第50話 武と獣の戦い

 シーエが行ってしまってから、俺達はまた歩き始めた。


 心配だけど、里に着いても彼女は会ってくれないだろう。それに自分の里へ帰ったのなら、里の人達と相談して解決するかもしれない。


 ……そう思っていても、俺達の足は自然と速くなっていた。


 ──その途中で、足跡を見付けた。


「足跡……? 何でここで途切れてるんだ?」

「こりゃあ……固いブーツか。とすると、兵士の物かもしれんな」


 兵士……エスタミアの人達か? それとも……


「それよりさ。もう一つあるぜ、ほら」


 エルノアがそう言って、指差した。


 見ると……靴ではない、人間でもない、とても大きな足跡が。


 魔物か、獣人か……


「……ん、見て」


 するとミルフィが、俺の服を引っ張って呼んだ。


 そこには……血痕があった。


「これは……何か事件があったんじゃ」

「ああ。そしてこの近くには、あの里もある」


 それを聞いて、俺達はまさかと思い、急いで向かった。


 ──そして、完全に焼け切った里を目の当たりにしたんだ。

 同時に、遠くから大きな音が聴こえた。


「何で人間がここに? ……ああ、シーエが会った連中か。知った口利いてたしな」


 音の方へ向かうと──このライオンの男が、シーエを殺そうとしていた。


「お前、獣人だろ? 何で獣人同士でそんな事してるんだよ」

「クク……気になるか」


 俺が剣を向けて威嚇しながら聞くと、相手は鼻で笑って答えた。


「獣人は人間より強えはずだ。だが里の連中は人間を相手に逃げやがった。獣人が一括に弱いと言われりゃあ、俺も弱いと思われる。俺はそれが許せねぇ」


 ……こいつが異常だってのは、最初から分かってた。それが確信に変わった。

 どんな理由があろうと、同族の女の子を、それもシーエのような優しい子を殺すなんて。


 里が焼かれて、仲間達が逃げたのに、こいつは五体満足でここに残っている。シーエを待っていたのか……いや、帰って来るかどうかも分からないんだ。他に何かしていたな。


「俺を舐めた人間共は皆殺しだ。同時に、ツラを汚した里の連中も殺す。……おい人間、後で死ぬか今すぐ死ぬか、選べ」


 その言葉を聞き終え──俺は剣を構えて突っ込んだ。


 “烈突れっとつ

 全身の力を前方へ向け、自分の出せる最高速で突撃する。


「ふん、それがどうし──」


 余裕そうにする敵。シーエを相手に圧倒したのだから、かなりの強敵だろう。


 ──無策で突っ込みはしないさ。


ビュンッ!


 俺の後ろから、エルノアの短剣が飛ぶ。


「──くだらねえ仕掛けだ」


 それすらも、敵は爪で弾いた。


 ──だが、それで良い。そこで俺は構えていた剣を捨て、シーエを抱きかかえる。

 そのまま敵から離れ、シーエを救出できた。捨てた剣は、また手元へ戻せる。


ボンッ!!


 そして、短剣に含まれていた魔力が爆発する。


 “飛剣爆破ひけんばくは

 弾かれた短剣は、再び奴へ向かった。

 奴の死角──ほぼ真後ろから、狙いは首筋。


ギンッ──


「なっ……!?」


 ……だが奴は振り向きもせずに、再び短剣を弾いた。


「……ふむ、“野生の勘”ってやつか」


 野生の勘……第六感ってのがあるらしい。

 理屈じゃない。とにかく動物は、自身への危険を察知できる能力がある。


 実際にそれを見た事は今まで無かったが……奴は確かに、防いでみせた。


「ミルフィ、頼む」

「……ん」


 傷だらけのシーエをミルフィに預け、回復しておいて貰う。


 さて……あいつは俺達より身体能力が遥かに高い。逃げるという選択肢は無い。


「やるぞ、エルノア!」

「オッケー!」


 俺とエルノアで、奴へ向かう。

 まずエルノアは、4本の短剣の内2つを投げた。先程のように攻撃のチャンスを窺えるし、奴の集中を削ぐ事が出来る。


「はぁッ!!」


 “炎鎖剣えんさけん

 新しく生み出した技だ。

 炎のように、不規則な軌道で滑らかに剣を振るう。


 これが……野生の勘に、通じるか。


ギンッ! ギンッ! ギンッ!


 何発も打ち込むが、爪で弾かれる。


ボンッ!!


 その隙に、またエルノアの“飛剣爆破ひけんばくは”が発動した。


 ……が、それすらも防がれる。


「小賢しいッ!!」


 奴は、爪を大きく振り下ろした。

 その衝撃波により、防御したにもかかわらず吹き飛ばされる。


「まずは……テメェからだッ!」


 すると奴は、エルノアの方へ向かった。

 鋭い爪が振るわれる──


ガガッッ──


 “双龍崩そうりゅうくずし”

 エルノアは両手の短剣で、その攻撃を受け流した。


 ──エルノアの短剣術は、防御に優れている。そもそも師匠は長剣が主流で、短剣は長剣が使えなくなった時の代用だった。


 片方の短剣で、相手の攻撃を“受け”る。だがまともに受けるだけでは、力で負けている場合、押し負けたり短剣が壊れたりする。

 そこですかさず、2本目で“流す”。それが“双龍崩そうりゅうくずし”だ。


 エルノアが上手くかわしている間に、俺も奴へ接近する。


「「いくぞッ!!」」


 息を合わせ、俺はもう一度“炎鎖剣えんさけん”で攻撃した。

 そしてエルノアも攻撃に転じる。


ガガガガガガガガ──ッ!!


 “剣舞連亘けんぶれんこう

 短剣の手数と素早さを活かし、超連続かつ高速で攻撃する技だ。


 俺の不規則な攻撃と、エルノアの連続攻撃。とにかく奴の防御を崩す。


 “無明剣むみょうけん

 俺は奴に、三段突きを放った。


ズブッ──


 速さに特化したこの技。

 初撃は防がれたが、2発目と3発目は奴の腹部と脇腹へ刺した。


「ッ!?」


 だが……浅かった上に奴の肉が分厚く、出血までは至らなかった。


 もっと深く……けど下手に近付けば、あの怪力にやられる。エルノアの短剣じゃ、まともに傷を付けられるかどうか……


「テメェら……」


 奴は俺が刺した部分をさすり、地面へ手をついた。


「ムカついたぜ……そろそろ殺してやる」


 そして奴は体勢を低くし……そう、まさに動物のように、四足となった。


 ────来るッ!


 予想はつく。パワーもスピードも凄まじい奴が、動物ならではの四足になれば……

 全身の筋肉を、前へ進む為だけに使えば……

 その速度は、先程までとは比べ物にならない。


 “虎口剣ここうけん

 対四足を想定した技。最初に使ったのは晃に向けてだったが。

 相手と同様に体勢を低くし、突き上げる。


 ──相手は速い。だから、俺が無理に動く必要は無い。


 “打つ”ではなく“置く”。


ズッ────


 俺が固定した切っ先へ、奴の顔面が来てくれた。


「ガオオオォッッ!!!」

「ッ……!?」


 ……だが、奴は止まらない。

 俺は勢いに押され、ぶっ飛ばされた。


「ぐっ……!」


 ちっ……手首が痛む。馬力が違い過ぎるな。


 そして奴は……眉間か目玉を刺すつもりだったが、少しズラされた。目の横を抉っただけで、重傷まではいかない。


「危なかったぞ。刺せていなければ、あの牙で頭をかじり取られていた」


 ガルシオンさんが解説した。


「虎口剣は突き上げる技であり、押し返す技じゃない。人間と動物とじゃ無理があるからな。だが今の奴の速度は凄まじく、避けつつカウンターを当てるのは困難だから、今回に限っては正解だ」


「眉間に深々と刺し込めていれば殺れたが、奴も反応が良い。むしろ少しハズレて良かったかもしれん。刃が滑ったにもかかわらず、ぶっ飛ばされて手首が痛む威力だ。刃が真っ直ぐ突き立てられていれば、確実に手首は壊れていた」


 ……怖いな。

 攻撃の一つ一つが破壊的……下手をすれば瞬殺される。


 そう……晃と戦った時を思い出す。


「だが……お前らにも負けてない武器があるだろ」


 ガルシオンさんが、そう鼓舞してくれた。


 そうさ……俺達には“武”がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る