第51話 まさかの決着

 獣人には魔力が無いから、体内の魔力を乱す“震魔掌しんましょう”は通じない。


 エルノアの短剣に塗られている毒は、奴は皮下脂肪が分厚いから、かなり深くまで刺し込まなければ効かないだろう。


 純粋な技だけで、奴の身体能力を上回らなければならない。


ヌチャッ──


 奴は俺がえぐった部分に手を当て、血を払った。


「……そういやシーエの野郎は、自分の血を飲んでたな」


 そう言われ、彼女に腕を噛み千切られた事を思い出す。


「欲求を抑えられていないのか……あれじゃあ獣と変わらねぇ。にもかかわらず見た目はほぼ人間だ。見た目が動物に近いほど力は強い、だからあいつは大した事ねぇ」


 シーエでも弱い方だというのに驚きもある。


 ガルシオンさんの仮説が正しければ、彼女は見た目が人間に近い代わりに、野性が内に秘められているんだろう。


「……あんな半端者は、死んで当然だぜ。そうは思わねぇか、人間?」


 ──自分と同じ獣人なのに、何でそんな事が言えるんだ。


 剣を握る手に、思わず力が入った。


「落ち着けアルフ、安い挑発だ」


 俺の心情を悟り、ガルシオンさんが話し掛けてくる。


「冷静さを失えば、勝機は無くなるぞ」

「……ああ」


 そうだ、落ち着こう。


 それに──さっきので、奴のスピードは分かった。


「……ふん、情の厚いこった」


 奴は再び、四足で構える。

 俺も剣を構えて、突進を待った。


 ──さっきと同じ事をすれば、失敗する危険がある。それに奴もバカじゃない、対策してくるかもしれない。


 タイミングを間違えればヤバいが……試すか、あれを。


「グルオオォッッ!!!」


 来た──ッ!!


 俺は奴の踏み込みを見て、こちらからも飛び出した。


 ──レインさんとの特訓で、空中戦を学んだ。


 奴とぶつかる直前、足先に力を集中し──跳ぶッ!


 更に重心を操作し、本来であれば前傾姿勢だったので前転するが、その逆。後転した。


ズバッ──!!


 “逆車さかぐるま

 低姿勢で高速で向かって来る、奴の上を跳び越える。

 そして奴の進行方向と逆に剣を振り、斬り裂いた。


 こちらはそこまで勢いをつける必要は無い。奴自身のスピードによってダメージは増える。そしてその流れに逆らうように剣を当てれば、大きなダメージとなる。


「決まったか!?」

「いや、斬ったのは腕だよ」


 着地し、すかさず通り過ぎた奴へ振り返った。


 咄嗟にガードしたのか、それとも最初から爪で攻撃するつもりだったのか。頭を狙ったが、奴は右腕から血を流している。


「シャアッ!!」


 すると奴は左腕を地面へぶつけ、砂や石を飛ばしてきた。


 “波動はどう


 視界が塞がれるのはマズい。俺は魔力で砂を払った。


 ……が、それはフェイントだった。奴は素早く砂煙の外側を回って来た。


「ぐあッ……!!」


 勢いよく振るわれた左腕に、俺は弾き飛ばされた。


 何とかガードして爪の直撃は避けたが……少し切られて右腕と右脇腹から出血する。


 マズい、エルノア……!


ザザザッ──


「なッ……!」


 ──奴が続けて攻撃したが、エルノアは素早くかわした。


 俺が負傷させた右腕。左腕の攻撃に対しエルノアは、体勢を下げつつ奴の右腕側へ滑り込んだ。


 ……あの低く速く滑らかな動き、ソーマさんに似ている。一緒に特訓して、体得したな。


ズブッ──


 そして短剣を、右腕の傷口へ差し込んだ。


 あの分厚い肉を、短剣で深く斬るのは難しい。だが元ある傷口なら刺さる。エルノアの器用さが活きたな。


「チィッ……」


 奴は再び砂煙を撒き、エルノアは距離を取った。


「ナイスだ、エルノア」

「協力プレー、ってやつだよ」


 本来なら、脚を斬って機動力を奪うべきだった。


 だが奴に短剣は通じづらい。だから腕の傷口を狙った。


 エルノアの短剣には毒が塗ってある。これで奴も、少しは弱るはずだ。


「……なるほどな」


 ──と、思っていたが。


 奴は弱る様子もなく、立ち上がった。


「……参ったな。毒にも耐性あんのかよ」

「動物って病気持ってても普通に生きてるもんね~……」


 弱体化デバフも効かないとなると……正攻法で倒すしかないのか。


 手数ではこっちが上、ダメージも与えている。


 だがスピードとパワーで負けているし、スタミナが尽きると終わりだ。ちまちま削ってたら詰むかもしれない。


「なるほど、よく分かったぜ。人間は滅ぼさなければならないってのは、こういう事か」


 ……何だ、何を言ってるんだ。


 まるで、誰かから聞いたような話をしている。


「テメェらは必ず潰すと決めたぜ……」


 ──殺気が、更に増した。


 今までは見下された感じがあったが、それが消えた。


 何が何でも、俺達を殺す。そんな意気込みが感じられる。


「……ミスったら死ぬね」

「ああ……!」


 理屈じゃない。相手が真に本気になった今、さっきよりも危うくなる。


ドンッッ──!!


「ガルオオオォッッッ!!!!!」

「「ッ──!!」」


 奴の凄まじい踏み込みによる爆音、耳をつんざく咆哮。


 それと同時に、俺達は武器を構えて動いた。
















ガッ────


「──なッ……!?」


 ────次の瞬間、俺達は互いに、攻撃を命中させる事は無かった。


 俺達の攻撃は、んだ。


「──そこまでだ。双方、退け」

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