕よ! けどこの世界にはな、お前とさほど変わらない歳でドラゴンを倒す剣士もいるぞ」


「そうなの!?」

「ああ。国王直属の護衛“三龍剣”だ。今のお前が目指すべき相手だな」


「すげぇ……会ってみたいな」

「シュラリア村から更に進めば国城がある。おし、そこで揉まれて来な!」


 なんて会話をして、俺達はついつい夜ふかししてしまった。


 せっかく緊張が和らいだのに、な。


  *


 ──眠い。


「あ〜……よく寝たぁ。2人共、な〜んで俺を起こさなかったの? てかすげぇ眠そうじゃん、しっかりしてよ〜」


 ぐっすり眠ってスッキリしたエルノアに、至極真っ当な事を言われた。


「よ〜し行くぞ! 付いて来いお前達!!」


 師匠はなんでそんな元気? 体力オバケかよ。


 ……まあ何はともあれ、俺達は今度こそシュラリア村へ到着した。


「は〜……懐かしいな」


 来た事のある師匠は懐かしむ。


 確かに師匠の言っていた通り、俺達の住んでいた村は建物が木製で、建物も住民の家が全てだった。だがこの村の建物は石製も混じっており、広くて店っぽいのもある。


 だが……ボロボロの服を着た汚れた人も歩いており、路地裏に人がたむろしていたり、治安は何だか悪そうに見える。


「やっぱ問題なさそうだね」

「ああ、良かった」


 あの謎の跡があったから魔物の被害があったのかと心配していたが、師匠の言った通り心配なさそうだ。


「さあ、サッサと用事を済ませるぞ。リンゼの家は一番大きいあれだ」


 師匠が指差す先には、他の建物より立派な家が。

 早速そこへ行き、呼び鈴を鳴らした。


「リンゼ〜! 久しぶりだな! 早く開けろよ〜!」

「師匠、そんな早く出て来ないって」


 無邪気な師匠だが、リンゼさんに対しては更に豪快というか、容赦ないというか。


「お〜い、居ないのか〜!?」


 しばらく経っても出て来ない。留守なのか?


「マジか〜……どっかで時間潰すか?」


 そう言って立ち去ろうとした、その時。

 家の扉がゆっくりと開いた。


「おい、遅いぞリン……」


 が、出て来たのはリンゼさんではなく……一人の少女だった。歳は俺達と同じくらいか。


 彼女はこちらへ来て門を開ける。


「あの……ここって、リンゼ=モルディヴさんのお宅だよね?」


 俺がそう聞くと、彼女はコクリと頷く。


「んじゃあお前、誰だ? あいつに子供なんて居なかったはず……」


 師匠がそう聞いた。

 すると彼女は、ゆっくりと口を開いて──


「……私は、師匠……リンゼさんの、弟子。……師匠は、少し前に……亡くなった」

「「「ッッ!!?」」」


 ──俺達と彼女の隙間を、一陣の風が吹き抜けた。

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