第55話 謎の龍

 …………見つかった。


 以前に遭遇した、絵に描いたような巨大なのとは違う。人型で、身長は俺と大差ない。

 だが、顔付きや鱗など、間違いなく龍の類だ。少し変わっているのは、腰に剣を携えているところだ。


 ……戦うべきか。いや、まだ襲って来ない。


「──ここで何をしている?」


 剣を握るか握らないか迷っていると、その龍は口を開いた。


「ここは龍が棲む場所。下手に入れば龍に遭遇し、命の保証はない。かく言う私も龍な訳だが……」


 話が通じる。しかもかなり理性的だ。


「……勝手に入ってごめん。ここに獣人が迷い込んだらしいから、探しに来たんだ」

「わ、私の里の人です……!」


 そう説明すると、相手は何かを思い出したようだ。


「……そうか、彼女の事か。来い、案内しよう」


 龍はこちらへ背を向け、歩き出した。

 ……敵意は、無いみたいだ。付いて行ってみよう。


「先日、ここで倒れているのを発見した。人里へ行くのを勧めたが、拒否したのでな」


 ……そうか。里を人間に焼かれているんだもんな。信用できなくて当然だ。


「おい、君の仲間が来ているぞ」


 小さなほら穴へ着くと、龍は中へ話し掛けた。

 すると少し経ってから、大きな爪の生えた脚が現れた。


「……ハーミィちゃん!」


 その姿を確認するなり、シーエは飛び付いた。

 腕に大きな翼の付いた、恐らく鳥の獣人だ。


「もう大丈夫だよ!」

「……シーエちゃん、戻って来てたの!」


 2人は抱き合って涙を流す。


バサッ────!!


 その再会を遮るように、羽音が鳴り響いた。


「戻って来たか。また巨大なのを獲ったな」


 龍がそう言うと、空から別の龍が魔物を引っ提げて飛んで来た。

 魔物は普段俺たちが戦っているのよりも、ずっと大きい。


「これから食事だ。今なら比較的安全にここから出られる。早く行くと良い」

「分かった、ありがとう」

「あ、ありがとうございます!」


 こうして無事、俺たちは迷っていた子を連れて帰る事ができた。


 ……あの人型の龍、何者なんだろう。ああいうのも居るのか。


  *


 ……戻るや否や、再び笑い声が響き渡った。


「あはははははははっ!! や、ヤメてぇ〜!!」

「もうシーエちゃんったら、また心配かけて! 反省して貰うからね!」


 ニャムルがシーエをくすぐり始めた。

 一度目は、黙って里を出て行って心配を掛けた事。そして二度目は、今さっき勝手に一人で危険な場所へ向かった事。


「こちょこちょこちょこちょぉ〜!」

「あ〜っ! ヤメてヤメてヤメて〜!!」


 ニャムルは馬乗りになり、シーエのワキをくすぐる。


「あの2人、昔から一緒に遊んでるんです。こちょこちょもよくやっていました」


 鳥の特徴を持つ獣人、ハーミィが説明した。


「許して〜! もうダメだってばダメダメダメダメ〜!!」


 足の裏をカリカリと引っ掻かれ、シーエは必死に叫ぶ。


「ニャムル、もう止めてあげて。そろそろ進みたいし……」

「……アルフさんがそう言うなら」

「はぁ……はぁ……くすぐったかったぁ……」


 息を切らし汗だくになったシーエを連れ、今度こそドラグニスへ入った。


 ────その瞬間、複数の魔物の気配を感じた。


「……なるほどな」


 確かにこれなら、シーエたち獣人が入っても大丈夫そうだ。

 魔物と言っても、犬程度の大きさ。だがそれをペットのように連れている。


「龍が居るから、他の魔物は怯えているんだ。ああいう小型のなら弱いし、保護して飼っているんだろうな」


 ガルシオンさんがそう推測した。

 流石というか何というか。龍の間近に住んでるだけあって、肝が座ってるな。


「──あら、あなた達ね?」


 歩いていると、女性に声を掛けられた。


「さっき見張りの人から聞いたの。獣人の子を預かって欲しいんでしょ?」

「はい、そうです」

「それなら一旦、ウチに来て。色々と話すから」


  *


 言われるまま付いて行くと、大きな家に到着した。


「ただいま〜」


 そう言って彼女は扉を開け、中へ入って行く。


「おかえりイリーナ」

「パパ、この子たちよ。さっき話したの」


 中には彼女と、父親らしき人物の2人だけだ。


 俺達は自己紹介をした。


「俺はガルシオン! かの有名な鍛冶職人だ!」

「わぁ、本当に喋った! 面白〜い♪」


 この人、今まで一度も褒められてないけど良いのか?


「あたしはイリーナ=シュタイン。こう見えて村の警護とかしてるの。よろしくね♪」

「私はグレダ=シュタイン。この子の父だ。魔法の研究をしているよ」


 2人とも、かなり強い。


 案内してくれた女性、イリーナさんは魔力は少ないが武の気配を感じる。そこらの壁には武器が掛かっているし、常日頃から使っているんだろう。


 父親のグレダさんは大量の魔力を持っている。強い魔法が使えるのなら、量質と共に隙がない。


「さて……預かるのは構わないが、差し支え無ければ事情を聞いても良いかな?」

「は、はい。実は──」


 なぜシーエとニャムルがここまで来たのか。里が無くなった事など理由を話した。


「……なんと! そんな事があったとは……」

「可哀想……! ウチに住みなよ、ね、パパ!」

「うむ、もちろん」


 事情を話すと、2人は驚いて同情してくれた。


「んな事するの、隣のギラフィスかな?」

「分からん。だがクーデターがあったのならエスタミアにそんな余裕は無いだろう」

「じゃあ絶対ギラフィスだ! 絶対許さない!」


 イリーナさんは感情的というか何というか、声を荒げて怒る。


「にしてもケチだよね~この国。獣人の里ともっと早く繋がっておけば、こんな事にならなかったかもしれないのに」

「こらイリーナ、国には国なりの考えがあっての事だ。結果だけを見てそんな事を言ってはいけないよ」


 ……そう言えばカストロさんも、このドラグニスや獣人の里には思うところがありそうだったな。自国にも不満を持っていた。


「とにかく。行く宛が無いのなら、ぜひウチに、この村に滞在して欲しい」

「……あ、ありがとうございます!」


 こうして里を失った彼女たちに行き場ができた。だが他にも数多くの獣人が路頭に迷っているし、その人達も上手く過ごしていれば良いな。


「君達も滞在するのかい?」

「はい。疲れを取って旅の準備を整えたいので、数日は」

「じゃあウチはちょっと部屋数が足りないから、近所に泊めて貰うよう頼んどくよ。ここには宿が無いからね」


 2人は親切にも俺達の宿泊まで考えてくれた。


 何というか、こういう村みたいに住んでいる人同士の距離が近いと、他人への気遣いとかが良くなるのかな。

 この世界に来てから村で育って村を巡って、そう感じるようになった。


「さっそく行って来るよ」

「あ、じゃあ俺達も挨拶に行こう」


 イリーナさんがすぐに向かおうとしたので、俺達も立ち上がった。


「……う」


 その時、シーエが倒れ込んだ。エルノアが咄嗟に受け止める。


「わ、凄い熱だよ。さっきまで平気そうだったのにね」

「……ふむ、恐らくここまで緊張が溜まっていたのだろう」


 そうか……里を抜けるほど悩んでいて、里と仲間を失って、ここまで歩いて来たんだもんな。無理も無い。


 シーエはここで預かって貰い、ニャムルとハーミィは看病に残った。

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