第25話 巌を喰らう者

 短剣を構えて魔物を警戒しつつ、デトラを少しずつ逃がすエルノア。


「あ、あなた達……は、早く逃げて……」

「もちろん逃げますよ。まあ俺達強いんで大丈夫、多分」


 そう言いつつ、エルノアは少しばかり思考する。


(はぁ〜……どう見ても、短剣が通じる相手じゃないよね。秋人くんほど力無いし。せっかくの技も使えないや)


 次の瞬間、魔物が繰り出したのは、

 パンチでも、キックでも、噛み付きでもなく──岩。


「うぇっ!?」


 魔物の口が大きく開かれ、大きな岩が吐き出された。

 すかさず秋人が剣で両断し、ミルフィが魔力で粉々にする。その破片がエルノアの方へ降り注いだ。


 “雨凌あましのぎ”

 エルノアは左右の短剣を素早く振るい、破片を全て打ち落とした。


「あっぶね~……大砲かよ」


 予想だにしなかった攻撃に驚きながらも、エルノアはデトラを連れて距離を離す。


「グオォッ!」


 攻撃が防がれた事に腹を立てたのか、魔物は腕を振るい、目の前の秋人を殴り掛かった。


 “石火脚せっかきゃく

 一定の速度を維持する“水流脚すいりゅうきゃく”に対し、こちらは瞬間的な速さを発揮する。初速が速く、緊急回避や急接近に使える。


 秋人は素早く回避した。しかしその攻撃の威力により、地面が揺れ、亀裂が入る。


「すげぇパワーだ……しかも岩を吐き出して遠距離攻撃も出来る」

「だが小僧、弱点ならあるだろう?」


 秋人はうなずく。

 弱点は関節。身動きを取る為には、関節の可動域は開けていなければならない。甲冑も関節だけは無防備である。


 “水流脚すいりゅうきゃく”へ切り替え、秋人は魔物へ向かった。


「関節に“波動はどう”を撃ち込む!」

「正解だ、やれ!」


 魔物を翻弄しながら接近する。

 ……が、魔物は暴れ出し、再び地面が揺れる。


「うおおッ……! これじゃまともに戦えねぇぞ!」

「落ち着け、バランスを取るんだ!」


 それを見て、ミルフィは地面に魔力を走らせ、魔物の足元を凍らせた。


「グオォッ!!」


 しかしそれも、あっさりと壊される。


「まずは動きを封じるべきか……? “震魔掌しんましょう”を試すか」

「いや、奴の体は岩石で覆われている。まともには通じまい」


 やはり、関節へ魔力を撃ち込む他ない。

 攻めようとする秋人。だが魔物は、再び岩を吐き出した。


 それも──ガトリングのように連続で。


「ッッ!!!」


 “水流脚すいりゅうきゃく”で回避する。

 だが魔物は足を踏み込んで地面を揺らし、その歩行を止めた。


「俺で受けろ!」


 ガルシオンが叫び、言われた通り剣でガードする。

 最高の鉱石が使われ、ガルシオンが魔力を込めて守っている剣。折れる心配も、魔力を込める必要もなく、秋人は守りに徹する事が出来た。


「奴の体内の岩石が無くなるのを待つんだ、耐えろ!」


 ガルシオンの言う通り──岩石の連射は、次第に弱くなる。


「よし、行け!」


 遠距離攻撃が終わり、接近戦となる。

 しかしまだ、相手が有利。魔物の一挙一動で地面が揺れ、まともに走れない。


バシャッ!


 その時、ミルフィは魔法で水を噴射し、魔物へ掛けた。

 そして電気を流し、魔物を感電させる。


「グォッ……!」


 魔力を素に生み出した電気なら、狙った獲物に当てられる。魔力を真っ直ぐ飛ばせば良い話だからだ。


 しかし精密には狙えず、魔物の関節には当てられない。かといって高出力にすれば、暴走して近くにいる秋人や自分も感電してしまう恐れがある。

 そこで水で濡らし、それを伝って電気を流した。無論、この方法でも高出力にすると周囲へ被害が及ぶので、抑えている。


「サンキューミルフィ!」


 動きの鈍った魔物へ、秋人は“石火脚せっかきゃく”で接近した。

 そして魔物の右膝へ、“波動はどう”を撃ち込んだ。


「よし!」


 片脚の破壊に成功。更に機動力を奪った。


ドガガッ!!


「がはッ……!?」

「アルフ!!」


 ──それと同時に、何発もの岩石が秋人の体に減り込む。


「まだ、ストックがあったのか……!?」


 つい先程、大量の岩石を放出して止まった魔物。もう来ないと思われたが……


ビキビキッッ!!


 その時、地面に大きな亀裂が入る。

 亀裂はどんどんきめ細かく広がり、平坦さを失う。


 そして──わずかに、地面が下がった。


「ッ……! あいつ、まさか……吸っているのか、岩石を!?」


 魔物の足裏には穴があり、そこから地面を砕き、岩石を体へ取り入れていた。


グシャッ、グシャッ──


 魔物は突然、咀嚼そしゃくを始めた。

 そして口から、砂煙を吐き出した。取り入れた岩石を噛み砕いたのだ。


「うッ……!」


 この空間が砂煙に覆われ、視界が奪われる。


「おい、来るぞ!」


ドドドッ……!


 ガルシオンが呼び掛けるが……次の瞬間には、再び秋人へ無数の岩石が当たっていた。


「グオォッ!!」


 そして魔物が、拳で追撃する。

 その前にミルフィが魔法で突風を起こし、砂煙を払った。


 それにより秋人は攻撃に反応するが……地面を砕くほどの剛力に押される。不安定な足場により逃げづらく、一方的に殴られ続けた。


「ッ……!!」


 見かねたミルフィは、手を交差し腕をひねる。


 “螺旋魔式らせんましき

 晃との戦いで使用した技。魔力をねじって放つ事で、威力と貫通力を増加させる。


 ミルフィは秋人を助けるべく、高出力で魔力を撃った。


ズドォッッ!!


 魔力が直撃し、魔物の攻撃が止まり、岩石の鎧が一部砕ける。


 しかしこの技は、捩れる故に正確な射撃が難しい。更には足場も悪い。

 高威力な事もあり、魔物に当たってから更に飛び、壁へぶつかった。亀裂の入っていたこの空間に、その衝撃は響く。


 そして──地面が崩落した。


  *


 ──どれほど落下しただろうか。

 先程の空間の、更に下層へ落ち、秋人とガルシオンは埋まっていた。


「……おい小僧、生きてるか?」

「…………ん、まあな……」


 “魔鎧まがい”で肉体を強化していなければ、生きていなかっただろう。

 降って来る岩石は、剣でガードしていた。


「……あんたって、痛みとか無いのか?」

「ああ。俺は魂の存在だからな。例えこの剣が折れても俺は痛くねぇ」

「……すげぇな、この剣。普通のだったら、とっくに折れてるよ」


 秋人は痛みに耐えながら会話をする。


「……あの魔物、動かないな」

「分かるのか?」


「……ああ。魔力を感じ取るのは得意なんだ」

「右脚は壊した。まともには動けないだろうし、受け身を取る技術もないだろう。流石の奴もタダでは済んでないだろうな」


 2人はひとまず安堵する。

 ──すると、埋まっていて暗いそこへ光が射し込んだ。


「……アルフ!」


 岩を退かし、ミルフィが覗き込む。


「……大丈夫?」

「……ああ。悪いけど、出るの手伝ってくれるか?」


 ミルフィは非力ながらに頑張って岩を退かし続け、秋人が何とか出られるようにした。

 そして魔法で、秋人の体を回復させる。


「ありがとう、助かった」


 周囲を確認すると、あの魔物は離れた所で岩石を食べていた。


「……あいつ、岩を食料にしているのか? この鉱山は奴の餌場って訳か」


 食べるのに夢中で、秋人達には気付いていない。


「よし、今の内に逃げるぞ」


 ガルシオンがそう提案する。

 ──だが、秋人は思い悩んだ。


「……このままあいつを放って置いたら、これからデトラさんが安全に採掘できないんじゃないか?」

「それはそうだが……」


「何とかここで倒せないかな」

「……止めておけ、さっきの時点でも押されていただろう。それにここは奴のテリトリーだ。相性が悪過ぎ──」


 突然ガルシオンは言葉が止まった。


「……? どうしたんだ?」

「これは、まさか……おい、あいつにバレない程度に足踏みしろ!」


 言われるがまま、秋人は地面を踏む。

 乾いた音が鳴った。


「この床……クォトリアライトだ! もう見つからないと思っていたが、下層に隠れていたのか!」

「なあ、今は鉱石の話してる場合じゃ……」


 呆れる2人だが、ガルシオンは続けた。


「さっきは足場が悪く、上手く戦えなかったが、この床なら戦えるかもしれんぞ。それに、今ここで倒さなくてはならない理由が増えた」

「なんだ?」


「奴の特性だ。岩石を喰って、岩石の皮膚が出来上がっている。もし奴がクォトリアライトを喰って、それが身に付いたら……」

「……倒すのが、更に困難になるって事か」


 あくまで憶測でしかないが、可能性はある。


「あれは強い。“三龍剣”に駆除を依頼すべきだが……」


 国王直属の護衛、三龍剣。あの魔物はそれに匹敵すると、ガルシオンは踏んだ。


「剣の道を極めるのならば……やってみるか?」


 そう聞かれた秋人は、自分の言った言葉を思い出す。

 師匠のような剣士になる──と。


「ああ、やるよ」

「なら俺も手伝ってやる。小僧、俺が流す魔力を受け取れ」


 剣から魔力が流れ、秋人の体と繋がる。


「これはちぎりを交わす魔法だ。魔力が繋がっている限り、この剣はお前の所有物となる。魔力と魔力が、磁石のように引かれ合う」


 秋人は今──剣と一体化する感覚を得た。

 この剣がどこへ行こうとも、手に握っているかのような──


「よし、やってみろ小僧」


 秋人は魔物へ向かった。


 気付いた魔物は振り向き、足を踏み締める。予想通り、地面は多少揺れはするものの、亀裂が入る事はない。揺れも先程よりは小さく、秋人は問題なく進んで行く。

 魔物は砂煙を吐くが、すかさずミルフィが吹き飛ばした。


「グオオォ!!!」


 速度で勝る秋人に翻弄され、魔物は怒り暴れた。


 魔物の連撃を、“水流脚すいりゅうきゃく”で滑らかにかわす。

 しかし地面が度々揺れるので、その際にはバランスを取らなければ転んでしまう。

 そして踏ん張っていれば隙が生まれるので、すかさず“石火脚せっかきゃく”で急発進する。


(この小僧……攻略法を考えたな。それに、魔物の動きを読んでいる……?)


 魔力が少なく、感じ取るまでに時間を要し、敏感になった秋人。

 剣豪ダイアスの達した境地、“魔力の起こり”を読み掛けている。


 ──とはいえ、相手は知能が低く動きが適当。魔力も包み隠す事なく発揮しており、読むのは比較的簡単。まだまだ師のようにはいかない。


 水流脚すいりゅうきゃく石火脚せっかきゃく

 “飛魚トビウオ”。


 緩急、静と動、目まぐるしく代わる代わる動きで、相手を惑わせる。


ズキッ……!


「ぐッ……!」


 ダイアスに教わった技ではなく、秋人がこの場で考え試みた動き。

 付け焼き刃ゆえに完璧には出来ず、激しく緩急をつけるだけに足への負担は大きい。


チュドドッッ!!


 ミルフィも魔力で魔物を妨害した。

 更に下層へと落ちた今、なおさら大規模攻撃は危険である。


「手伝うぜアルフくん!」


 そこへ、無事デトラを村まで送り届けたエルノアが戻って来て加勢した。


 短剣を魔物へ投げつける。だが激しく暴れる魔物には、非常に狙いづらい。

 投げられた短剣は、明後日の方向へ向かってしまった。


ボンッ!


 ──だが、それは計算の内。

 予め短剣には魔力が込められており、それを爆発させる事で軌道を変えた。


 短剣はブーメランのように大きく曲がり、魔物の関節へ刺さった。傷は浅く、痛がる様子は無いが、毒が回って動きが鈍る。


「よし、俺を投げろ!」


 初めは剣での接近戦で倒そうとしていたが、相手の攻撃が激しく、秋人の足も限界が近く、無理と判断。

 秋人はその剣を、遅くなった魔物へ投げつけた。


 魔物の左膝を切り裂き、両足をやられた事で魔物は地面に手をつく。

 飛んで行くガルシオン。だが──2人の間を繋ぐ魔力が、それを引き戻した。


「うおぉッ!!」


 秋人は無手で魔物へ飛び掛かる。


パシッ!


 そして空中で戻って来た剣をキャッチし……魔物のうなじへ、突き刺した。


 “波動はどう

 魔力を思い切り撃ち込み、傷口から血が噴き出す。


「……ふぅ〜……」


 秋人は地へ降り、疲れて座り込んだ。


「無理だったか……」


 技術のみで倒せなかった事に、少しばかり悔しむ。


「……ま、死ななくて良かったな」


 ガルシオンは、そう呟いた。

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