第40話 凌駕

 その魔物は、身体を斬られても血を流さず、痛みを感じず。

 真っ二つにされてもなお、起き上がり、飛び上がった。


 ──果たしてそれを、生き物と呼べるのだろうか。


「アルフッ!!」


 先程レインの治療を終えたミルフィが、秋人のもとへと駆け付けた。


 ……そこには、全身がボロボロになった秋人の姿が。


「……ッ……!?」


 ミルフィは驚愕し、言葉を失う。

 そこへ、上空から触手が降り注いだ。


ギンッ!!


 彼女は完全に秋人へ意識を向けており、触手に気が付かなかった。

 それをカストロが剣で防ぐ。


「彼はかなり危険な状態だ。魔法が使えるなら診てあげてくれ」


 そう言われ、ミルフィは秋人へ近寄り治療を始める。

 それを見届け、カストロは上空の魔物を見上げる。


「さっきレインが落としたが……あれは、切断されてもなお生きているのか」


 カストロは事態を予想する。

 魔物が切断されたのなら、ソーマとレインが斬ったのだろう。


 だが魔物は復活し、レインが跳んで追う気配は無い。


「……そうか」


 カストロは覚悟を決め、魔物を斬る準備をした。


(レイン……)


 凄まじい跳躍力を誇り、空中戦を得意としており、空高く飛ぶ龍を討伐し“飛龍”と呼ばれたレイン。

 そんな彼女を思い浮かべ──カストロは飛び上がった。


 高く、高く、雲のように。

 いや──雲すらも超えるかのように。


 “凌雲りょううん

 レインをも上回る跳躍力を生み出す、カストロの大技。


 今まで使用しなかった理由は3つ。

 これを使うと、脚へ大きな負担が掛かる為。

 空中戦は得意でないので、使用後は隙だらけになってしまう為。

 一撃で魔物を倒せなかった場合、返り討ちにあう危険がある為。


「はあぁッッ!!」


 カストロは魔物をも超える高さへ到達し──魔物を更に両断した。


 左右の翼が断たれ、再び落下する。


「これで、どうだ……」


 “凌雲りょううん”の反動により、カストロの脚はダメージを負った。


シュルルル──


 ……が、魔物の触手は動き出す。


「なッ……そこまで斬られて、何故まだ動けるんだ……!?」


 そして、もはや狙いなど定めず適当に、触手が超高速で周囲へ放たれた。


「くッ……!!」


 その速度は、先程よりも更に速い。

 カストロは防御に徹するが、それでも完全には防ぎ切れない。


(攻めなければ勝てない……だが、接近すれば攻撃は更に速くなる)


 そう思考する内に、脚へかすり傷が付けられる。戦闘において脚を破壊されれば、勝機は失われるだろう。


(さっきよりも手数は少ない……! 切断されて、弱体化はしている!)


 切断される前は、大勢の兵士を次々と倒すほど十数本の触手が伸びていた。

 しかし今では、5本程度になっている。


(起こりを読め……攻撃の根元、魔力の動きから、方向を先読みしろッ……)


 そう自分に言い聞かせ、魔物の攻撃を見切ろうと試みるカストロ。

 少しずつ、少しずつ、ダメージが蓄積される。

 秋人との戦いで負傷もしており、足元がふらつく。


ブシュッ──


 カストロの膝が切られ、血が噴き出す。ついに脚へ大きなダメージを受けてしまった。


「ぐぅ……!!」


 ふらっと倒れかけるカストロを、更に攻撃が襲った。

















 ────奥義“浮雲うきぐも

 その攻撃は、カストロをすり抜けた。


「見切ったッ」


 膝を負傷したカストロ。しかしその脚で、魔物へ接近して行く。


(この感覚……いける!)


 脚を切られ、確かに機動力は減らされた。

 だがカストロはその際、脚の力が抜ける感覚を覚えた。


 脱力による滑らかな動き。それこそが“雲龍うんりゅう”カストロ=エディスの真骨頂。


 そして攻撃がまともに当たったと同時に、攻撃の規則性を少し理解できた。

 予想不能な滑らかな動きと、攻撃予測。その高難度な2つを成し遂げてこそ、奥義“浮雲うきぐも”は発動する。


  *


 学園卒業時。

 今まで培ってきた力を王へ示すため、卒業生たちは魔物を討伐する。


 カストロはログヴァナ付き添いのもと、とある山を登った。

 数百メートルはあり、空気は薄く気温も低い。そして霧が立ち籠めている。


「この山には、古来より住み続ける部族がいる。だが最近ここへ龍が住み着いた事で、彼らは怯えながら暮らしているそうだ」


 そうログヴァナが説明する。


「つー訳で、やれるな、カストロ」

「はい、やります」


 カストロは分厚いコートを脱ぎ捨て、剣を抜いて身構えた。


 ──龍の気配を感じ取る。

 空気が薄く寒いこの環境で、無駄な消耗は命取り。

 そして濃霧によって視界は非常に悪く、至近距離まで来なければ目視は出来ない。


バサッ──


 翼の音が聴こえた。

 冷たい風が身にみ、カストロの精神が研ぎ澄まされる。


「…………」


 すぐ近くに龍がいる。こちらへ向かって来る。

 姿が見えないのなら、音や空気の流れで察知する他ない。


 ──そして龍が、カストロの目と鼻の先へ現れた。


シュパッ!!


 高速で飛んで来た龍は、その翼が刃のように鋭く振るわれる。

 カストロはそれをフワリとかわし、返しの剣を当てた。


「……うん、悪くない」


 見守るログヴァナがそう呟く。

 寒さと酸欠により思うように力が入らないカストロだが、お陰で脱力の感覚を掴みかけていた。

 凍える環境では、ほんのわずかな風にすら敏感になり、龍の羽ばたきを正確に感じ取る。


「ヒュオッ」


 動いた事で身体が酸素を求め、大きく息を吸った。

 だが、それと同時に肺が冷えてしまう。


(次で仕留めないとキツいぞ……)


 ログヴァナはそう考えるも、カストロの集中を乱さぬよう黙っておく。


ズハァッッ!!


 ──そして、再び向かって来た龍へ、強烈な一撃を与えた。

 龍は飛行する力を失い、倒れ込んで動かなくなった。


「よし、合格だな」

「……はい」


 2人はその後、龍に困っていた部族に歓迎され、一夜を過ごしてから下山した。


「お前の奥義、しかと見届けたぞ」

「付き添いありがとうございました」


 そして龍の討伐を学園へ報告し、2人は食事しに行った。


「俺の奢りだから、好きなもん食えよ」

「ありがとうございます」


 食事を取りながら、2人は魔物討伐の試験について話す。


「恐らくは、三龍剣にはソーマとレインが選ばれるだろうな。倒した龍の大きさが違う」

「ええ……」

「けど、環境の厳しさではお前が一番だ。負けてないと思うから自信持てよ」


 ログヴァナは励ますが、カストロはそう明るくはなれなかった。


(……結局、今の今まで一度も2人には勝てなかったな)


 学園での模擬戦で、カストロはソーマとレインに勝てた事が無かった。

 だが、誰よりも剣を振ってきたのは他ならぬカストロである。


「ま、これで職に就ける訳だし、気楽にいけよ。これから城で剣を振れば、気分が変わるかもしれねぇぞ?」

「……そうですね。とりあえず喜んでおきます」


 その後は予想通り、ソーマとレインが三龍剣に選ばれた。

 カストロは2人よりも厳しい環境で戦ったものの、その代わりに倒した龍は2人より弱く、正確な実力は測れないとされた。


 ────ある日、ログヴァナは王に言った。


「なあ王様、三龍剣の席を一つ増やさねぇ? 四龍剣にしようよ」

「……またお前は突拍子も無いなぁ」


 優しい王を相手に、ログヴァナは軽い口調で話す。


「カストロはな、実戦で伸びるタイプだよ。こないだの試験で確信した。いずれは俺とも渡り合うかもしれねぇ」


 つまりは、三龍剣という重要な立場にカストロを置く事で、その責任感や他の兵士の指導によって更に成長するだろう、という寸法だ。


 ……だが、王は首を横に振った。


「確かにカストロも、三龍剣となるべき実力はある。別に強い兵士は何人いようと構わない。だがな、問題はそこではないのだ。大昔に3人の剣士が龍を倒し国を救った。その偉業を称え、後の兵士達の目標や、民達の平和の象徴として飾っているに過ぎない」


「……つまり、“たった3人の強者”という特別感溢れる存在だから意味がある、と」

「そう。特にログヴァナ、お前のような歴代でも規格外の者がいれば、たみ達は余計にな」


 それを聞いて、ログヴァナは腕を組んで溜息を吐いた。


「……はぁ。そういうの、カストロが嫌いそうだな」


 そう呟き、ログヴァナはニッと笑った。


「──だがな王様、もしこの国に何か大変な事が起これば、カストロが救うと思うぞ」


  *


 ──カストロは実戦で伸びる。

 皮肉にもそれは、彼自身の起こしたクーデターにて発揮されていた。


 ふらふらと歩きつつ、カストロは魔物の攻撃をかわして接近する。


(奴の目玉……真っ二つにしたつもりが、避けられていた。まさかあれが核なのか? いや確証は無いが、もはやそう信じるしかない!)


 縦横に4分割された魔物だが、目玉だけは残っていた。

 それを斬るべく、カストロは少しずつ近付いて行く。


 だが……近付けば近付くほど、その攻撃は速く感じる。


「ぐッ……!」


 避けられていた攻撃が、少しずつかすり始めた。

 それでもなお、カストロは進む。進まなければ倒せない。


「うおぉッ……!!」


 ──刃圏の内へ、魔物が入った。

 問題は、魔物の触手を防ぎつつ攻撃に転じる事が出来るかどうか。


「ッ──!!」


 カストロの脳裏に、様々な光景が映り込む。


 ……最後に見えたのは、先ほど戦った秋人の姿。

 魔力の核を破壊し、一時的に凄まじい力を得た彼の動きが、目の前の魔物と重なった。


(────遅い……?)


 カストロの剣は、魔物の目玉を両断した。

 魔物の動きが、ピタリと止まる。


「〜〜〜〜ッッッ!!!!!」


 声にならない声。

 魔物の断末魔が鳴り響く。

















ズブッ────


 ……破裂するように飛び出た、触手の最後の一本が、カストロの胸元を貫いた。

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