第34話 噛み合わない歯車

 ソーマさんのお陰で、この窮地を脱する事が出来た。


「……魔法部隊もレインが片付けたようだ。貴様ら、早く避難するが良い。シェルターまで案内する」


 剣を納め、ソーマさんは城の方へ向かおうとした。


「ちょっと待って下さい!」

「どうした、時間は無いぞ。話なら走りながら聞く」


 だがその前に、さっき聞き捨てならない言葉があった。

 俺はミルフィを抱き上げ、エルノアと共にソーマさんへ付いて行く。


「さっき……カストロさんが、敵国と繋がってるって……」

「……ああ、そうだ。敵兵を率いているのはカストロ。すぐに探し出して殺さなければ」


 ……そんな。あんなに国の事を想っていたのに、なんで……

 それにしてもソーマさんは、思うところはありそうだが、はっきり殺すと言った。レインさんの話から、凄く仲が良さそうだったが……


 ──そうだ、レインさんは。


「……レインさんは今、どうしているんですか?」

「王を護っている。……このままカストロが進軍すれば、相対するだろう」


 レインさんは学生時代の想い出を、とても楽しそうに話してくれた。


『私はね、何だか寂しいんだ。学園ではソーマやカストロと一緒にご飯食べてたのに、仕事を始めてからは休憩時間が違うから、よく一人で食べるんだ』


 ソーマさんは厳格そうで、切り替えも早そうだ。

 けどレインさんは物腰柔らかくて、何となくだが──


「……レインさんは、カストロさんを殺すんですか?」


 そういうイメージが全く出来ず、そう聞いた。


「……あいつは昔から、甘い奴だ。カストロに負け越した事は今まで一度も無いが、動揺していればあるいは……」


 ……つまり、情が湧いて負ける可能性があるって事だ。


「──だから余が先に殺す」


 そう呟き、ソーマさんの剣を握る手に血管が浮き出る。


  *


 ──その頃、王室にて。

 王の傍に立つレイン。そこへ一人の兵士が駆け付けた。


「申し上げます! 敵軍はこちらの兵を押し退け城に接近中! 中にはカストロ様がおり、大勢で掛かっても止められません!」


 その報告に、レインはピクッと反応する。


「カストロ様を何とかしなければ止まりません! レイン様、どうか応戦を!」

「……いや、無理だよ。私は王の傍で護らなければならない」

「しかしこのままでは、城は包囲され、城内にも敵兵が押し寄せ……!」


 ──すると、王が立ち上がった。


「行ってくれ、レイン」

「しかし……」


「彼の言う通り、包囲されては私も逃げられない。それにこの部屋まで敵兵が押し寄せれば、もう手遅れだろう。早めに戦力を削がなければ」

「……分かりました」


 王に命じられ、レインは外へ向かった。


「……あの子は、恐れているのだ。友を自分の手で殺す事を。願わくば、自分の見ていない内に戦が終わって欲しいと思っている」


 レインが居なくなり、王は呟いた。


「……皆の笑顔が見たく、なるべく平和を作ろうと政治をしてきたつもりだ。だが、所詮は兄上の後釜。カストロには裏切られ、レインとソーマにはつらい役目を背負わせてしまった」


 その悲しい言葉に、周りの兵士は気を遣う。


「あなたは上手くやっていると思います!」

「そうですよ! お陰で隣国との関係も良好なのですから!」


 ……しかし、王の気持ちが晴れる事はない。


  *


「……まさか、来るとは思わなかったよ、レイン」

「……カストロ」


 監視役に情報を聞き、レインはカストロを発見した。


「……ねぇ、本当に君がこれを起こしたのか。どうして、止めようよ……」


 そう訴えかけるレイン。


「剣を抜けよ、僕はそうさせて貰う」


 しかしそれは届かず、カストロは剣を抜いた。

 その切っ先から、血がしたたり落ちる。


「……ッ!」


 レインも剣を抜いた。


「──綺麗な剣だな」


 カストロはそう呟く。


「一切の傷も刃こぼれも無い剣よりも、汚れてボロボロな剣の方が僕は怖い。つまりそれだけ、多くの人や物を斬っているからだ」


 剣を構え、カストロは言った。


「……どうしてだよ! 私達はこんな事をする為に、剣を磨いた訳じゃないだろう!」


 レインが叫んだ。


「この国を護る為だろう……? この平和な国を、ずっと続ける為に……!」

「……だったら、国を護る為に、僕を殺せば良い。それこそ剣を磨いた甲斐がある」


 レインの言葉が、彼に響く事はなかった。


「──ああ、この国は好きさ。何と言っても自分の生まれ故郷だからね。だが、それだけだ。矛盾するようだが、僕はこの国が気に食わない」


 カストロはそう話し始めた。


「そう、この国の為を想っての行動さ。この国を未来永劫続けていく為には、変わらなければならない。元より僕は、前王のオーバン様を支持している」

「……国の為、だと……?」


 レインの剣を握る手から、血が溢れ出す。


「民を傷付けて、何を言うんだッ! ……ログヴァナがどんな気持ちで、君に託したと……ッ!」


 声が震え、レインの瞳から涙が零れ落ちた。


「ねぇ……君も分かっているだろう? ログヴァナは適当なようだけど、実のところはちゃんと考えている人だ。突然居なくなったのも、自分の代わりに君が三龍剣となって、しっかりやってくれると信じていたから……」

「……そうだな。あの人はいつも、先々を見通しているようだった」


 そしてカストロは、声を張り上げた。


「だから僕も、この国の未来を考えた! 構えろレイン!」


 それを聞き、レインは涙を拭った。


「……そう、か。分かったよ」


 ついにレインも、剣を構える。


 ──学生時代、共に切磋琢磨してきた2人。

 その剣が、火花を散らした。


ギギギギギギ────ッッ!!!


「「「ひいぃッ……!」」」


 激しい打ち合いに、周りの兵士が手を出す余地は無い。


ブオンッ!


 カストロの足切り。それをレインは後ろへ跳んでかわし、剣は空を斬る。

 並の剣士であれば、ここで追撃していた。空中でまともに身動きの取れない相手は、完全に隙だらけだ。


 しかし三龍剣“飛龍”レインは違った。


 “空転円相くうてんえんそう

 レインは空中で、腰の力と頭足の振りによって、円を描き回転した。

 彼女へ深く踏み込んでいれば、頭を真っ二つにされていたところだ。


 回転が終わった瞬間を狙い、カストロは剣で突く。

 それを防ぎ、体勢を立て直す。そしてまた打ち合う。


 “鱗雲うろこぐも

 カストロの剣が、無数の突きを繰り出す。


「ぐッ……!」


 それを受けるレイン。あまりの連撃に後手へ回ってしまい、後ろへ押されて行く。


(速い──ッ。昔よりもずっと!)


 学園を卒業し、宮廷騎士になって以来。カストロは誰よりも剣を振ってきた。

 その剣速は──レインの想像を超えている。


プツッ


 彼女の頰に傷が入った。


「はあッ!」


 ようやく“鱗雲うろこぐも”の隙を見つけ、反撃するレイン。

 それもかわされ、カストロは距離を取った。


「……どうしたレイン。以前より剣が鈍っているぞ。平和ボケしていたのか──それとも、僕が相手では本気で殺せないか」


 カストロは分かっていた。

 レインならば、自分を相手に本気になれないと。


「……嫌だよ、カストロ」

「戦争でワガママは通じないよ」


 再び仕掛けるカストロ。

 しかしその攻撃は、剣の間合いの外──


ブシュッ!!


「ッッ!!? あがっ……!!」


 ──が、突然レインの脇腹が裂かれた。


 “雲烟縹緲うんえんひょうびょう

 一定の速度を維持し、間合いを伸ばす歩法“棚引たなびき”。

 それと併用し、切っ先に魔力を込めて刃を作り、本来の間合いよりも外から攻撃する事が可能となる。


(いつの間にこんな技を……!!)


 剣ではなく魔力で斬られた事にはすぐに気が付き、レインは“雲烟縹緲うんえんひょうびょう”の仕組みを看破する。


 しかし見抜いたからと言って、防げる訳ではない。

 レインの全身に、切り傷が付けられていく。


「はあッ……はあッ……!!」


 脇腹の出血もあり、動きが鈍るレイン。

 致命傷はまぬがれるものの、確実にダメージは蓄積される。


「……終わり、だな」


 至る所から血が流れ、レインは片膝をついてしまった。

 脚を斬られ、立つ力を失っている。


「──次は、君か」


 そう言ったカストロの背後から、ソーマが斬り掛かった。

 それもかわされ、ソーマは周囲を確認する。


「……遅かったか」


 血まみれで膝をつくレインを見て、そう呟く。


「何が目的か知らんが……貴様は殺すぞ」

「レインと2人掛かりなら、無理だっただろうな」


 殺意を向けるソーマに対し、カストロは落ち着き払う。

 ソーマは再び、カストロへ剣を振るった。


「……ッ!!?」


 ソーマの目には、カストロへ剣を当てたように見えた。その様子を見ていたレインも、同じ事を思う。


 が──斬った感触が無かった。


「奥義──“浮雲うきぐも”」


 剣をすり抜け、カストロはその場を離脱した。


「目的は王……三龍剣が2人も居れば厄介だが、レインの方は潰した。城へ向かわせて貰うぞ、ソーマ」


 そう言い残し、カストロは姿を消す。


「逃がすかッ!!」


 ソーマはすぐに跡を追った。

 しかしそこへ、敵兵達から攻撃を受ける。


「奴を足止めしろ!」

「ちっ、これでは追い付けん……!」


 敵兵に対応し、速度を落としてしまうソーマ。

 そうしている間に、カストロは城へ進んでしまう──

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