第38話 怖の来訪

 カストロの起こしたクーデター。その兵力は、隣国ギラフィスから得ていた。


 何故、そのような事が可能であったのか?

 そして、突如として現れた魔物は何者なのか?


 それは、数ヶ月前の事であった────


  *


 この時すでに、カストロは国を変えたいという想いに駆られていた。

 幼い頃より、前王オーバンを支持しており、その失脚には口惜しく感じていた。


 その想いを打ち明けたのは、三龍剣になってからの事。……しかし当然ながら、王がそれに応える事はない。


「ログヴァナさん……一体どこへ行ったんだ」


 カストロは、不安だった。

 三龍剣最強の男が、居なくなってしまった。そしてその後釜として自分が選抜された。


 果たして自分に、その代わりが務まるのだろうか。


 ──そんなある日、王からカストロへ命じられた。


「……ギラフィスへの遠征?」

「うむ。新たに三龍剣となったお前を、一目見たいとな」


 カストロは十数名の兵士を連れ、貢ぎ物を持ってギラフィスへ向かった。


「よくぞ参ったな」

「この度はお招きに預かり、光栄でございます」


 ギラフィスの王に迎えられ、数日滞在し、兵士の指南や魔物討伐へ参加した。


(……妙だな。わざわざ僕を呼ぶ必要はあったのか?)


 そう疑問に思いながら、カストロは数日を過ごした。


 ──そして滞在最終日。


「……今、なんと?」


 ギラフィスの王の言葉に、思わずカストロは聞き返してしまった。


「だから──カストロよ、エスタミアを落とすつもりは無いか? 我が国も協力しよう」


(……な、何を言っているんだ……承諾する訳がないだろう、常識的に考えて……)


 つまり、クーデターを起こせと言っている。しかも兵士を提供すると。


「カストロ、お前は今のエスタミアに不満があるのだろう? ならば自らの手で変えれば良い。余はお前を気に入った」


 あまりに、あまりに怪し過ぎる話だった。

 クーデターを起こせば、自国の戦力を削ぐ事になる。そのうえ兵士が他国の者であれば、途中で裏切られそのまま攻め落とされる危険がある。


 そのようなバレバレ過ぎる作戦を、王自ら自分へ語るだろうか? いくら不満があると言えど、自国を落とすなどというリスクの高過ぎる行動を起こすなど、不自然だ。

 そもそもその行動には、ギラフィスへのメリットが全く無い。


「……しかし、私では他の三龍剣に敵いません」


 王の機嫌を損ねないよう、慎重に答える。


「なに、そのような重大な事を成すのに、貸すのは一般兵のみではない」


 王がそう言うと──七人の男女が部屋へ入って来た。


(……強い! 彼らが一等兵か?)


 一目見て、カストロはそう悟る。

 その七人の中から、一人の小柄な少女が王のもとへ来て、ペコリと頭を下げる。


「彼らは我が側近。言うなれば三龍剣のような存在だ。そしてこの子は、魔物を使役するのが得意でな」


 彼女の頭をポンと叩き、王が説明した。


 ──すると、どこからともなく、この部屋に不気味な影が現れた。

 どす黒い体、何本もの触手、大きな単眼がギョロリと周りを見渡す。


「魔物……ッ!?」

「そう身構えるな。あれはこの子の飼い慣らしている魔物の一匹だ」


 笑って説明する王だが、カストロはその魔物のおぞましい殺気に警戒する。


「そいつを貸そう。攻め落としが失敗しそうなら、そいつが全て片付けてくれる。……どうだ? 良い条件だろう?」


 いきなり兵を貸すなどの用意周到ぶり。ここまでお膳立てをされれば、断るのは難しい。

 つまりこれは、ほぼ命令に等しいのだ。この事をエスタミアへ打ち明ければ、国交は断絶され、それこそ戦争へなりかねないのだから。


(……こいつら、狙っていたな……! 僕ではなく、ログヴァナさんを……!)


 カストロがこうして呼ばれたのは、彼が三龍剣になったからではない。

 三龍剣最強の男、ログヴァナが姿を消した為である。


(ここで断って僕が彼らにやられれば、エスタミアの戦力は落ちる……そのうえログヴァナさんも居ない。そうなれば敗北は必至だ。とは言え出来る事なら責任は負いたくないから、ダメ元で僕にやれと頼んだ……そういう事か)


 拳を握り、爪が喰い込む。

 歯軋はぎしりをし、ガリッと音を立てる。


「──分かりました」


 カストロは答えた。


「ほう?」

「王直々にご協力を頂けるなど、有難き幸せ。必ずや私がエスタミアを変え、ギラフィスとの国交もより良いものにしてみせましょう」


 その答えに、周りの者達はニヤニヤと笑う。

 この場において、ノーとは言えないだろう。まんまと掛かったと、そう思っている。


 ──しかし、カストロの思惑は違った。


(エスタミアは、我が故郷は、滅びはしないさ……望み通り、僕が攻め落としてやる。そしてエスタミアはもっと強く生まれ変わり、お前達など……!)


 ここで、カストロは決意したのだ。

 エスタミアは平和主義である故に、必要最低限の兵士しか育てていない。だが土地や資源なら十分過ぎる程にある。

 国を開拓し、もっと多数の兵士を育てる。そうすれば、三龍剣レベルの者ももっとたくさん出す事は可能だろう。


 そして王都だけでなく、高い身体能力を持つ獣人や、竜の巣の近くに住む人々にもコンタクトを取り、協力を要請する。

 そうすれば、ギラフィスへ対抗する事も可能であると、カストロは踏んだ。


  *


 ──そして今、カストロが攻め落としを実行している最中……例の魔物が現れた。


「……早いな。信用されていないのか」


 一応、魔物を送り込む目的はカストロの助力である。

 無事に攻め落としが成功すれば、その直後は戦力が非常に少ない。そこを攻めれば楽に勝てるだろう。


 しかしカストロは、警戒を怠らなかった。貸された兵士たち以外には、一切エスタミアへ近付く様子は無かったのだ。

 つまり、今すぐには攻めて来ない。ひとまず様子を見て国交は続け、やはり搾り取れるだけ搾り取って利用するつもりなのだろう。
















 ────と、思っていたのだが。


ブシュウウゥッッッ!!!!!


 王都に、血の噴水が轟く。

 魔物の触手が鞭のように伸びてしなり、倒れている兵士達の首を次々と飛ばして行く。


「醜い……これが人間の最期なのか」


 その大きな単眼が、死者を覗く。


「哀れだな……この私に命を刈り取られるとは、なものだ」


 キョロキョロと周りを見渡した。


「しかし……あの森の崩壊を起こしたのは、本当に人間なのか? ここに居る人間共からは、それほどの力を感じない」


 そして……再び歩みを進める。


「まあ……関係ないか。人間は皆殺しだ」


 そう呟くそれの足元へ、剣が振るわれた。


 “地喰ちぐい”

 ソーマの超低空の斬撃が、魔物の脚を斬り裂こうとする。


「ほう……人間にしてはなかなかだ」


 が、魔物は瞬時に姿を消し、ソーマの背後を取った。


(速い──ッ!)


 そして魔物の触手が、弾丸のように撃ち出される。


ギギギギギッッ!!


 かろうじて剣で防いだ。


「貴様、人語を話せるのか。何故ここへ来て殺戮を行う」


 そう問うたソーマに対し、魔物は言い放った。


「人間は邪魔だからだ」


 眼球が少し血走り、話を続ける。


「お前はなかなか強いが……その半分くらいは、魔力による恩恵だろう。魔力が無ければ、人間が魔物を狩るというのは易易やすやすとはいかない」


 そしてソーマへ近付き、見下ろした。


「あまり調子に乗るなよ、人間。魔力は元々、お前達の物ではない」


 が、それに臆する事なくソーマは返す。


「魔物の中には長寿も居るであろうが……貴様、一体いくつだ? 少なくとも余が生まれた時には、既に魔力はあったが。悪いが人間は慣れに弱いものでな……今さら有難味ありがたみなど理解できんのだ」


 ソーマはにやりと笑い、剣を振るった。


 魔物は下がって回避したが……その瞬間、脚が一本切断された。


「なッ……!」


 “足咬あしがみ

 ソーマの魔法。予め地面に魔力を設置し、踏んだ者を噛み千切ちぎる。


「おのれ……」


 脚を切られ隙が生まれた魔物へ、ソーマは接近した。


「お返しだ」


 脚には脚をと、魔物は触手を低く振り、ソーマの脚を斬ってやろうとする。


 ──しかしソーマは、更に体勢を下げて加速し、足切りの下へと潜り込んだ。


(低いッッ!!!)


 そして、更に数本の脚を切断した。

 それにより機動力を奪った──絶好の好機。


 ところが、ソーマはすぐさま距離を取ってしまった。


「面妖な……貴様、なぜ脚を切断されても出血しない」


 ──魔物は不敵に笑い、再び歩みを進めた。

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