第36話 大した事ないな
今まさに、カストロさんが城へ入ろうとしていた。
俺は剣を投げつけ、それを阻止した。魔力を繋げているお陰で、
「──僕を止めるつもりか?」
「はい。……レインさんと、もう一度話し合って下さい」
「もう話し合いで済む領域ではないさ」
「……何で、こんな事を?」
「この国を変える為、未来の為だ」
カストロさんは
「君は、アステア村出身だったね? ここへ来る途中、シュラリア村を通っただろう」
リンゼさんとミルフィの育った村だ。
「あそこは酷いよ……治安が悪く、暴力が支配している。君も見ただろう?」
「……はい」
「それだけじゃない。人から迫害されて貧しい生活を送っている獣人の里、竜の巣が近くにあり昔から怯えて暮らしている村……平和なのは、この王都だけさ」
そう語るカストロさんの言葉には、力が籠もっている。
その様子を、実際に見たような……
「この国は広い。そして資源も財政も豊かだ。だがそれを、都内の人間の為にしか使わない。何故なら、支持を得られて王位が約束されるからだ」
そうか……都内に多くの人が住んでいるから、それさえ満足させれば有利になる。
次の王様はこの人になる、なんて言われても、遠くに住んでいる人達からすれば上辺だけの評判しか知らない。平和主義だと言えば大半は納得するだろう。
「でも王都から村まで距離がありますし、支援するのも難しいんじゃ……」
「確かにね。だが許せないのは、隣の国ギラフィスへ巨額の
隣の国に……?
「つまりは媚びているんだ。機嫌を取って、戦争など起こさないでくれ、ってね。だが条約を結んだ訳じゃない。金を搾り取るだけ搾り取って、後は土地と資源目当てに、いつ攻められてもおかしくない」
いつでも……そうか。国同士ではそうやって、常にうかがっているんだ。
今は問題なく過ごせているからとか、そんな甘い考えは通じないんだ。
「だから……この国は、より強くならなければならない。どんなに口で穏便に済まそうと主張したところで、相手は知った事ではないんだ。本当に民の為を想うのなら、如何なる事があろうとも安全を約束できるだけの、戦力が必要なんだ」
「それは……誰か他の人に話したりは?」
「したよ。だが王は取り合わず、レインは
──その時、遠くから激しい金属音や爆音が聞こえた。
「……向こうも直に終わりそうだな。時間は無い、僕は進む。止めるというのなら、君にもこの剣を向ける」
向こう、というのは恐らくソーマさんだろう。足止めを喰らっているのか。
ソーマさんを手助けすれば、カストロさんを止められるかもしれない。だがそうしている内にカストロさんは城へ入り、王様を倒してしまうだろう。
それなら──俺が止めるしかない。
「やるのかアルフ……奴の最も警戒すべき点は歩法だ」
「ああ……」
カストロさんの戦いは一度しか見ていない。
だが……その足さばきは、雲のように軽く滑らかだった。まともな攻撃は当たらない。
*
秋人は剣を構え、ジッと待つ。
先に仕掛ける事はしなかった。下手に攻めれば、返しを貰う危険がある。そしてなるべく、時間を稼ぐ為だ。
敵意を向けた以上、カストロは必ず攻めて来る。背を向ければ、秋人から攻撃を受けるのだから。
フワッ──
ほとんど音を立てず、風に流されるようにカストロが動く。
「焦るな……しっかり見極めろ」
「分かってる……」
ガルシオンが秋人へ助言する。
カストロの歩法“
その点では、秋人の“
ギンッ!!
剣の交わる音が鳴った。
カストロの剣を、秋人はしっかりと受けたのだ。
(重いッ……! けど──)
秋人は感覚が狂っていた。
自分よりずっと重い一撃。しかし、あの男に比べれば軽い、と。
(晃に比べたら、大した事ないな……!)
「ッ……!」
自分の剣を見切られ、カストロは少し驚く。
ガギギギ──!
再びカストロは、連続で打ち込む。それを秋人は防いだ。
(……間合いが、読まれている?)
カストロはそう疑問を抱く。
──カストロの歩法“
通常、背筋を伸ばして走ったり殴ったりする者はいない。前傾姿勢になれば、速く走れるし拳の間合いが伸びるからだ。
“
なのでカストロの攻撃は、間合いを見切ったつもりでも、そこから前傾姿勢になる事で更に伸びるのだ。
──しかしそれを、秋人は見切った。
(あの時、僕は彼に技を見せた。それで原理を理解したのか……!)
カストロの技を見た、あの夜。
しっかりと目に焼き付け、秋人とガルシオンはそれを分析していた。
ガギギギギギギギ────!!
受けて受けて受けて、全て受け切る。
攻撃を受けるには、必ず受けるという自信と、恐怖心を捨てる事が重要。
それも、晃との戦いで
(受けが上手い……!)
秋人は常日頃から、修行でエルノアと打ち合っている。
短剣を両手で使うエルノアは、とにかく手数が多い。
そして──師であり、剣豪と呼ばれたダイアスは、誰よりも剣速がある。
そんな人物との修行の日々は、確実に秋人を強くした。
「狙いは時間稼ぎ……か?」
カストロは攻撃の手を止め、そう問うた。
「うん……まんまと掛かったよ。兵士でもない、村から来た子供の君には、あまり本気で斬る気にはなれなかった」
「はは……まだ本気じゃなかったって、怖いなぁ」
そう……受けに徹すれば、少しでも時間を稼げると秋人は考えていた。
もしかするとカストロは、自分に手加減してくれるのではないかとも。
「早急に王室へ向かう……悪いが、本気で行くぞ」
目の前の格上の剣士が、本気で自分に斬り掛かる。
秋人の心に、恐怖が蘇った。
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