第35話 涙を拭って

 ソーマさんを追って行くと、あちこちに戦いの跡があった。

 敵兵も、この国の兵士も、たまに民間人も……傷を負って倒れている。


「ん……う……!」

「頑張れミルフィ、もう少しだ」


 ミルフィは矢を受けている。単なる怪我なら彼女自身が魔法で治せるが、矢が刺さった状態では治せない。

 すぐに専門の人に治療して貰わないと……


「ねぇ、あの人ベルさんじゃね?」


 走っている最中、エルノアが遠くを指差して言った。

 近付くと確かに──俺達の聞き込みに協力してくれた女性、ベルさんだった。ボサボサした髪の毛で分かり易い。


「ベルさん、大丈夫ですか!」


 見たところ外傷は無い。気絶させられただけか。


「……う、ん……」


 体を揺らすと、目を覚ました。


「大丈夫、ありがとう……って、ミルフィちゃん、傷だらけだよぉ!」


 抱いているミルフィを見て、ベルさんは慌てる。


「今、治すからねぇ」


 すると彼女は、ミルフィへ魔法を掛けた。

 傷口が広がり、そこから矢を抜く。だが出血はしない。


「魔法で、止血しながら傷口を広げて、痛みも抑えるの」


 そう説明し、ベルさんはミルフィの傷を全て治してくれた。

 流石は宮廷魔法使い、魔法の使い方も上手いんだな。


「はい、どうかなぁ?」

「……ん……大丈夫、です」


 ミルフィを降ろすと、ちゃんと立てるまで回復していた。傷は治っても疲れは残るし、魔法攻撃も受けているから、万全ではないみたいだが。


「良かったぁ。じゃあ、早く避難してねぇ。私は敵兵を止めに行くから」


 ……そうだ、カストロさんが城へ攻めているんだ。

 ソーマさんが追って行ったけど、大丈夫かな……それにレインさんも。


「言われた通り避難しようよ。やっぱ敵多いし、ミルフィちゃんも疲れてるしさ」


 エルノアがそう言うが、ミルフィはまだ納得いかないようだ。


「……みんな、苦しそうにしてた。だから……」


 ……多分ミルフィは、単純に人が傷付くのが嫌いなんだ。

 それは、俺達みたいな人間の一般的な感性じゃなく。元々奴隷で酷い目に遭っていただけに、他人が酷い目に遭うのも人一倍、見るに耐えないんだ。


「……出来る限りは、助けよう」

「おいアルフ、んな事言ってる場合じゃ……」

「分かってる、だから出来る限りだよ」


 俺はそう決めて、再び城へ向かった。


  *


 ──その光景に、言葉を失った。

 城への道中、また血まみれの人を見つけたので近付いたのだが……


「……レイン、さん」

「……君達、無事だったのか。良かった」


 体中から血を流し、座り込むレインさん。

 にもかかわらず俺達を見て、安堵して微笑む。


「レインさん、誰にやられて……」

「……カストロ、だよ。親友だと思っていたんだけど……そうじゃなかったみたい」


 レインさんは俯き、声を震わせる。


「……でも彼、凄く強くなっていたんだ。昔から私達に勝てなくて、つらそうにしていたのに……はは、頑張ったんだね……」


 涙がボタボタと零れ落ちる。

 あんなに明るく気丈な人だったのに、今ではその面影も無い。


「きっと、私が悪いんだ。昔から無神経なこと言っちゃうんだよ。私はただ、場を和ませるつもりだったんだけど、もっとカストロの気持ちをよく考えてあげれば良かった。だからソーマにもいつも怒られちゃうんだ」


 そう自分を責めるレインさんは、見ていられなかった。


「もう一度、カストロさんと話し合いましょう」

「……もう、無理だよ」


 自分の国へクーデターを起こし、親友の女性にも刃を向けた。そんな相手と話し合っても、もう通じないかもしれない。


 けど……このまま終わって良いはずが無い。

 そもそもカストロさんは、何でこんな事をしたのか。何が目的なのか。同じ国に住む人間として、俺達も他人事ではない。


「──これ、使って下さい」


 俺はレインさんに、ハンカチを渡した。


「ミルフィ、治してあげて」

「……ん」


 脇腹の傷が深そうだが、その他は血が出ているだけで問題なさそうだ。すぐに魔法で治せば後遺症も消える。


「エルノア。お前の召喚魔法で、俺を城の前まで飛ばしてくれ。このままじゃ間に合わなくなる」


 召喚魔法は、召喚する物が大きい程、遠い程に、魔力を多く消費するらしい。

 だから今まで、敵に襲われた時を考えて使わなかった。


「いいけど……あの人止めるつもり?」

「ああ」


 するとガルシオンさんが勢いよく飛び出した。


「バカ野郎! 今のお前が勝てる訳ねぇ!」

「ソーマさんが戦っていれば加勢する。そうでなければ、ソーマさんが来るまで牽制するだけだ」

「いやしかし……それでも相手は格上だぞ。それも魔物とは訳が違う。お前と同じ剣術使いだ。力、速さ、技術、頭脳、全てにおいてお前を上回っているはずだ」


 そんな事は分かってる。

 多分俺は……レインさんをこんなに悲しませたカストロさんが許せない。


 一般人が戦争に関わるべきではないし、今までも他人事に思っていた。

 だが現実を目の当たりにして、無性に腹が立っている。


「頼む、エルノア」

「りょーかい。ヤバくなったら降参しなよ?」


「大丈夫、すぐ土下座するから」

「ドゲザ、ねぇ。この世界で通じると良いけどね」


 ──行こうとした、その時。


「行っちゃダメだ!」


 レインさんが、俺の手首を掴んだ。


「それなら、私が行く。今度こそ止めるから……君は危険を冒さないでくれ」


 ……その手は震えていて、力が籠もっていなかった。


「レインさん……もう、剣を振れないですよね」

「っ、それは……」


 彼女はもしかすると、戦うのが怖いのかもしれない。


 穏やかで、平和を好んでいて……友達を大切にしている人だ。

 まだ19歳で、三龍剣になってからあまり時間も経っていないらしい。戦争はこれが初めてで、今まで大袈裟な戦いも無かったそうだ。


「んじゃあ、送るよ。こっちは上手くやっとくからね」


 エルノアの召喚魔法が発動し──俺は城付近の建物の屋上へ現れた。


  *


 レインが戦えなくなった今、主力はソーマ一人。

 敵兵は一斉にソーマを取り囲み、カストロを追えないよう封じ込めていた。


 そしてカストロは……ついに城の目の前に来た。


「いよいよ……か。もう隣国へ媚びるのは終わりだ。待っていてくれ────」


 カストロは閉ざされた城門を切断しようと、つかに手を掛けた。


ヒュンッ!


「ッ!?」


 そこへ一本の剣が飛んで来て、カストロのすぐ横を通過し、城門へと突き刺さる。

 そして剣はひとりでに抜け、持ち主のもとへ帰って行く。


「誰だ!」


 カストロが振り返ると……秋人が立っていた。


「カストロさん……何で、こんな事したんですか」

「……君か」


 現在、多くの敵兵はソーマのもとへ集っており、その他は相手の兵士と拮抗している。


 ────秋人とカストロが、戦場にて相対した。

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