第41話 終幕
カストロ=エディスは、この王都の中でも裕福な家庭に生まれた。
このエスタミアは、剣を重んじる国。かつて龍を倒し国を救った3人の剣士を『三龍剣』と呼び、その後も三龍剣という立場を残している。
カストロもまた、国を護る剣士に憧れた少年であった。
──しかし彼は幼くして、とても聡明で勤勉であった。
本を読み、大人へ質問し、国に関する知識を取り入れた。
……そして知ってしまったのだ。裕福なのは自分達だけ。王都から離れた村々は、自給自足で魔物の被害に悩まされながら暮らしていると。
更にこの国には、十分な予算も資源もあるにもかかわらず、昔から村々を助ける事はしていない。全ては隣国のギラフィスへ貢いでいた。
平和を謳ったは良いものの、それにより国民は“自分達”の平和を強要するようになり、少しでも戦いの姿勢を見せれば強く反発するようになっている。
カストロは気付いた。この国は、ギラフィスに搾取され続けていると。いつか資源が枯れるか、王が
幼さゆえに、カストロは完全に影響された。この国は強くならねばならない、と。
その想いはどんどん肥大化し、月日は流れ学園に入学した。
そこでソーマとレインに出会う。自分より剣で勝る2人に、カストロは劣等感を覚えた。
三龍剣になれば、何か変えられるかもしれない。だが自分は成れないだろう、と。
そんなある日、ログヴァナが3人の前に現れた。
「よっ、なかなか良い剣だな」
彼こそ、長らく空席となっていた三龍剣に認められた男。それも、龍の中でも上位種である黒龍を討伐した実力者。
「そんじゃ……ちょっと俺と戦ってみないか?」
──圧倒的だった。
自分も、ソーマもレインも、ログヴァナには全く歯が立たなかったのだ。
(……凄い)
悔しいと同時に、安堵した。
彼が居れば、少なくとも自分が生きている間は、この国は護られるだろうと。
卒業後、久方ぶりに三龍剣が3人揃った。
自分は認められなかったが、これで良いのだろう。
────そう思っていた矢先、ログヴァナは旅へ出た。
そして空いた一枠へ、自分が入る事となった。
*
カストロが三龍剣になり、一月ほどが経過した頃。
強力な魔物が徘徊しているとの報告を受け、カストロは数名の兵士を連れて討伐へ向かった。結構な距離があった為、野営も挟んで歩き続ける。
そして発見した魔物と戦闘になったが……非常に速く強く、苦戦を強いられた。連れて来た兵士達がかえって足手まといとなる。
魔物の攻撃を自分へ引き付け、兵士から距離を取った。だがその戦いは長引き、いつの間にか崖の付近まで来ていた。
魔物を上手く崖から落とすか──そう考えたが、疲弊して誘導する体力は残っておらず……カストロは魔物と共に、崖から転落してしまった。
最後に、空中で身動きの取れない魔物の急所へ、剣を突き刺したが。
ドシャッ────
魔物をクッションにしたが、それでもダメージは大きく、そのまま気を失った。
「────ですか」
いつまで眠っていたのか。
語りかける声が聞こえ、カストロは目を覚ました。
「──あの、大丈夫ですか?」
自分の顔を覗き込むのは──獣の耳が生えた少女だった。
「あ、目が覚めたんですね! 動いちゃダメですよ!」
見ると、自分は家屋の中で寝かされていた。体には薬草が貼られている。
(……獣人か。こんな所まで来ていたのか)
獣人は高い身体能力を持つが、魔力をほとんど持たない。ゆえに魔法で傷を治す事は出来ず、薬で治している。
「かたじけない。もう平気だ」
「本当ですか……? 無理しないで下さいね」
彼女に礼を言い、起き上がって外へ出た。
植物を編み込んだり、石を積み上げたりなど、原始的な造りの家がある。
(こうして見るのは初めてだな……)
歩いている獣人たちは、まさに人と獣の中間のような容姿。二足歩行だが、人間より肉付きが良く体格が大きい。動物がそのまま立ち上がったようだ。
「……ん?」
ふと見ると、せっかく建てられた家屋が壊れている一帯があった。獣人たちが集まり、その修繕をしている。
「何かあったのか?」
「はい。この前に嵐が起こって、風や飛んで来た物で壊れてしまって……雨で地面が柔らかくなって脆くなりましたし」
そう説明してくれる彼女を見ると、他の獣人に比べ随分と人間らしい。というよりほぼ人間に等しく、耳と尻尾くらいしか動物的な特徴が無いようだ。
「あと、魔物の被害も多いんですよね。私も怪我しちゃって……」
彼女は腕に傷を負っていた。他にも、体に薬草を貼り付けた子供が、ちらほらと見かけられる。その子達も被害に遭ったのだろう。
「あの、あなたが剣を刺して一緒に倒れていたの、魔物ですよね。あれ、最近この里をよく襲っていた魔物なんです。倒して頂いたのなら、助かりました」
そう言ってペコリと頭を下げる彼女。
カストロは彼女の腕に、手の平を近付けた。
「えっ……」
今まで剣に修行を費やしてきたが、少しは魔法も学んだ。
なけなしの魔力を使い、彼女の傷を治す。
「あ、魔法ですかそれ? ありがとうございます、わざわざ……」
「いやこちらこそ。助けて頂いてありがとう」
──その後カストロは、数日間この里で修繕を手伝った。
魔力が回復し次第、怪我をした者達を治療した。
獣人たちはカストロを、種族が違うだとか他所者などと毛嫌いせず、暖かく迎えてくれた。そんな彼らに、何か手助けがしたいと思ったのだ。
「……この環境で自給自足とは、さぞかし苦労するでしょう」
ある日カストロは、獣人たちの
「ええ。この手や爪では器用な事は出来ませんし、数も少ないのでね」
「何か、我々人間も力になれれば良いのですが」
「御気持ちは有り難いです。が、人間と獣人は似て非なる種族。共存はなかなか難しいでしょう。我々は力が強く、爪や牙という凶器を持っていますから」
──カストロは思った。
今まで自分が思っていた平和とは、国とは、なんと小さな物だったのかと。
未だに自分達と分かり合えず、こうしてひっそりと暮らしている者達が居る。何か困った事があっても、自分達だけでどうにかするしかない。
財政が豊かであるにもかかわらず、隣国のご機嫌取りに必死で、こんなにも優しく暖かい彼らを救えていない。
平和──いや、変化を嫌う都内の者達では、きっと獣人を受け入れられないだろう。
──カストロが隣国ギラフィスへ招待され、クーデターの話を持ち掛けられるのは、これより間もない事であった……。
*
触手の魔物によって、敵味方関係なく兵士が倒され、もはやクーデターどころではなくなっていた。
レインは脇腹を裂かれ、腹を何発も打たれたが、無事だった。
ソーマは手と背中から出血したが、命に別状は無い。
「……物音がしなくなった。魔物はどうなったのだ」
2人は魔物の飛んで行った方へと向かう。
──その途中、傷付いた秋人と出会った。
「ッ、アルフ君!」
レインは慌てて駆け寄り、秋人へ呼び掛ける。
「……君は危険を冒すなと、言ったのに……!」
「…………レイン、さん」
ミルフィの治療により、ボロボロだった体は少し治り、喋られるようになった。
「……カストロさんが、向こうに。……魔物を、倒しに」
秋人は見た。
空高く舞い魔物を両断した、カストロの神業を。
「……そうか。では行くぞ」
ソーマはいち早くその方へ向かった。
──そこには、赤と黒の液体が飛び散っていた。
赤い液体は、人間の血。黒い液体は、魔物の触手が溶けた物だった。
「……ッ!」
真っ二つに斬られ、完全に動かなくなった魔物の目玉。
その傍で、カストロは剣を握ったまま膝をついていた。
その体は貫かれて大きな穴が空き、大量に出血して血溜まりを作っている。
「…………そう、か」
──程なくして、クーデターは収まった。
城内の魔法使い達が、傷付いた者達の治療に当たり、敵兵を拘束。
意外にも死者は少ない。逃げ遅れた民間人は秋人達の協力もあって避難に成功。体を斬られた兵士達も、魔法による治療で一命を取り留めた。
……だが、魔法の力を以てしても助からない者も居る。
三龍剣“雲龍”カストロ=エディス。
心臓を破られ、背骨を砕かれ、息を引き取った。
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