第57話 暗躍する火種

「──しかし誤算でした。私の見立てでは、あの魔物を投入すればエスタミアは壊滅するはずだったのですが……」

「奴らにも少しは骨があったようだな」


 ギラフィス王国にて、2人の男が話す。


 丁寧語を話すのはタナトス=ハリマ。目が細く、長身で細身。


 もう一人はグロバキウス=モヘッド。筋肉質の大男。


 この2人こそギラフィスの最高戦力である。


「だがそれでもかなりの被害が出た。あの時に全戦力を投入すれば確実に勝てただろう。ログヴァナも居なかった事だしな」


 するとタナトスがチッチッと指を振った。


「それは結果論。何事も慎重に進めなければなりません。確かにログヴァナは旅に出てしばらく経ちますが、あの時まさに帰って来ていたらどうします?」

「ぬぅ……」


「戦いにおいて最も警戒すべきは不測の事態──伏兵です。平和主義と言えど、各地で実力者はくすぶっている。むしろ積極的に兵力を集めようとしない分、裏に潜んでいるものです」


 タナトスはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「お試しの段階で誤算が出たのは喜ばしい事。奴らが想像以上に骨がある事を確認できました。なので王都が混乱│めやらぬ内に獣人の里を潰したのです。先にそちらを突くと王都が警戒を強めてしまう」

「なるほどな」


 するとそこへ、一人の女性が現れた。


「魔物共の報告によれば、何やら実力のある子供たちが居たとの事。マウニア、調査を頼みますよ」

「……了解」


「それと、また少し嫌がらせを……次は龍の巣でも突いてみますか」


 マウニアと呼ばれた女性は話を聞き終わると、即座に消え去った。


  *


 ドラグニスでの滞在で、秋人たちは疲れを取り、旅の準備を整える事が出来た。


「耕し終わりました~!」

「ありがとー! さすが体力あるね♪」


 熱を出したシーエも回復し、ニャムルとハーミィも加えて、獣人持ち前の身体能力で畑仕事などを手伝っている。


「シーエちゃんさ、ここで暮らしなよ。せっかく3人集まれたんだし」


 イリーナがそう提案した。


 今ここに居るたった3人の獣人。仲間たちを探したい気持ちも分かるが、この広大な世界を巡るには危険が多い。


「ありがとうございます……でも私、また里のみんなで過ごしたいので。それにきっとみんなも、私達のこと心配しています」

「そっか……うん、そうだね」


 それでも旅を続ける心持のシーエに、イリーナも心配ながら納得した。


「あ、そうだ!」


 自分の切り出した話で暗くなってしまったので、イリーナはパッと切り替えた。


「今みんなが手伝ってくれた畑でね、甘い果実を育ててるの。それでお菓子が作れるから、今から作って食べない?」

「はい、食べたいです!」

「じゃあ手ぇ洗って、台所に集まってね」


 3人が家へ向かうのを見送りつつ、イリーナは用具を片付ける。


 そこへ彼女の父グレダが帰宅すると、彼女は待ってましたとばかりに駆け寄った。


「おかえりパパ! これからシーエちゃん達とお菓子作るから教えて〜」

「またか。いい加減、作り方を覚えなさい」


「だって料理苦手だし〜」

「全く……それじゃあ嫁に行けないぞ」


「いいもん。あたし、自分より強い男にしか興味ないし」

「ならこの里に居る限り一生独身だな」


 そんな会話を広げ、2人も台所へ向かった。


 そして始まるお菓子作り。男一人に女4人という状況だが、一番女子力の高いのは唯一の男であるグレダだった。


 特にハーミィは腕に翼があり、一挙一動が周りに影響を及ぼす。なので途中からお菓子作りを離れた。


「す、すみません……こんな体で」

「気にしないでって。それよりさ、アルフ君たち呼んで来てくれる? みんなで一緒に食べよ♪」


 料理から離れたハーミィは、言われた通りに秋人たちを訪ねた。


 彼らを泊めてくれている家主も含め、大人数で集まってお茶会が開かれた。


「アルフ君さ、次はどこ行くつもりなの?」

「えーと……とりあえずギラフィスに渡って街を転々とする感じですね」


 ここエスタミア王国は、主に発展しているのは王都のみで、他は小さな村ばかり。


 対して隣国のギラフィスは、全体的に大きな街が多い。秋人は魂について調べるべく優秀な魔法使いを当たっているので、ギラフィスの方が有益は見込める。


「そっか〜……でも気を付けないとダメだよ? 獣人の里を襲ったのもギラフィスの可能性が高いし、なんかヤな予感する」

「まあ両国を旅人が行き来するのは変な話ではないし、行くこと自体は問題ないだろう。ただ旅に武器は必須だが、色々と確認はされるだろうな」


 それを聞き、秋人はガルシオンへ釘を刺す。


「……分かってるよな?」

「心配すんな、俺は純真なる剣だぞ。持ってて疑われる事など無い。ま、あまりに良い剣過ぎて窃盗には遭うかもしれんがな」


 いつものやり取りを終え、話題はここドラグニスでの出来事へ変わった。


「実際どうだった? なかなか悪い所じゃないと思うんだけど」

「はい、最初はかなり警戒してたんですけど……龍の被害も無かったですし、みんな穏やかで居心地良かったです」

「でしょ? 危険だからって訪れる人とか全然居なくって、アルフ君たちが来たの珍し〜って思って何だか嬉しかったの♪」


 素直に褒めた秋人に、イリーナは子供のように喜びを露わにする。


「やっぱ、結界とかお香とかちゃんとしてるからっすよね。教わりたいんですけど」


 旅に役立つだろうと、エルノアがそう聞いてみた。しかし……。


「うむ。古来より龍の傍で生き続けてきたのも、先人達が編み出し積み重ねてきた魔法の賜物たまものゆえにその技術は高度で、里長しか全容は知らず私は一端をになっているだけなのだ。仮に知っていても、一朝一夕では覚えられないだろう」


 グレダは首を横に振り、その申し出を断った。


「それに……龍すらける結界を無闇に使うと、罪なき魔物や動物たちに影響を及ぼしてしまうかもしれん」

「そっか……そうですね」


 すると皆の旅を心配したイリーナが、父に代わって謝った。


「ごめんね~……これから先、もし龍と会ったら逃げるんだよ?」

「はい。でも逃げられない時もあるだろうし、特訓は欠かさないようにしています」

「お前にはその内、単独で倒して貰わないとな。でないと三龍剣に及ばないぞ」


 戦う時は戦うと意気込みを伝える秋人と、それを鼓舞するガルシオン。


 それを聞いたハーミィが、思い出したように発言した。


「そう言えば……龍の巣に入った時、変なの見たんです」

「え、あそこで何かあったの? 怖かっただろうと思って、あんまり聞かないようにしてたんだけど……」

「変なの、とは?」


「えと、龍なんですけど、人の形してたんです。剣も持ってて、喋ってました」


 その瞬間、イリーナとグレダがピクリと反応した。


「……ねえ、そいつの持ってた剣、つばの形とか覚えてる?」

「鍔? あ、よく話し掛けてくれたので見てました。確か……お花の形です。花びらが5枚でピンク色の──」


「…………パパ」

「……ああ、間違い無いだろう。そいつが──」


 ところが、その会話は遮られた。


 爆音と揺れ、咆哮ほうこうによって。

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