第39話 天地
その光景は、よく見てみれば異様なものであった。
斬り落とされた触手。しかしそれからは、出るべき物が出ていない。
「貴様……血が流れていないのか? 本当に生き物なのか?」
「さぁな……」
魔物は痛がる様子もなく、変わらぬ速度で触手をビュンビュンと振り回す。
「ふん、支障は無いが……これでは移動が面倒だな」
切られた脚を見て、魔物は呟く。
「ならば……まあ良いか。どうせ歩き回って人間を殲滅するのは疲れるからな」
すると魔物は、腕の触手が何本も生えた。
そしてその触手は絡んで織り込まれ、広がってゆく。
(触手が纏まってゆく……攻撃の重みと射程距離が増したか)
そう警戒し、受けの準備をするソーマ。
だが──その予想は、大きく外れた。
バサッッ────
「なッ……!?」
翼のように大きく纏まった触手を羽ばたかせ、魔物は空へと昇った。
すかさず跳んで追撃するソーマだが、魔物は触手で反撃して高く飛んで行く。
「ちっ、マズいな……!」
ソーマでは跳躍で届かない高度まで魔物は上がり、王都を上から見下ろす。
「さあ……散れ」
城付近で戦っている兵士達。
──そこへ、雨が降り注いだ。
ズドドドドッッッ!!!
「「「ぐあああぁッ!」」」
上空から突き刺さる触手の連撃に、兵士達は為す術もなく倒れてゆく。
そしてそれは、ボロボロになってまともに動けない秋人へも向けられた。
ギンッ!!
それをカストロが防ぐ。
「あいつ……! 増援部隊は来ていないはず。奴一匹でやるつもりか!」
敵味方を問わず攻撃する魔物に、カストロは怒りを露わにする。
だが…………この場を離れれば、秋人を護れなくなる。
「くっ……!」
空からの遠距離攻撃。この王都の人間達は、どんどんと押されていった。
──その攻撃を掻い潜り、魔物へと昇って行く者がいた。
“
レインの剣が、魔物の触手を切り裂く。
「バカな、人間が一度の跳躍でここまで上がって来るだと……!?」
すかさず魔物は、レインへ触手を撃ち出す。
だがレインは空中で体をひねって
「空中で何という身体操作……」
その身のこなしに、魔物も驚きを見せる。
「レイン、そいつには痛覚が無い! 翼を斬れッ!!」
ソーマがそう叫ぶ。
だがそれは間に合わず、魔物の反撃がレインへ直撃した。剣を深々と刺していた為、避けられなかった。
「ぐ……あぁッ!!」
脇腹を裂かれ悶えつつも、レインは刺した剣を振り上げて、魔物の胴体を斬り裂いた。
「ッ……!!」
そして剣を振り下ろし、魔物の触手の翼へ刃を押し込む。
魔物は羽ばたく事が出来なくなり、レインと共に落下した。
ドサッッ────
「やってくれたな……」
レインの剣は、触手の翼を切断できてはいなかった。何本もの触手が編み込まれたそれは、かなりの強度となっていたのだ。
魔物はレインに馬乗りになり、彼女の腹へ触手を打ち込んだ。
ドドドド──ッ!!
「が、はッ……!!」
激しい痛みに苦しみ、レインは痙攣する。
「まだ剣を放さないとは……殊勝だな」
魔物はレインの右手首に触手を巻き付け──締め付けた。
ビキビキッ!!
「ぎ、あぁ……ッ!!」
骨にヒビが入り、ついに剣を手放してしまう。
「……ふむ、まだ魔力でガードしているか。折り切れない」
魔物は触手を伸ばし、高く振り上げた。
「死ね」
それを振り下ろし──
ズバッ!
レインへ触手が向けられるより早く、それをソーマが切断した。
続けて胴体を斬ろうとするも、即座に離脱される。
(あの触手、貫通力はそこまでか。長さを活かし大きく振るう事で速度を上げ、切れ味を鋭くしている)
そう分析し、ソーマは魔物へ向かって行った。
「ふん、その女より先に殺されたいか」
魔物は激しく、先程よりも高密度に触手を振るった。
──が、ソーマはそれらを掻い潜る。
「何だと──ッ!?」
ソーマは、正面から撃ち出される高速の攻撃へ集中し、左右へ
そして触手を振るった斬撃は、その振るう手元を見る事で攻撃の軌道を読み、攻撃が来る前にしゃがむか跳ぶかで避けている。
(思い知れ、魔の物よ。これが先人達の築き上げた“武”の力だ)
ついにソーマは、魔物の至近距離へやって来た。
体勢を低く、低く下げる。
(同じ手を喰らうかッッ!!)
魔物は低姿勢のソーマへ、触手を低く撃ち出す。潜り込まれないよう、何本もの触手を高密度に、自分の足元まで埋めて。
──しかしそれも、ソーマの思惑通り。低姿勢での攻撃と思わせて、魔物の攻撃を下へと集中させた。
“
剣を力強く地へ突き、低姿勢から急激に飛び上がる。
「な────」
そして、先程レインが魔物の腹から肩へ斬り上げた所へ、ソーマの剣が振り下ろされた。
ズバッッ!!!
袈裟斬り一閃。魔物の上半身を斬り落とした。
「……ふぅ」
ソーマは剣をしまい、レインのもとへ向かう。
「……ソーマ」
「その傷なら大丈夫であるな。余は行くぞ」
彼女を
「……アルフ君が、私の代わりに戦うと言ったんだ」
レインがそう呟く。
「私は……怖くなったよ。自分より小さな子や、君が戦っているのに。カストロが相手になると、もう剣が思うように振れなくなって……」
レインは声を震わせ、ソーマへ語った。
「……自分だって、本当は斬りたくないさ」
ソーマはそう言って拳を握り締める。
手の平へ爪が喰い込み、血が零れ落ちた。
────次の瞬間その手から、更に大量の血が噴き出す。
「なッ……!?」
斬り落とされた魔物の上半身がムクリと起き上がり、凄まじい速度で触手を放っていた。
意識が有るのか無いのか、目玉がギョロリと動く。
「こいつ生きて──」
触手は次に、負傷したレインへと向けられる。
「あっ──」
ブシュッ!!
彼女を庇ったソーマの背中から血が出て、二人は倒れ込んだ。
しかしそこへ追い討ちは来ず。理性を失っているのか、魔物は攻撃を止め、新たな触手を伸ばす。
そして再び翼を作り、空へと昇った。
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