第42話 護るべきもの

 クーデターから一週間が経過した。

 傷付いた兵士や民間人は完治し、また元通りの生活へ戻って行く。


「敵兵の出処ですが……使用していた武器や防具はエスタミアの物に似せて作られており、個人情報は全く出て来ません」

「そうか……」


 報告を聞き、ソーマは短く答えた。


「だが、主犯のカストロはつい最近にギラフィスへ渡っている。ならばギラフィスの協力である可能性が限りなく高いであろう」

「はい。そちらについても調査をしております」

「頼んだぞ」


 一方、全身がボロボロになっていた秋人もほぼ治り、修行を始めた。


「まあ、無事に済んで良かったな。よく生き延びた」

「ああ、カストロさんも命を奪うまではしなかったからな」


 ガルシオンと話しながら剣を振る。


「……ところでお前、あれは何だったんだ?」

「あれって?」


「負けそうになった時、急にパワーアップしただろ。魔力っぽいが、それ以上の凄まじいエネルギーだった」

(……ああ、天使に教えられたやつか)


 モルガンと名乗る天使。秋人がこの世界で出会ったあの天使とは別人だった。


(……天使の存在って、バラして良いのかな。色々影響出そうな気がするけど。ていうか天使は、その世界に深く干渉したらダメだったような……)


 少し悩んだ末、秋人は天使については伏せる事にした。


「魔力の核を壊したんだ。壊したというか、壊れたというか……」

「魔力の核を……? そりゃあダイアスの“時空斬”みてぇだな」


 説明を聞いてガルシオンは納得した。


「だが、分かってるだろうがあれは危険だぞ。肉体へのダメージが大き過ぎる。ミルフィがすぐに回復してくれなきゃ、どうなってたか……」


 ミルフィの治療に加え、ベルも協力してくれた。ダメージを負ってからさほど時間が経っていなかった為、秋人は無事に済んだ。


「おいっすー。もう大丈夫なん?」


 修行をしている秋人の所へ、エルノアがやって来た。


「エルノア! お前も大丈夫だったか?」

「もちろん。その辺の兵士の剣をへし折ったら、後は隠れてやり過ごしたよ」


 短剣を指先でくるくると回しながら、エルノアは近寄って来る。


「すっげえボロボロにされたらしいじゃん?」

「されたっつーか、なったっつーか。カストロさんはトドメは刺さなかったし、魔物からは護ってくれたよ」

「ふ〜ん。んじゃあ良かった、のかな?」


 修行を一旦止め、休憩に入った。


「この国、どうなっちゃうんだろうね」

「分かんねぇな〜……」

「お前らガキが考える事じゃねぇさ。まあ国がひっくり返るような事があれば、俺達にも影響は出るだろうがな」


 そう話しながら見上げた空は、雲一つ見当たらない快晴だった。


「──ここに居たか」


 そこへ、ソーマが現れた。


「あ、ソーマさん。あの時は助けて頂いてありがとうございました」

「いや、礼を言うのはこちらの方である。お前達の助力により民間人はほぼ無事に済み、敵兵も抑えられた。……通りすがりのお前達に助けられるようでは、我々もまだまだ甘いようであるな」


 するとエルノアが、ソーマへ話し掛けた。


「えーと、ソーマさん? 遠目で見たんだけど、凄い身のこなしでしたねー」

「お前は、武器破壊をしていた者か」


「ソーマさんって、今は暇だったりします?」

「暇ではないが……鍛錬に費す時間や、少しばかり休憩時間ならあるぞ」

「んじゃあ、ちょっと教えて貰えません? 動きを参考にしたいんですけど」


 短剣を使い、素早く動いて手数で勝負するエルノア。小さな体躯を活かし同じく素早く動くソーマとは、相性が良いと考えた。


「……そうであるな。余もお前から得られるものはありそうだ。鍛錬の時間に来れば、少しは教えられよう」


 こうしてエルノアは、ソーマに技を教えて貰う事となった。


「……ところでソーマさん。レインさんは……」


 話がついたところで、秋人がそう聞いた。


「……あいつは────」


  *


 レインさんの居場所を聞いて、俺は会いに向かう。


 けどその前に、ミルフィの所に行こう。ずっと俺を治療してくれたらしいし。

 ミルフィは今、ベルさんの家に居るらしい。


「……あれ?」


 呼び鈴を鳴らしたが、反応が無い。おかしいな。どこか出掛けたのか?

 家の周りを歩き、チラッと窓を覗いてみた。


「……ッ、んぅ……! ふぅ……うぅ……!」

「ふむふむ……ふむふむ……!!」


 ……中でミルフィが、ベルさんに体を撫で回されていた。


「……んん、う……くすぐったい、です……!」

「が、我慢してねぇ、ミルフィちゃん……!」






「…………通報して良いですか?」


 思わず窓をこじ開けてしまい、俺はベルさんに言った。


「ふぇ、アルフ君!? ち、違うの、誤解だよぉ!」

「誤解だとよ」


 まあ俺達を救ってくれた人だし、悪い事はしないだろう……と思いたいが。


「あ、あのねぇ。素肌を直接触った方が、体内の魔力の流れや性質が分かり易いの。ミルフィちゃんがねぇ、もっと上手く魔法を使えるようになりたいって言うから、調べてあげてたのぉ……!」

「……ん」


 ミルフィは照れながらコクリと頷いた。どうやら本当らしい。


「お、お陰で色々と分かったよぉ。ミルフィちゃん、魔法たくさん教えてあげるねぇ♪」

「……ありがとう、ございます」


 何だかんだ仲良くしてるみたいだな。良かった良かった。


「じゃあミルフィ、また後でな。……あ、そうそう。俺の治療してくれてありがとな」

「……んぅ」


 礼を言うと、ミルフィは照れ臭そうにフードを深く被った。


  *


 レインさんは、町外れの空地に立っていた。

 おもむろに剣の素振りを始める。その太刀筋は鋭く、そして美しい。


 だが……どこか力無く見えた。


「レインさん」

「……アルフ君! もう大丈夫なの?」


 声を掛けると、レインさんは駆け寄って来た。


「すみません……止められませんでした」

「……謝らないでよ。私達の問題なんだから」


 俺は、カストロさんを止められなかった。レインさんともう一度話し合って欲しかったのに。何も分かり合えないまま別れてしまった。


「それより聞いたよ。君達が戦いに協力してくれたって。ありがとね。……でも、もう無茶はしないで欲しいな」


 レインさんはそう言って微笑む。

 だが、すぐに自信なさげな表情を浮かべた。


「……ううん、ごめん。私があんなだったから、君にも心配かけて……ごめんね」

「謝らないで下さい。俺達は自分のやりたい事をしたんです」


 誰だって、信じていた人間に裏切られたら、ああなってしまうと思う。

 俺はあの時のレインさんを、放って置けなかった。

 それに……カストロさんと初めて会って話した時、悪い人だと思えなかったから。


「──レインさん。ちょっとお願いがあって来ました。レインさんの剣技を見てみたいんです。俺も剣を振るので、参考にしたくて」


 心配になった。レインさんが今まで通りに、剣を振れるのかどうか。

 持って来た木刀を渡す。


「私で良ければ……」


 レインさんと手合わせをした。

 やはり剣速は凄まじく、とても鋭い。

 だが……俺はそれを捌く事が出来た。


「ッ……!」


 レインさん……やっぱり悩んでいるんだ。もっと強いはずなのに、それが発揮できていないように感じる。


「あはは……ごめんね。私じゃ足りなかったかな」


 レインさんは愛想笑いを浮かべる。


「私……ソーマやカストロみたいに、何か目標があって剣を握った訳じゃなくて。成り行きでたまたま上手く出来ただけというか。だから……適当にやってる私よりも、ずっと頑張ってたカストロの方が……」

「──それでも良いと思います。レインさんは、レインさんなりのやり方があれば」


 目標が無かったとか、適当にやっていたとか……俺も同じだ。むしろレインさんには才能があって、それをちゃんと活かせていると思う。


「目標が見つからなくても、嫌でも何かしないといけない時は来ます。レインさんは剣という才能を見つけて、その道を進んでいるんですから。これからでも目標を作って下さい」


 つらい出来事を、綺麗サッパリ忘れ去るなんてのは難しい。

 だから、せめて何かしらのやりがいを見つけて、真っ直ぐ生きて行って欲しい。


「レインさんは、2人と一緒に居たくて頑張ったんですか?」

「……えと。そう言われたら、そうかも。2人とも頑張り屋さんだから、置いて行かれたくなくって」

「じゃあ、ぜひ続けて下さい。ソーマさん、期待してるみたいですから」


 ソーマさんはとても真面目で真っ直ぐで、何だかんだ言いつつレインさんを認めているらしい。

 レインさんが挫けなければ、2人ででも続けていけるだろう。


「……カストロさんは、レインさんにも、俺にも、トドメを刺しませんでした。兵士の人達にも、必要最低限の傷しか負わせなかったらしいです。魔物が現れた時には、俺を護ってくれました。攻め入るのを止めて、命を賭けてまで魔物に立ち向かいました。……あの人は、この国が大好きだったんだと思います」


 リンゼさんが言っていた。例え治安が悪くとも、自分の育った故郷を愛していると。

 カストロさんはきっと、この国が好きだから、変えたかったんだ。変えるべきだったのか、そのやり方が正しかったのか、それは分からないけど。


「俺も、自分が育ったこのエスタミアが好きです。だから、ずっと途絶えないで欲しい。また何かあった時、レインさんに護って欲しいです」

「……アルフ、君」


 レインさんは少し気恥ずかしそうに視線を動かした。


「……そっか。カストロは君を護ったんだ。……じゃあ、私も護るよ」


 レインさんの体から、緊張がほぐれたように感じた。


「ふふっ、君は不思議だね。何だか、年相応じゃないみたい」


 優しく綺麗な笑みを浮かべ、そう言われた。

 少しドキッとした。


「じゃあ、私も手伝うよ。君がやりたい事を達成できるように、強くなれるように。手取り足取り教えてあげる」


 レインさんの動きに、キレが戻り始めた。

 俺はレインさんから、剣術などを教えて貰える事になった。

 強くなれるチャンス──だが、ずっとここに滞在する訳にはいかない。そもそも強くなるのは、旅を続ける為だからな。


 完治したばかりで以前の勘を取り戻すのと、俺の動きに修正を入れて貰い、レインさんの技も教わって参考に……

 街の復興を手伝い、またこんな騒ぎの後だから自由に出入りするのは許されず、俺達は王都に2週間ほど滞在した。やって来て聞き込みや準備をした時間や、治療されていた時間を含めれば、もう一月ひとつきぐらいになるか。


 そのように時を過ごし──俺達はこの王都を出る事になった。

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