第六章 龍の里編
第54話 龍の巣窟
──ギラフィス王国、某日某所。
「……そうですか。獣人の里は滅んだ、と」
「ああ。とは言っても、住人が死んだ訳ではない」
報告を聞き、男はニヤリと笑う。
「しかし里が失くなれば、衣食住に困って他の事に手は回らないでしょう。これでエスタミアの戦力が削がれましたね」
「奴らは知能と身体能力を兼ね備える厄介な種族だからな。まあそもそも人間との交流が無いから、さほどの脅威とは思えないが」
そう話しながら、二人は歩く。
「そう、そこです。せっかく有能な駒があるというのに、それを手懐けられていないのが勿体ない。ほら、確か龍の巣窟がありましたね」
「あったな。だがあれは難しいだろう」
……と、そこで足を止める。
その先には、一人の少女が居た。
「難しいのは違いない。ですが、ウチには居るでしょう? 有能な調教師が」
「……ふん」
*
……おお〜、壮観だな。
「わは、あん中にたっくさん住んでる訳? おっかねー」
シーエとニャムルを連れ、俺達は次の目的地であるドラグニスへやって来た。
ドラグニスの特徴──それは、龍の里。
何でも昔から、龍が住む場所のすぐ近くで暮らしているらしい。
人の里へ龍が住み着いたのか、それとも龍の里へ人が住み着いたのか……それは定かではないが、とにかくそんな危険な状態にある。
とても大きな山があり、その麓にぽっかりと穴が空いている。そこがドラグニスで、山全体が龍の住処だそうだ。
「そろそろ龍が飛び回る圏内だからな。気を付けて行けよ」
「ああ、もちろん──」
「こちょこちょこちょこちょ〜っ♪」
「きゃはははっ!? にゃ、ニャムルちゃん! ヤメて〜!」
……と、緊張感を持とうとしたところでシーエとニャムルが遊び出した。
「昔から弱いね〜♪ 黙って出て行ったオシオキだよ♪」
「ゆ、許してぇ〜! 脇腹弱いから〜!」
女の子2人のじゃれ合いに、口を出すタイミングが難しい。
「あ、アルフさん! 助けて下さいぃひひひ!」
「えっ」
目に涙を浮かべて笑うシーエに求められ、俺は間に入った。
「い、嫌がってるから止めてあげようか」
「こちょこちょ♪」
「うはははっ!?」
するとニャムルは、俺の脇腹をくすぐった!
「アルフさんも結構くすぐったがりですね♪」
「や、ヤメてぇへへへ!!」
獣人のニャムルは力が強く、脇腹を掴まれて逃げづらい!
助けに入ったのに、今度は俺がくすぐりの餌食になってしまった。
「……こちょこちょ」
「うひぃっ!?」
するとずっと黙っていたミルフィが動き、ニャムルをくすぐる。
「……師匠直伝、こちょこちょ攻撃」
「にゃははははは!! そ、それキツい〜!!」
師匠直伝……リンゼさんか。あの人のくすぐりもキツかったな。
ミルフィのくすぐりに、ニャムルは抵抗できず笑い転げる。
「た、助けてシーエちゃん!」
「え、わ、私!?」
するとニャムルはシーエに助けを……これいつ終わるんだ?
「こ、こちょこちょっ!」
「んぅっ……!」
シーエにくすぐられ、ミルフィも無力になる。
「よ〜し、こちょこちょ〜!」
「ん、くっ……! んふふ……!」
そしてミルフィは、シーエとニャムルの2人掛かりで攻撃を受ける。
あれはキツそう……てか何でこうなった?
「……あ、アルフ、助け……んふっ!」
そしてまた俺に助けを……次は俺が2人にやられる番か?
「こちょこちょ〜♪」
「こ、こちょこちょこちょ……♪」
「ぎゃははははは!!」
案の定、俺はミルフィの代わりにシーエとニャムルにくすぐられた。
今度は敵が2人である為、ミルフィは俺を助けてくれない。
「おいお前ら、いい加減に──」
バサッ────
痺れを切らし、ガルシオンさんが声を掛けようとしたところで、大きな羽音が聴こえた。
見ると、一匹の龍が近くを飛んだようだ。
「……そろそろ行こう」
「は、はい……」
それで一時の遊びは終わり、俺達はドラグニスへ向けて歩き出した。
*
龍に気付かれないよう、慎重に村へ近付く。
幸いに龍が出て来る事はなく、無事に入口まで到着した。
麓から見上げてみると、やはり大きい。龍が数多く棲んでいるから当然だけど。
下手に離れた所に村を作れば襲われる危険があるから、こうして足元に作ったのかもしれないな。
「君達、どこから来たんだい?」
入口に立っている見張りの人に話し掛けられた。
魔物を払う魔法が張られているが、ちゃんと対策を重ねているんだな。
「俺達は──」
どの村から来たのか、何が目的なのか話した。
「俺はガルシオン=ユル! あの名匠だ!」
「うわぁ剣が喋った!?」
という恒例行事も済ませて。
「あの、彼女たちは獣人なんですけど、色々あって里を出て来て──」
シーエとニャムルについても話した。
獣人であっても受け入れてくれる村なら良いが……
「そうか。それなら入ると良い。ウチは差別などしていないからね」
その返答に2人は喜んだ。最悪、ずっと外で待って貰う可能性もあったからな。
「……あ、そう言えば先日、獣人を見掛けたよ」
「そ、そうなんですか!?」
シーエが食い気味に聞く。
「翼があって、ふらふら飛んでたよ。で、ここじゃなく上の方へ……」
上……って、まさか!
「龍の里に!?」
「恐らく。人間の村では受け入れられないと思ったのか……」
するとシーエは、すかさず飛び出して行ってしまった。
「シーエ、待てって!」
「シーエちゃん!」
呼び止めたが、シーエは聞かずに向かって行く。
「仕方ない……連れ戻して来る! エルノア、2人を頼んだ!」
「気を付けてねアルフくん」
ミルフィとニャムルを任せ、俺はシーエを追った。
*
龍の里……正直入るのが怖かったが、シーエが危険だから意を決して入った。
「はぁ……はぁ……どこだろう……」
しばらく走って行くと、シーエがキョロキョロと周りを見回している。
「お、おーい! 私だよ、シーエだよ!」
そう叫び出したので、俺は慌てて後ろから口を塞いだ。
「むぐっ……!?」
「こら、大声出すなって……!」
咄嗟に手を舐められてこそばゆいが、シーエはすぐに落ち着いた。
「勝手に行動しちゃダメだろ、心配したんだぞ」
「ご、ごめんなさい……あ、ヨダレ付いちゃって……」
シーエのヨダレで手がネバネバするが、まあ大した問題ではない。
「おいアルフ、その手で剣を持つなよ! 俺は至高の剣だぞ!」
「うるさいってだから!」
ガルシオンさんが騒ぐ。もう、龍が出たらどうするんだ……
────ザッ
「ッ!?」
──その時、聞こえた足音に振り向いた。
そこには……人型の龍が、こちらを見て立っていた。
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