第52話 戦線退避

 ──即座に理解した。そいつの強さは。


 俺とエルノアの攻撃を、そして俺達より圧倒的な膂力りょりょくを誇る獣人の攻撃を、そいつは一人で全て受け止めた。


 ……そして、受けられた感触が無かった。俺が全力で振った剣は、何かにぶつかった感じが全くせず、まるで完璧に振り切ったような奇妙な気分だ。


「おいテメェ……“退け”とはどういう事だ?」


 ライオン頭の奴は、そいつに対し『誰だ?』とは問わなかった。


「そのままの意味だ。この戦いは不毛だ、止めろ」


 そいつは全く動じる様子もなく、ライオン頭へ向かって命令口調で話す。


 ──その姿は、人型。だが見た目には人間に見えない。


「人間は皆殺しにするんだろ?」

「ああ。だが、今ではない。触手の奴が殺られ、戦力が落ちた。お前に消耗されては困る」


 触手……? この前、王都に現れたのは触手の魔物だった。


 こいつら……繋がっているのか!?


「それに……」


 そいつは、俺達の方を見た。


 ──その眼からは、殺気は感じられない。

 にもかかわらず、凄まじい圧力で押し潰されそうになった。


「個人的に、気になる事が出来た」

「チッ……」


 すると奴は不機嫌そうに、俺達へ背を向けた。


 そしてシーエを狙うでもなく、どこかへ歩いて行った。


「……」


 この場に残っているこいつは、どうする。


 わざわざ戦いを止めたという事は、今、俺達を殺すつもりじゃないだろう。先程の会話の内容もそんな感じだった。


 今は、戦力を整えている。いずれは……


「……聞いての通り、だ。人間は後に死ぬ。あらがいたくば、研鑽けんさんするが良い」


 最後にそう言い残し……そいつは消えた。


ドッ──


 腰が抜け、俺達はぶっ倒れた。


 顔から汗が噴き出す。


「…………何なんだ、あいつは……」

「……さあ……ヤっバいね……」


 もし、あいつが加勢していたら、


 いや加勢でなくとも、今2対1で戦いになっていれば、


 ……殺られて、いた。


  *


『──怖かった?』


 ──突如、視界が暗転し、眼の前に天使が現れた。


 王都で俺に語り掛けてきた彼女……確か、モルガンって名前だっけ。


『いざとなったら、私が教えた“毀核きかく”を使いなさい♪』


 毀核きかく……? あの、魔力の核を壊したやつか?


あだなす奴がいたら、あれでぶっ飛ばしちゃえば良いのよ♪』


  *


 ──視界が戻った。


 ……確かにあれには助けられた。


 けど、使った後は体がボロボロになった。もう二度と使いたくは……


 ……もしさっきのあいつと、戦う時が来たら──


「……アルフ、エルノア!」


 と考えていると、ミルフィの声が聞こえた。


 傷がある程度塞がったシーエも意識を取り戻し、付いて来ている。


「ああ、何とかなったよ」

「向こうが気が変わって帰ってくれたっつーかね~」


 ……疲れた。敵が去って、2人の顔を見れて、安心する。


 あいつの威圧感に緊張していたし、戦っている間は常に集中していたからな。


「……あの」


 すると、シーエが口を開いた。


「……本当に、すみません。私の事に巻き込んでしまって」


 彼女は深く頭を下げ、謝罪した。


「謝らないでよ、俺達がしたくてしたんだ」

「そーだよ。放って置けないじゃんね」


 俺達はフォローするが、やはりシーエは納得しない。


「……皆さんには、危険に遭って欲しくありません。だからもう、私とは──」


 シーエはふらふらと、歩き出した。


 俺は立ち上がり、彼女を追い掛けて、手を掴んで引き止めた。


「ごめんなさい、私は皆さんに……」

「謝るな」


 思わず、口調が強くなった。


「……え?」

「今、一番つらいのは……シーエだろ」


 自分で自分を抑えられず、どうすれば良いのか分からなくて悩んで……


 里を焼かれて、同族に殺されかけて……シーエが一番、苦しんでいるはずだ。


「シーエが周りに気を遣ってくれるのと同じように、俺達もお前が心配なんだ」


 家を失い、家族や友達もどうなったのか分からない。


 シーエに比べれば規模は小さいが、俺も、俺が死んでからの皆の様子が心配だ。


「……俺達は、味方だから」


 この里を焼き払ったのは、人間の可能性が高い。それなのに同じ人間である俺達がシーエに関わるのは、正直気まずい。


 けど……里の皆と離れ離れになった今、人間までも敵だと思ってしまったら、シーエは本当に孤独になってしまう。


「……う、うぅ……!」


 シーエは顔をゆがませ、涙をこぼしながら、急に力が抜けた。


 倒れ込んだ彼女を受け止めると──


「……すぅ……すぅ……」


 ──そのまま、眠ってしまった。


 きっと、精神的に参ったんだろう。色々な事があったし、魔法で傷が治っても精神的な負担は消えない。


「……しばらく、寝かせてあげよう」

「うん。あ、そうだ。起きたらお腹いっぱい食べさせてあげようよ。この子、満腹の時は正常だったしさ」

「うむ。動物としての衝動は、生きる為に必要な“食”が不足した時に起きるのかもしれん。あのライオンと戦ったのなら、カロリーも消費しただろう」


 一旦シーエを離そうとした……が、いつの間にか腕を握られており、力が強くて離しづらい。ていうかライオン野郎にやられた傷に当たってめっちゃ痛い。


「わは、アルフ君はシーエちゃんかかえてなよ♪」

「……むぅ」


 ミルフィが頬を膨らませながら、俺達の傷を治してくれた。


「んじゃ、パパっと狩って来るね~」


 エルノアがそう言って歩き出そうとした……その時。


「……あ、あのっ!」


 猫のような耳と尻尾を生やした女の子が、ここへ現れた。


「わ、私……シーエちゃんの友達です。シーエちゃん、無事なんですか……?」


 ──良かった、まだ獣人が残ってたのか。


「ああ、大丈夫。あのライオンの奴もどこかへ行ったよ」

「……よ、良かったぁ……!」


 彼女は安心して力が抜けたのか、ペタンと座り込んだ。

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