第49話 激突する咆哮

 ──百獣の王、ライオン。

 その姿をした獣人の大男、ライガ。


 踏み込みによって地面にヒビが入り、重量のある巨体が高速で迫る。

 太い腕が勢いよく振るわれ、その先端にある硬く鋭い爪が、シーエを襲った。


ドオオォッッッ────ン!!!!!


 シーエはそれをギリギリかわしたが……その斬撃は凄まじい衝撃波を生み出し、彼女の防御した腕に切り傷を付ける。


 そして地面が切り裂かれ、亀裂から摩擦により蒸気が昇った。


「──ッ!!」


 彼女自身、ライガが強いとは認識していたものの、本気は見た事が無かった。

 獣人同士で戦う事がなく、狩りにおいてもライガは手を抜いていた。


「ハッ!!」


 更にライガは、爪を縦横に振るって追撃する。

 シーエも爪を振るい、防御に徹した。


(強い……ッ! このまま受け続けたら、いつか……!)


 何とか攻撃を防ぐシーエだが、疲労は蓄積していく。

 少しずつ傷が増え、彼女の腕は血塗れに。衣服にも裂け目が目立つ。


 シーエは攻撃の隙間を見つけ、ライガの懐へ接近した。


ズバッ!!


 彼女の爪が、ライガの腹を捕らえた。


 ……が、少し肉はえぐれたものの、そこから血は流れず。


 ──獣人の中でも特に動物に近く、巨体であるライガは、皮下脂肪が分厚い。その強度も並ではなかった。


「効かねぇよ阿呆あほうッ!」


ズドォッッ!!


 ライガはシーエに、膝蹴りを噛ます。

 彼女は十数メートル程ふっ飛び、体を打ち付けながら転がった。


「ぐッ……!」


 シーエはすぐに起き上がり、追撃に備える。


「弱え……やっぱテメェはまがい物だな」


 ライガはそう言って、ゆっくりと歩いて来た。


「獣人は皆、人間と同等の知能を持ってる。俺みたいなのでもな。そして見た目が動物に近ければ近い程に、その筋力は強い。里の中で、俺が一番強えからな」


 そう話している内に、ライガの間合いへシーエが収まった。


「……テメェはどうだ? まるで人間が仮装したみてぇな半端な見た目だ。その身体能力も、里の中じゃ下の下だ」


 ライガは攻撃をせずに、言い続ける。


「人間は、俺達みてぇな自分達に似た存在を嫌う。“敵”とはちょっと違うんだ。魔物なんかは完全に別の種族だから、一線を画して敵と見なし容赦なく殺す。だが獣人は、自分達と似て非なる存在。それにどうしようもなく不気味さを感じるんだろうなぁ」


「今の俺は、まさにそんな気分だぜ、シーエ。テメェは気持ち悪いんだ、無性に殺したくなる。人間がこの里を襲ったみてぇになぁ!」


 ──その言葉は、シーエの人間に対して抱いた感情を否定する内容だった。


 そして再び、ライガの爪が彼女を斬りつける。

 防御するも、傷は深まるばかり。腕からの出血は増えていき、全身が血塗れに。


 彼女は痛む脚に耐えながら、素早く走ってライガの隙を突こうと試みる。


(左……いや、右から!)


 シーエはライガに接近し、直前で進行方向を急激に変えた。


「……ふん」


 ──動物の瞳には、白目が存在しない。それは、目線の動きによって自分の動く方向を、相手に悟られないようにする為である。


 ライガには、シーエの動きが分かっていた。


パァンッ!!


 右へ回って攻撃を仕掛けたシーエに、ライガは振り向きもせず、左の裏拳を当てた。


「──死ね」


 ひるんだ彼女へ、爪が振るわれる。


ズバァッッ!!!


「うぐぅッ……!!」


 咄嗟に両腕で防御したが、そこから血が噴き出る。


ドズンッッ!!!


 そして、彼女の腹へ蹴りが突き刺さった。


「あ、がッ……!!」


 シーエは血を撒き散らしながら飛んで行き、痛みに悶える。


 腹を蹴られた衝撃によって、彼女は嘔吐を繰り返した。更に吐血も行い、吐瀉物と血が入り混じる。


「はぁッ……はあぁッ……!!」


 シーエの意識が朦朧とする。


(ち……血が……血が出ちゃってる……)


 ──その言葉は、本当に彼女自身のものなのか、分からない。


(……もったいない)


 口から零れる血を、彼女は手ですくって無理やりに飲んだ。


 更には血塗れの腕へ口を付け、ペロペロと血を舐め取った。


「自分の血を……変態かお前は。気でも狂ったか。血を飲むなんざ、吸血鬼しか聞いた事ねぇぞ」


 彼女の奇行に、ライガは呆れて様子を見る。


(あっ……まだ、足りない。足リナイ、血ガ。死んじゃう。血肉ガ、欲シイ)


 ──シーエの蒼い瞳が、紅く染まった。


 クンッと、彼女の鼻がひくつく。

 獣の匂い──ライガの方へ、視線を向けた。


(……あった。お肉と……血、ガ)


 シーエはうつろな目で、ゆらりと立ち上がった。


 ヨダレを垂らし、ビキビキと腕に筋が浮く。


「……何だ? 何か様子が……それに、この殺気は……?」


 シーエはとても温厚で、他人を傷付ける事は今まで一度も無かった。狩りにおいても、必要最小限での戦いをし、相手を殺す事に積極的にはならなかった。


 ──そんな彼女から放たれる、異様な殺気。


ズバッ!!


 次の瞬間、シーエは凄まじい速度でライガへ接近し、爪で腹を斬り裂いた。


「ッ!!」


 驚くライガへ、次々と攻撃を繰り出す。

 重傷であるにもかかわらず、シーエはスピードもパワーも大きく上昇していた。


「チィッ!」


 ライガは爪を立てて手を突き出した。

 が、シーエはそれをかわし、その腕に噛み付く。


ブチィッ!!


 ……そして、その肉を噛み千切った。


グチャッ……グチャッ……


 肉を咀嚼する彼女の姿には、元の面影が感じられない。


「テメェ……」


 そんな彼女へ、ライガが抱いたのは怒り。

 しかしその内、自分がダメージを受けた事に対しては五分程度だった。


 残りの五分は──彼女が突如として見せた凶暴性。


 それはまさに、血に飢えた獣。


 今しがた彼女に、お前は獣人らしくないと言い放ったところである。だが今の彼女の姿は、ライガの思い描く獣人の片鱗であった。


「ガアアアァッッ!!!」


 自分と同じか、それ以上か。

 人間のような見た目の、極めて優しく、弱いと見下していたシーエが、それ程の野性を発揮した事に、ライガは激昂した。


ズッ──ドドドドドッッッ!!!!!


 ライガ、渾身の一撃。


 両腕を交差し、十本の爪が力強く振り下ろされ、広範囲に渡って衝撃波が走る。

 地面は粉々に斬り裂かれ、足場が崩れると同時に砂埃が舞う。


「うああアァッッ!!!」


 相殺しようとしたシーエだが……その火力の差は明白で、また大ダメージを受ける。


 しかしそれでも怯む事なく、吼えて襲い掛かった。


ブシュウゥッ──


 ライガから、血が噴き出した。


「ぐ……あ……」


 しかしそこで、シーエは力尽きてしまった。


「……フゥ〜ッ……」


 出血した胸元を抑え、ライガは彼女を見下ろした。


「……ただのまがい物かと思ってたが、根性見せたじゃねぇか」


 そして、腕を振り上げる。


「同じ獣人として、敬意を以て殺してやる。もう、死ね」















 ──その時、何かがライガへ向けて飛んで来た。


ギンッ!!


 ライガがそれを爪で弾くと、ブーメランのように持ち主の元へ戻って行った。


「……おい、その子に手ぇ出すなよ。次はぶった斬るぞ」

「……クク、人間風情が粋がるな」


 間一髪、秋人達がこの場へ到着した。

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