第37話 毀核

 カストロの動きが、一回り速くなる。


ギンッッ!!


 その初撃は、弾かれた。


(……確実に当てたつもりだったが)


 秋人は、完全には反応できなかった。

 ガルシオンが自ら動き、受けてくれたのだ。


(ッ……! 今の、俺は防げなかった……!)


 即座に“石火脚せっかきゃく”で距離を取り、“水流脚すいりゅうきゃく”で速度を保ち隙を無くす。


 “飛魚トビウオ

 一定速と加速の併用。ゆらゆらとカストロへ近付き、即加速し攻撃する。


 “無明剣むみょうけん

 高速の三段突きを、カストロへぶつけた。


キキキンッ──


 が、全て防がれる。


「……良い剣だ」


 素早く返され、秋人は再び距離を取った。


(半端な攻撃は通用しない……傷さえ与えられれば、それで良い。そうすれば、城へ攻め込むのが困難になる)


 一撃、とにかく一撃を喰らわせ、負傷させたい。

 時間を稼いでソーマが来るのを待ちたいが、いつまで掛かるか分からない上に、こちらが先にやられてしまうかもしれない。


(決められるか……龍尾剣)


 相手の武器を打ち下ろし、擦り上げて斬り返す、回避不能の三連撃“龍尾剣りゅうびけん”。


 だが……受けるだけでも難しいのに、打ち下ろすのは更に困難であった。


「はぁッ!」

「ッ!!」


 カストロが次に仕掛けるは、高速かつ無数の刺突“鱗雲うろこぐも”。


 それを見た事のない秋人だが、より速い攻撃が来ると予測し、魔力で視力を上げる“空縮眼くうしゅくがん”を使用し、その攻撃を見極めた。

 予測できたのは、カストロが先程までの歩法を止め、力強く踏み込んだからである。


ギギギギギギギギ────!!


 強化した視力により“鱗雲うろこぐも”を見据え、何とか防ぐ秋人。


 だが、時間は無い。常に“空縮眼くうしゅくがん”を使わないのは、眼球へ負担が掛かるから。

 そして一方的に押されていれば、すぐに体力を消耗してしまう。


 “烈突れっとつ

 どうにか刺突の隙間を縫い、秋人は加速し切っ先を向けて突っ込んだ。


「ぐッ……!」


 カストロの腹部へ、その剣を刺し────込めなかった。


 カストロは、前傾姿勢になった秋人の背中へ上から剣を突いた。

 深々と刺さってはおらず、針が刺さったような程度。だがダメージは少なくとも痛みを与え、攻撃の威力を殺したのだ。


「終わりだ」


 だが──ここにきて、カストロは非情さを捨て切れなかった。

 カストロは隙だらけの秋人を斬るのではなく、剣を折ろうとした。


ガツンッ!


「なっ……!?」


 ──が、それは最高の鉱石クォトリアライトが素材であり、名人ガルシオン=ユルによって作られ、ガルシオンの魔力で常に強化されている至高の剣。

 カストロは剣を折る事が出来ず、秋人は何とか逃げおおせた。


「危なかった……!」

「これは勝てんぞ……どうする、アルフ」


 今まさに、負けるところだった秋人。


 だが────


「まだ、終わる訳にはいかないだろ」


 再び、剣を構えた。


「剣が折れないとは、驚いた」


 カストロは腕を下ろし、何とも無防備な体勢になった。


「でも……本当に、君に勝ち目は無いよ。もう見切ったからね」


 その隙だらけなカストロへ、今度は秋人が攻撃を仕掛けた。


 ────しかし、秋人の剣はカストロをすり抜けた。


「えっ……」


 奥義“浮雲うきぐも

 ここまでの戦いで、カストロは秋人の攻撃と間合いを完全に見切った。


 脱力し、しかし隙は無い。秋人の攻撃を最小限の動きでかわす事で、斬ったつもりが斬れていない、まるですり抜けたように錯覚したのだ。


(これは……勝てない……! 足止めも出来ない……!)

「さあ、逃げたければ逃げるんだ。3秒後に君を本気で斬る」


 手が震える。


 このままでは絶対に勝てない。


 逃げなければならない。


 だが彼を止めたい。


(くそッ……! 俺がもっと、強ければ……!)


  *


 ──突然、秋人の視界が暗転した。


「……ん?」


 そこへ、遠くから何かが近付いて来る。


「……誰だ?」


 それは、一人の女性だった。


 それも──白装束を着て、背中から翼の生えた。


「天使……? 俺が会ったのとは、別の……」

「こんにちは♪」


 困惑する秋人を余所よそに、彼女はニコニコと笑って話し掛けてきた。


「あの、あなたは? それに、ここは……」

「私みたいなの、見た事あるでしょ? 私は天使、モルガンよ♪」

(やっぱり天使……そう言えば前に会った人、名前聞いてなかったな)


 モルガンは話を続ける。


「ここは何というかまあ、精神世界、的な? ここで話していても、現実では時間は進まないから安心して♪」

「へぇ……いや、安心は出来ないんです! 俺は──」


 モルガンは秋人の唇へ人差し指を当て、言葉を止めた。


「分かってるわ。あのカストロって人を止めたいんでしょう? でも今のあなたには、止めるだけの力が無い……」


 彼女は、秋人の胸へ手を当てた。


「とっても凄い技を教えてあげる。これを使えば、あなたの望む力が手に入るわ」


パキッ──


「魔力に秘められた、無限大のエネルギー……存分に振るいなさい♪」


 秋人の体内の魔力。そのわずか一部の核が、破壊された。


  *


 莫大なエネルギーが、秋人の肉体を循環する。


「ッッ……!? 何だ、その力は……!?」


 驚愕するカストロ。

 秋人は、一歩を踏み出した。


ギュンッッッ!!!


 その一歩は、とてつもない推進力となり、カストロへ超高速で接近する。


(だが、隙だらけだ!)


 飛躍的な強化を遂げた秋人だが、動きの精密さを失っていた。

 カストロは秋人の右手首を斬りつつ弾き、剣を手放させた。


「アルフッッ!!」


 武器を失った秋人。

 カストロは、剣を振り下ろした。


ガッ!!


 ──その剣撃を、秋人は左手で受け止めた。


「素手でッ……!」


 秋人は顔を上げる。


 ……その眼は、魔力による強化が度を過ぎて、充血しあかく染まっていた。


ドンッッッ!!!


 “震魔掌しんましょう”……いや、本人に技を使った自覚は無い。ただ殴っただけだった。


 だが全身に溢れる魔力エネルギーは、パンチの勢いで勝手に放出されていた。


「ぐあああぁッッッ!!!!!」


 重い拳、そして棘棘とげとげしいエネルギーを強制的に体内へ流し込まれ、カストロは大ダメージを負った。


「ぐぅッ……こんな、ところで……!!」


 カストロはなおも、起き上がろうとする。

 その時、秋人は膝をついた。


「はぁッ……!! はぁッ……!!」


 秋人の全身から、蒸気と焦げるような匂いが出る。


(そうか……どうやったか知らないが、莫大なエネルギーを全身へ流した。その代償として、自身も大きなダメージを受けている……)


 カストロはふらふらと立ち上がった。


「凄いよ君は……よくやった。だが、もう戦えないだろう?」


 身を焼かれ苦しむ秋人へ背を向け、カストロは城へ歩き出した。


「必ず、この国を変える……」


 自らの信念を貫き、城門の前へ立つ。




















「──なんだ、まだ終わっていなかったのか?」


 それは、王都の門を見張る兵士の首を飛ばし、都内へ侵入した。


「「「ッッッ!!!??」」」


 そのあまりにおぞましい、ねばつくような殺気と魔力に、都内の全ての人間が恐怖した。


 どす黒い体、何本もの触手、大きな単眼がギョロリと周りを見渡す。


「まあいいか……どうせ、全てゼロかえすのだから」


 それは魔物……いや、災害と呼ぶに相応しい。

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