第三章 至高の剣!?

第22話 それは伝説のように

 出発する前に、リンゼさんの魂に関する研究資料を、ミルフィに見て貰った。


「……なんて言ってるかは、分かる。でも、原理は分からない」


 と、頭を悩ませていた。よほど難しい内容らしい。


 そこで、もっと多くの魔法使いに聞いて回る事にした。その中には一人くらい、原理を解き明かせる人がいるかもしれない。

 この世界で俺達が生まれ、今こうして歩いているのは、エスタミアという国らしい。その王都へ行けば街は発展しており、腕の立つ魔法使いが居るそうだ。


 という訳で、次の目的地は王都──といきたいが。


 俺の剣が折れていて、このままじゃまともには戦えない。まずは剣を新調しないとな。


「んじゃあ王都の前に、ノアーツ村って所に行きな」


 剣の事を師匠に話すと、そう言われた。


 師匠はリンゼさんと、あともう一人の3人で旅をしていた。

 そのもう一人が、ガルシオン=ユルさん。旅が終わってから鍛冶職人になって、ノアーツ村という所に住んで、主に剣を作っているそうだ。


「あいつの作る剣はすげぇぞ。王都の兵士達にも愛用されてるらしいからな。値段は高いが、まあ俺の弟子って事でタダで貰って来い!」

「いやいや貰えないって」


 師匠が貰って、それを俺にくれるなら良いが……俺が弟子を名乗って寄越せと言うのは申し訳ない。というか、どうやって弟子だと証明すれば良いんだ。


 そう伝えると、師匠は何とか動く右手で手紙を書いてくれた。ガルシオンさんへの言葉と、自分の事と、俺達の事。


 師匠が剣豪と呼ばれているのは事実だが、それは世界各地で活躍したからであって、役職に就いている訳ではない。

 だから免許証や名刺は持っていないそうだ。その代わりに手紙を渡された。


 ──まあそんな訳で、まずノアーツ村へ行って剣を買う事にした。ここからそう遠くはなく、日が暮れる前には着けそうだ。


「魔物が出るから、気を付けろよ?」

「……ん」


 あまり外に出た事のないミルフィに、そう注意する。

 俺も周囲の魔力を感知して警戒する。彼女を守れるよう、しっかりしないとな。


  *


 ……と思っていたが、杞憂だった。

 遭遇した魔物は、ミルフィが瞬殺してくれた。


「わは。俺ら男2人がさ、女の子に頼ってばっかで立つ瀬ないよね~」


 エルノアがそう言ってきて、何だか情けない気分になってくる。

 いや、別に戦えるし。てか魔法が便利過ぎるんだよな。


 かく言うエルノアも、魔法で荷物を収納してくれている。……もしかして、俺が一番、活躍できてないか?

 そんな考えたくない事は横に置いておき……特に問題なく、ノアーツ村へ到着した。


「お、結構しっかりしてるというか……」

「うん、賑やかそうだね。師匠からは悪い話も聞いてないし」

「……」


 何となくだが、平和そうな村だ。

 入る際、ミルフィはフードを被って顔を隠した。知らない場所や、他人に見られるのが怖いのかもしれない。


「ミルフィ、大丈夫か?」

「……うん」


 とりあえず、早速ガルシオンさんの店に行こう。


「あの、すみません」

「はい?」


 適当に、歩いている男性に話し掛けた。


「ガルシオン=ユルさんの経営する鍛冶屋が、どこにあるかご存知ですか?」

「……君達、ガルシオンさんに会いに来たのかい?」


 ただ場所を聞いただけなのに、何故か男性は顔をしかめる。


「──彼なら、もう亡くなっているよ」


 ……そう、言い放った。


「…………えっ」

「数ヶ月前にね。……彼の弟子なら居るよ。デトラっていう若い子が、その鍛冶屋を継いでるんだ。……良ければ会ってみたらどうかな?」

「……はい、そうしてみます」


 ……嘘だろ、ガルシオンさんまで……?


「鍛冶屋の場所は、この道を真っ直ぐ行って、2つ目の角を右に──」

「──はい、はい──ありがとうございました」


 場所を聞いて、俺達は向かった。


「う〜ん、まさか、ね〜……師匠、何て思うやら」


 エルノアがそう呟く。

 師匠……リンゼさんもガルシオンさんも、昔一緒に旅をした仲間を失うなんてな。


「……」


 元から口数の少ないミルフィだが、さっきからずっと俯いて押し黙っている。これから会うデトラさんと、師匠を亡くしたという同じ境遇だから、何か思うところがあるのかもな。


 気分が沈み、特に話す事もなく歩いた。


「赤い屋根……お、ここだな」


 そうこうしている内に、目的の鍛冶屋へ到着した。


  *


 何だか古臭く、年季を感じる建物。

 だが全くボロボロな部分が無く、きっちり建築されて手入れもされているようだ。


「お茶です、どうぞ」

「ありがとうございます」


 頭にバンダナを巻いて、いかにも職人っぽい感じの人、デトラ=ペレットさん。

 恐らく20歳前後だ。いつ弟子入りしたのか知らないが、まだまだ修行途中なのかな。


 師匠の手紙を渡し、俺とエルノアがその弟子だと話すと、こうしてお茶を出して話に応じてくれた。年下の俺達にも敬語を使って、優しそうな人だ。


「ダイアスさんの事は知っています。師匠から聞かされていたので。凄腕の剣豪で、どんな魔物でも斬ってしまうとか。師匠はそんなダイアスさんの為に剣を作るのが楽しそうで、『至高の剣を作るぞ』とよく言っていましたよ」

「そうですか……師匠は今、先の戦いで怪我を負って療養中です。それで、俺の使っていた剣が折れてしまって、良い剣を紹介して頂ければと……」


 『下さい』とか図々しい事は言えないから、紹介と言っておいた。買うつもりではあったが、まあ節約はしたいし、あわよくばって事で。

 ついでに折れた剣を見せておくか。


「ふむ……よく出来た剣だ。きっと師匠の打った剣で間違い無いと思います。これが折れて、ダイアスさんが怪我を負うとは、かなり危険な戦いだったんですね。あなた方が無事で何よりです」


 剣を見て、どこか懐かしそうな表情を浮かべるデトラさん。


「師匠の剣は高いですよ。とても子供が小遣いで買える物では……」


 ……だそうだ。俺、そんな高価な物を振り回していたのか。

 師匠は強いから、まあ色々と稼いでいただろうし、ガルシオンさんとも親友だから剣をたくさん持ってたんだな。


 旅の資金は、アルフとエルノアの両親が貯めてくれた分、師匠が出してくれた分……そしてリンゼさんがミルフィの為に貯めていた分。後は随時、魔物を狩って売って稼ぐ。

 まだ余裕はあるが、これから何が起こるか分からないし、なるべく節約したい。


「差し上げたいのはやまやまですが……師匠の剣は出荷済みなので、僕がこれから打つ剣しか無いですね。師匠からはよく『そんななまくらで斬れるか』と怒られていたんですが」

「いえいえ、頂けるだけで嬉しいですよ!」


 ガルシオンさんって、厳しい人だったんだな。

 けどとりあえず、俺には武器が必要だ。普通の剣でも構わないし、名匠の弟子であるデトラさんが打った剣なら信用できそうに思える。


「……あ、そうだ!」


 するとデトラさんは突然、何か思い付いた。


「師匠が亡くなる少し前、師匠はかなり良くできた剣を持って『今度こそ至高の剣を完成させるぞ!』と言って出て行ったんです。師匠は戦闘も強いので、自分で素材を集めに行く事も多く、いつもの事だと放って置いたんですが……あまりに戻って来ないので探しに行くと、既に亡くなっていました」


 そうだったのか……


「しかし師匠は、満足そうな表情で倒れていました。そしてその傍らには、持って行った剣が飾るように刺さっていたのです」


 飾るように刺さっていた剣。それを聞いて俺は、あるモノを想像した。RPGに登場しがちな、主人公が手に入れる伝説の剣。主人公の為に用意されたかのように、地面に刺さっているという物だ。


「もしかすると師匠は完成させたのかもしれません、至高の剣を……師匠はその場で埋葬して墓を建てて、その剣は刺さったままにしています。師匠はダイアスさんに剣を使って貰うのを楽しみにしていました。その弟子であるあなたに使って貰えれば、きっと師匠も喜ぶと思います」


「俺が頂いても良いんですか?」


「師匠は剣を大事にする人ですから。ずっとあの場に置かれて錆びてしまうのは望んでいないはずです。そろそろ墓参りついでに持ち帰って研ごうかと思っていました。剣は何かを斬る為の物ですから、ぜひ使って下さい」


  *


 デトラさんの許可を貰い、俺達は剣を取りに向かった。墓参りもしたいから、花屋に寄ってちょっとした花束を買って行った。


 その場所というのが、村から少し離れた丘の上。鮮やかな黄緑色の雑草が生い茂り、登ってみると自然を見渡す事が出来て良い場所だ。


 頂上に来ると……あった、ガルシオンさんの墓だ。

 こう言うと不謹慎かもしれないが……綺麗な場所だし、最期がここというのは風情を感じる。今日は晴天だしな。


 傍に花束を置いて、手を合わせた。師匠の親友であり、今までこの人の剣に世話になってたし、感謝して……


 さて、例の剣がこれか。鍔のところにキラキラした綺麗な宝石がはめ込まれている。

 確かに飾る感じというか、意図的に刺されたように見える。真っ直ぐ深々と埋まっており、無造作とは思えない。ただ置くだけなら深く差し込む必要はないし、死に際だったならそんな余裕もないだろう。


「それじゃあ……剣もこんな所で錆びるのは不本意だろうし、使わせて頂きます、ガルシオンさん」


 俺は剣を握り、引き抜いた。

 剣の良し悪しは分からないが……何故か錆びた感じは無い。でも一応デトラさんに見せておいた方が良いか。


「──ちょっと待てい」


 ……ん?


「何か言ったか?」

「いや?」

「……」


 ミルフィは首を横に振る。

 え、今、声がしたよな?


「離せ。お前のような青二才に使われるか」


 ──と、何者かの声と共に、


 俺の手から剣が勝手にすっぽ抜け、


「お前は……木刀でも買ってチャンバラでもしてな」


スパッ!


 剣はくるくると回り……俺の手の甲を斬った!


「痛ってええぇ!?」

「うえぇ!?」

「……!!」


 な、なんだ!? 剣が勝手に動いた!?


 ていうか、さっきから聞こえるこの声……


「俺はなあ、俺が作った最高の剣! ガキが使って良い代物じゃねえんだ!」


 俺の手から離れ、ぴょんぴょんと跳ねる珍妙な剣。


 ……とりあえず斬られてムカつくし埋めるか。魔物かもしれないし。


 俺はもう一度その剣を掴み、思いっきり地面に突き刺した。


「あああああああ!? 何しやがる! てめぇ剣士なら剣を大事にしろよ!」

「剣っていうのは動いたり喋ったりしないんだよ!」


 何なんだこの剣……魂でも宿ってるのか?


 『俺が作った最高の剣』『剣を大事に』……


「……まさか、あんた……」

「ふん、ここに剣があると聞いて取りに来たな? 残念だがそうはいかねぇ。俺は最ッッ高の鍛冶職人、ガルシオン=ユル様だぁっ!」


 ……いやいや。いやいやいやいや。


 死んだって聞かされたし、ちゃんと葬式も挙げられたそうだし、この墓に肉体は埋まってるんだろ?


 なんで剣になって生きてるんだ。いや生きてはいないのか?


 あとやっぱり自己主張が強い。同じ気質の人は引かれ合うのか?


「……え〜と、ガルシオンさん? なんで剣に? 俺、師匠……ダイアスさんの弟子で、剣が折れたから何か代わりが貰えたらなと……」

「何、ダイアスの弟子だと?」

「えっと証拠は……手紙を預かってるけど、今はデトラさんに渡してる」


 初対面でタメ口聞いちゃったし、目の前に居るのは年上のおじさんじゃなく剣だし、敬語がしっくりこないな……


「そうか……ならば教えてやろう。なぜ俺が剣になったのか──」

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