第26話 夢見る奇妙な剣

 ガキながらに剣を格好良いと思って、剣士に憧れて……


 具体的にどう生きるのかとか、一切考えずに剣を振り、ある程度強くなったらすぐ村を飛び出した。


 そして出会ったんだ──めちゃくちゃ強え剣士に。


『おー、大丈夫か?』


 その辺の弱い魔物を簡単に倒せて、調子に乗っていた俺。


 目の前に立ちはだかった強敵に、俺は初めて恐怖した。


 震えて動けなくなり、大好きな剣を手放し、腰を抜かした。


 “死”を直感した。


 ──そんな俺に、そいつはさも普通のように話し掛けた。

 目の前の魔物など、意に介さず。


『なるほど、こいつはその辺のザコとは違いそうだな』


 そいつは余裕に満ちた表情で剣を抜き、


『安心しろ──倒してやるからよ』


 圧倒的だった。俺が恐怖した魔物を、一瞬で倒してみせた。


『ほら、立てるか?』


 笑顔で手を差し伸べるそいつは、太陽のように眩しかった。


 強いだけじゃねぇ。その自信とプライドが、異様な安心感を与えてくれた。そしてあいつには、驕り高ぶるだけの実力が備わっている。


『助けてくれて、ありがとう。……なあ、俺、剣が好きなんだ』

『お、そうなのか! かっけぇもんな!』

『……教えてくれないか、お前の剣術』


 ──その日から、俺の人生の主人公は、俺からダイアスへ変わった。


 もう一人、俺の前にダイアスと一緒にいた、リンゼという女がいる。


『今回はトドメをさした俺の手柄だな!』

『何を言う。私が弱らせて動きを鈍らせたからだろう』


 2人共、誰なら勝てるんだってくらい強い。

 そしてどちらも自信家で、よく競い合って喧嘩していた。


 ──の割には、やたらコンビネーションが良い。というか男女2人がよく、喧嘩しながら今までやって来たな。


『なあ……リンゼはどんな男が好きなんだろうな。いや別にあいつの事とかどうでも良いが、あんな面倒臭い性格でどんな男を好むのか、気にならねぇか?』


『なあ……ダイアスはどんな女が好みなのだ? いやあんなやかましい男に興味は無いが、私を差し置いて選ぶ女がどんなものなのか、気になるだろう?』


 俺はこの時『面倒臭え〜……』と思った。

 20歳超えた大人がな〜にピュアな恋愛やってんだ。普段は自信満々な癖に。


 ……しかし考えてみれば、俺が加入した事で表立ってイチャつけねぇんだよな。

 そんな申し訳なさがありつつも、この3人での旅は楽しく、ダイアスに剣術を習うのも面白く、俺は旅を続けた。


『うわあああぁ〜ッッ!!!!!』


 ──あの時までは。


 振れども振れども、ダイアスに追い付けるビジョンは見えなかった。

 鍛えれば筋肉は付くし、練習すれば技は覚える。だが……自分が強くなったと実感するには、何か足りなかった。


 そんなあの時、かつてダイアスに命を救われた時の魔物と出会った。


 今の俺なら勝てる、そう思った。


 しかし──俺の右腕は千切られた。


『落ち着け、今治す!』


 リンゼがすぐに魔法をかけ、腕を接合してくれた。

 だが後遺症は残り、腕はずっと痺れるように。


 何より……大好きな剣を握る利き腕が、あんなにも簡単に失われ……俺はもう、戦えなかった。


 何年も修行したってのに、あの時の魔物にも勝てなかった。それ以前にも、旅の行き先が少し危険になると、俺は2人に守られながら進むようになっていた。


 ──頃合い、だな。


『今までサンキューな』


 俺は村へ戻った。限界を感じたんだ。

 きっとこれから、あの2人も上手く結ばれるだろう。


 そして俺は、剣への情熱を捨てられず、鍛冶職人になって剣を作ろうと考えた。

 楽しいもんだ。自分の手で、カッコいい剣を作れるんだから。


 毎日毎日、鍛冶に明け暮れた。こっちに才能があったのか、わずか数年で俺の剣は有名になり、世界中に高値で売れるようになった。


 ──だが、なんだ、この気持ちは。

 俺は今、一体何をやっているんだ?


『よ、ガルシオン! お前すげぇな! この剣、重宝してるぜ』


 俺の憧れた剣士が、俺の作った剣を振るっている。

 これ以上の幸せがあるだろうか。もっと、もっと良い剣を作ろう。


 ──そんなある日、つい数ヶ月前の事だ。


『久し振りだな、ガルシオン。元気にしていたか?』


 リンゼが俺のもとを訪れた。


『何か用か?』

『なに、私も魔法を更に磨いているからな。近況報告だ』


 リンゼは部屋を見回し、俺の作った品を確認する。


『大したものだな……その痺れた腕で』


 一度千切られ、接合された右腕。

 治してくれたリンゼには、感謝してもし切れない。


『ああ、俺の腕も捨てたもんじゃねぇな』

『……そうだな』


 するとリンゼは、俺の隣へ来た。


『今更だが……私は魔法による回復を、あの時よりも高めたぞ。見せてやる』


 とっくの昔に後遺症が残った右腕へ、リンゼは手をかざす。

 すると──腕の痺れが、消え去った。


『……ッ! これは……』

『不自由を残して、すまなかったな』

『いや、繋げてくれただけで感謝しているんだ。その上、痺れも取ってくれるとは……』


 そこから重苦しい空気は無くなり、リンゼの自慢話が始まった。


『5年ほど前、ある女の子を拾った。可愛らしい顔をしているが、火傷痕があってな。それを治したんだ』


 5年前か……デトラを弟子に取ったのもその辺りだな。


『それから少しして、少年2人がドラゴンに襲われているのを助けたな。一人は攻撃を受けて瀕死だったが、私の魔法も更に磨き上げたからな。そこから完治してやったぞ♪』


 へぇ……凄いなこいつは。


『それから……お前だ。単純な細胞のダメージと、後遺症のような不具合とでは、治し方が色々と違ってな。手間取ってしまった』

『……ありがとな』


 ──ああ、そうだ。


 俺はまた、こんな良い奴らと旅がしたい。

 別に、強くなれなくたって良いんだ。ただ、旅には危険が伴うから、必然的に強くならなくちゃならない。


 ……悔しい、なぁ。


『……なぁ、リンゼ。ちょっと協力して欲しい事があるんだ』

『どうした? 私に出来る事なら──』


  *


「あ〜……足痛え」

「大丈夫アルフくん?」


 また、旅に出てみたかった。2人の足を引っ張りたくなかった。

 だから……何なら物にでもなって、付いて行けたらなと思ったんだ。


「ああ、助かったぜ。何とか倒せたな」

「いえーい」


 ハイタッチするこの2人に、懐かしさを覚える。

 こいつら……まだ若いのに、強えじゃねぇか。


「これでデトラさんが、安心して採掘できるな」


 ──ッ。


『なぁダイアス……逃げようぜ。あの魔物、めっちゃ強えしよ。まだこっちに気付いてないし、今の内に……』

『いや、今なら背後を取れる。チャンスだ、倒しちまおう。どっか行っちまったら、またいつ遭遇するか分からねぇだろ?』


『けどよ……』

『このまま危険を残して進んだら、お前も怖えだろ?』


 ……そうか。


「ミルフィもありがとな」

「……ん」

「わは、大変だったね~2人共」


 ダイアス……お前は本当に、負けたのか?

 そんなヤベえ敵がいるってのに……このガキ共は旅をしているのか。


 ……アルフ、と言ったな。まだ15くらいか。

 だがさっきの戦い……全盛期の俺よりも……


「……おい、ひとまず村に帰るぞ」


  *


 ノアーツ村へ戻り、鍛冶屋へ向かった。

 デトラさんはすぐに出て来て、俺達に礼を言う。


「助けて頂き、ありがとうございました! 何と礼を言えば良いか……」

「いえ、無事で良かったです。これで、これからも採掘が出来るかと」


 色々と話をした後、ガルシオンさんが喋った。


「ようデトラ、久し振りだな!」

「うわぁ剣が喋った!?」


 事の顛末てんまつを話し、デトラさんは亡くなったと思っていた師との再会に喜んだ。


 そして──ガルシオンさんに、師匠からの手紙を見せた。


「……うむ、確かにダイアスの字だな」


 読み終え、師匠が満身創痍である事、俺達がある目的で旅をしている事を理解してくれた。あと、俺に新しい剣が必要な事も。


「良いか? 俺は至高の剣。剣豪に使われるべき存在だ」

「はいはい」

「だが──お前はまだまだ未熟だ。このままでは危なっかしい。ダイアスの弟子のお前をみすみす危険に晒す訳にはいかんな」


 ……え?


「仕方ねぇからしばらく使われてやる感謝するが良い。ただし! これから鍛練に励み、ダイアスのような剣豪になると約束しろ! 俺を使うのは出世払いだ」


 いやいやいや、さんざん俺には相応しくないとか言っておきながら、いきなり使えとか意味分かんねぇ。


 ……しかしデトラさんの目の前で、その師匠の申し出を断るのは気が引けるな。


 断る理由も……頑丈で良い剣だし、これからの戦いに役立つな。懸念すべき点は、べらべら喋ってうるさいところか。


 ……まあこちらとしても、師匠の親友を剣の状態のまま放って置くのも可哀想だよな。それにこの人も昔は旅してたし、きっと経験豊富だろう。


「……んじゃあ、宜しくお願いしますよ」

「おう、大事に扱えよ!」


 ──こうして俺は、頼もしい武器を手に入れた。

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