第56話 夜桜の剣舞
秋人たちはイリーナに付いて行き、自分達を泊めてくれる家の家主へ挨拶した。
それが済むと、里を見学して過ごそうという話になった。
「あ、それ見て!」
先導するイリーナが足を止めて指差す。
見ると、里の柵に何やらお香のような物が置かれている。
「何ですかあれ?」
「あれにはね、龍の嫌いな特有の匂いが入ってるの。あと魔力も込められてて、この里を守る結界を保ってるんだ」
それは里の至る所に設置してあった。
常に龍が近くに存在するこの里が無事でいるのは、それらのお陰なのだ。
「……まあ、完全に被害を防げる訳じゃないんだけどね。だからもしもの時は戦わなくちゃいけない。君達も気を付けてね」
そう注意するイリーナは、どこか寂し気な笑みを浮かべている。
「嬢ちゃんは龍と戦った事あるのか?」
不意にガルシオンが鞘から飛び出し聞いた。
「まあね。小さいのなら倒した事あるし」
「凄いですね、警備してるんでしたっけ」
「うん、パパも強いんだよ。龍なんか魔法でぶっ飛ばしちゃうんだから」
イリーナは無邪気に語り出す。父親と仲が良いのだろう。
その後は里にある店などを見て周り、解散して自由行動となった。
*
すっかり日が暮れ、里の人達は夕飯の支度を始める。
秋人は修行も兼ねて、泊めてもらう家の食料の足しにと魔物狩りへ向かった。
とはいえ里には結界があるので魔物は寄り付かず、あまり離れ過ぎると危険だ。結局は里の近くで剣技の反復練習を始めた。
「こないだの獣人……それにあの人型の魔物はヤバかった。まだ単独じゃ勝てねぇ。もっと技を磨かねぇとな」
「ああ、分かってるよ」
三龍剣との出会い、命を懸けた戦いは、確実に秋人を強くしている。肉体的な成長や技の練度だけでなく、動きに迷いが失くなっていく。
「技を出しつつ、周囲にも気を配れよ」
「おう」
感覚を研ぎ澄ます。
自分の動きだけに集中し過ぎると相手の攻撃に反応できない。この自然の中ではいつ魔物に襲われるかも分からない。
サバイバル生活の長いこの旅で、必須かつどんどん培われる能力である。
「……ん?」
秋人が何かに気付いた。
「どうかしたか?」
「いや、今……足音が」
ザザッ、ザッ、ザザザッ──と、不規則で歩くものとは違う足音が秋人には聞こえた。
修行を止めて耳をすますと、足音と同時に風切り音も鳴る。
秋人は音のする方へと向かった。魔物の潜む外界で自分以外の存在に気が付けば、心配にもなるものだ。
「──ッ……!?」
月明かりに照らされ、鮮やかなピンク色──日本の桜によく似た花びらが風に舞う。
剣を持ち、止まる事なく技の型を繰り出すその滑らかな足取りは、さながら舞のようであり全く
一瞬、その姿が美しい女性に見えたような気がした。
「……む?」
こちらに気付き技を止めたのは、龍の里で出会った人型の龍であった。
「君か。こんな遅くに外を出歩くと危ないぞ、どこからともなく魔物が現れる」
音へ釣られてやって来た秋人は、いつの間にかドラグニスから離れていたようだ。少し先には龍の里がある。
「昼間はありがとう、凄い剣術だね」
傷付いた獣人を匿い、勝手に侵入した自分達を逃してくれた彼に、秋人は少し警戒を緩めて話し掛けた。
先程の舞を見て、心が落ち着いている。同じ剣術使いとして興味も湧いていた。
「これは……我が母から受け継いだものだ」
(母……?)
龍の母は龍ではないのか、それとも母親も人型で独自に剣術を編み出したのか、秋人は疑問を抱く。
「なかなか良い剣だな。素材は龍の鱗か?」
ガルシオンが鞘から出て来て話し掛ける。龍は一瞬驚く素振りを見せたが、すぐに平静になって答えた。
「ああ、それも黒龍の物だ」
「ほぉ~、そりゃあ良いな。俺もまだ打った事が無いんだ。人間が黒龍を討伐するなんて数十年に一回あるか無いかだからな」
いつもの事だが、鍛冶職人としての血が騒ぐのかガルシオンは羨ましそうに剣トークに花を咲かせる。
「おいおい……本人前にしてそんな話するなよ」
龍の前で『龍の討伐』など、人間に人殺しの話をするようなものだ。
「気にするな。人は龍を、龍は人を、疎ましく思う存在を刈り取るのはこの世の常だ。君は私を見た時、剣を抜かなかった。だから悪だとは思わない」
「正直、龍が怖いって気持ちはあるけど、でも何事も無いのが一番だからね。そっちが敵意なく話し掛けてくれたから、俺も良い奴なんだなって思ったよ」
互いに認め合い、不思議な時間が流れる。
「──名乗っておこう。私はリュージュ」
「俺はアルフ=マクラレン。仲間と一緒に旅してるんだ」
「そう言えば見ない顔だな。今日は里で泊まるのか?」
「ああ……あ、そろそろ戻らないとみんな心配するな」
外に出てかなり時間が経っている事を思い出し、秋人は里へと向かった。
「……旅、か。何か目的があるのだろうか」
一人になり、リュージュは呟く。
「……この剣にも、何か──」
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