第48話 悲劇
──走った。
────走った。
ただひたすらに走った。
小さい頃は何ともなかった。
でもだんだんと……無性にムズムズするようになった。その正体が何なのか分からなかったけど、ご飯を食べたら治ったから、ただの食欲だと思ってた。
でも──初めて狩りに参加して、この手で魔物を倒して……肉を
その時、私は悟った。自分が求めていたのは“血肉”なんだって。
ご飯を食べると、お腹いっぱいになって興奮が収まる。でもお腹が空いてくると、またすぐに抑えられなくなるの。
空腹に耐えられない訳じゃない。多分、カラダが空腹を許さないんだ。
生きる為に、カラダを作る為に、無性に血肉が欲しくなる。
……いつの間にか私は、大好きな里のみんなにすらも、嫌な目を向けていた。
そんな自分が、心底嫌になった。このまま里に居続けたら、いつか私はみんなを傷付けてしまうんじゃないかって。
「──シーエちゃん!」
小さい時から私と仲良くしてくれた、親友のニャムルちゃん。
猫の姿をしてて、とっても優しくて……ちょっと怖がりで、狩りがあんまり得意じゃないから、いつも私の後ろを付いて来てたのが可愛かった。
あの子は絶対に怪我させたくない。だから……私は里を離れた。
──でも、やっぱりちゃんと、みんなと話せば良かったのかも。
そう思ったのは、アルフさん達と出会ってから。空腹で必死に狩りをしていた、見ず知らずの私を助けてくれた。それだけじゃなく、私を途中まで送ってくれるって。
獣人は昔から人間と合わないらしくて、今でも里は人間と交流せずに暮らしている。だから……人間ってどんな感じなんだろうって、ちょっと怖かった。
でも……アルフさん達は優しかった。
それから、知らない内にリュックに入っていた手紙。
それはニャムルちゃんからの物で……私の事は、お見通しだったみたい。
『シーエちゃん、行っちゃうんだね。私、気付いてたよ、シーエちゃんが苦しそうにしてたの。病気……じゃないよね。普段は元気そうだし、心配かけるような事しないもん』
『きっと、もっと深刻な事で悩んでるんだよね。……ごめんね、私にはシーエちゃんがどんな想いをしてるのか分からないし、それを聞く勇気も解決する自信も無いから、こうして手紙で伝えます。ズルくてごめんね』
『でも、私はシーエちゃんの力になりたいし、みんなも絶対に心配する。特に里長は優しいし頼りになるから……気が向いたら、帰って来て相談して欲しいな』
……私、迷惑をかけたくない一心で、余計に心配させてた。
…………怖かった。私のこの衝動を知って、みんなに怖がられないかって。
でも……きっとみんなは、そんな事なく私を助けてくれる。この手紙を読んで、改めてそう思った。
それなのに私、みんなは優しいんだってアルフさん達に伝えて……私には、そんなこと言う資格ないよね。
やっぱりちゃんと相談しようと思って、里に戻る事にしたけど……アルフさんを傷付けてしまった。
それでも私を心配して、力になろうとしてくれて、本当に嬉しかった。……でも、またあの人達を傷付けたくない。だから逃げて来た。
……本当にそれで、良かったのかな。
*
涙を流しながら、ひたすらに走り続けたシーエ。
なぜか魔物が現れる気配は全くなく、日が暮れた頃に彼女は里へ辿り着いた。
「……えっ」
──正確には、里があった場所へ。
「えっ、えっ……な、なん、で……」
そこにはもう……焼け焦げた木材しか残っていなかった。
「か、火事……!? でもそんな、全部なはず……」
知能のある獣人は、なるべく可燃性の低い木々や石で建築しており、火事への対処も心得ている。里のすぐ傍には川もある。
火を扱うのは料理をする時くらい。皆が起きている瞬間だ。獣人には魔力が無いので、暴発して火が点く事もないだろう。
にもかかわらず、里の全土が完全に焼けてしまったのは……本当、だろうか。
「みっ……みんなッ!! ニャムルちゃんッ!! 里長ッ!!」
シーエは叫びながら走り回った。
……どうやら、焼死した者はいないようだ。
「……はぁ……」
恐らく、みんな無事。そう分かった彼女は安心して、力が抜けて膝をついた。
──クンッ
その時、彼女の鼻がひくついた。
「……血の匂い……!」
既に鎮火し、完全に焼け切った状態。その中に生き物が居たとしても、その跡はほとんど残っていないだろう。
しかし、彼女の鼻腔を生臭さが刺激する。
その方へ向かうと……まだ新しい血が地面に付着していた。
「血が……この先にも……!」
その血は1箇所だけでなく、里の外へ続いている。
ここで魔物が争ったのか、それとも誰か──シーエは血の跡を辿った。
(……この匂い、まさか……!)
彼女は血の他に、嗅ぎ覚えのある匂いを感じていた。
それに対し思うのは、わずかな喜びと……不安。
──里から少し離れた、自然の少ない荒野。
シーエがそこへ着くのに、さほど時間は掛からなかった。
「……ッ!!」
そこに居たのは、2人の獣人。
その一人、巨体の男が──もう一人の少女へ爪を振り下ろした。
ドオォンッッ──!!!
凄まじい威力。地面が
「よぉ……戻って来たのかよシーエ」
間一髪、シーエは彼女を抱えて逃げ
「大丈夫、ニャムルちゃん!?」
「……シーエちゃん、ありがとう……」
シーエの親友であり、猫の姿をした少女、ニャムル。
脇腹から出血し、苦しそうにしている。
「……ライガ、何をしているの……」
シーエは男を鋭く睨み付け、そう問い質した。
ライガ──身長2メートルを優に超えるその男の頭部は、
腕も脚も丸太のように太く、非常に筋肉質で毛深い。それこそまさに、ライオンがそのまま二足になった姿だ。
「その腰抜けを始末しようとしただけだぜ?」
なぜ同族の少女へ牙を剥けたのか────それに対する返答は、さも当然かのようなものであった。
「ニャムルちゃん……痛くてつらいだろうけど、逃げて」
「……うん。でも、シーエちゃんは……」
「私なら大丈夫。……ちょっと、お話するから」
そう小声で話し、ニャムルはその場を離れる。
「ふん、別に良いぜ。どうせ遠くまで行けやしねぇ。その前に、その辺の魔物に襲われちまうかもな」
「里に、何があったの? みんなは?」
挑発を無視し、シーエは事の
「……人間共だよ。鎧を着た連中が現れて、火を放ちやがった。まあ……獣人は人間から嫌われてるからな。始末したかったんだろう」
「……ッ」
「里の連中なら無事だぜ。トゥグが上手く避難させた」
その話を聞き、複雑な感情になりつつ、ひとまず皆の無事に安心した。……だが今まさに、親友が襲われていたのだから収まらない。
「それで……なんでライガは、ニャムルちゃんを……!?」
怒りを表し、そう聞くシーエ。
するとライガは溜息を吐き、全てを語った。
「昔からムカついてたんだよ、お前らにはな。獣人の癖に弱え、そして腰抜けときたもんだ。あのガキは狩りの一つもまともに出来ねぇじゃねぇか」
「……で、だ。人間が俺達を始末しに来た訳だが……どいつもこいつも逃げるばかりで、戦わなかった」
──そこでライガは、明確に怒気を帯びた。
「許せんよなぁッ! 獣人は人間より強えはずだ。人間が獣人を嫌う理由は、一つが見た目の違い、もう一つが自分達より強えから。獣人が人間に力で劣るなど、認めちゃいけねぇ。だが、あいつらは逃げやがった!!」
「人間共もそれを見て、獣人を弱者だと言いやがった。だから皆殺しにしてやったのさ。死体なら向こうに積んであるぜ」
それを聞き、シーエは震えた。
怒りの理由が、里を焼き払われた事そのものではなく、戦わず逃げた里の皆に対するものだと言うのだ。
「獣人を舐めた人間共は、これから一人残らず殺してやる。……が、その前に、弱え獣人なんざ俺は認めねぇ。一匹残らずこの手で葬ってやると決めたぜ」
「そう思った矢先に、たまたま地下に居て怖くて出て来れず、この場で運良く生き残ったあのガキを見付けたからな。手始めに殺そうとしてたところって訳だ」
その言葉には、一切の躊躇もなく。
同族を、今まで同じ里で暮らしてきた仲間達を、殺すと言い放った。
「だが標的が変わったぜ、シーエ。テメェにもムカついてたんだ。まず見た目が気に喰わねぇ。俺の嫌いな人間とほぼ同じじゃねぇか。それで獣人を名乗られると寒気がするんだよ」
「……それは、あなたの勝手でしょ。人間の中にも、とっても良い人もいるんだよ」
「……ケッ。そういう甘っちょろいところもよぉ──」
ライガは力強く踏み込み──
「ムカつくんだよッ!!!」
──シーエへ向かい、鋭い爪を振り
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