第20話 剣豪

 凄まじい爆発により、煙が立ちめる。


「う……ぐ……!!」


 秋人、エルノア、ミルフィは爆発に巻き込まれ、倒れ込んだ。


 秋人はミルフィを抱いて走っていた為に防御が出来ず、爆発を喰らった。

 防御をしたエルノアも、どちらにせよ大ダメージ。

 ミルフィは秋人が盾となり、さほどのダメージは無いが……元から重傷を負っていた体にはかなり応えた。


 ──最悪の事態が起きてしまった。追い込まれた晃は、魔力を思い切り放出したのだ。


「……ッはぁ……! か、は……!」


 背中を焼かれ、秋人は悶え苦しむ。


(マズい、このままじゃ……)


 自分も、エルノアも、ミルフィも動けない。

 晃は無尽蔵の魔力と、瞬時に回復する魔法を持っている。こうして倒れている間に晃は回復し、トドメを刺しに来るだろう。


 ──そこへ、足音が近づく。















「……悪いな、待たせちまった」


 剣を携え──秋人とエルノアの師、ダイアス=バルキアスがやって来た。


「よく戦った」


 そう労い、ダイアスはミルフィの手に触れる。


「俺達は全員、大した回復の魔法を使えねぇんだ。悪いが、頼むぜ」


 ダイアスは自分の持つ魔力のほとんどを、ミルフィへ渡した。

 ミルフィはすかさず、自分達を回復する。

 命を取り留めるよう、最低限の体力が戻った。


「……師匠、俺達……」

「分かってる。ありゃあ化け物だ。よく、生き長らえたな」


 晃の魔力爆発をまともに受けても死ななかった3人。戦いに気が付き駆け付けたダイアスが、その爆発を妨げたのだ。


 “波動はどう

 魔力が少なく、魔法の苦手なダイアスが考案した、数少ない攻撃系の魔法。

 魔力を剣に込め(込める必要は無いが、そうした方が攻撃をイメージしやすい為)、遠方まで飛ばす。

 少量の魔力でも高い威力を出し、距離が離れてもなかなか威力が落ちない。リンゼすらも認めた魔法攻撃である。


「逃げて正解だ。だが……あれを放って置く訳にはいかねぇな」


 再び、怪物が動き出す。


「でも師匠。今、俺達に魔力を……」


 3人の重傷を治すほどの魔力を分け与えた。

 ダイアスの持つ魔力はさほど多くない。それなりの魔法使いから見れば、ほんの僅か。


「ああ。奴の魔力は底が知れねぇ。魔法で戦うのは無謀だ」


 これだけの魔力を放っても、未だ薄れない脅威。

 底の見えないほど、まるで深海のように、深い、深い魔力。それが底ごと動けば、莫大な津波のよう。

 狩野晃は、まさに歩く災害である。


「──俺が闘う。あのガキに、年季の差ってのを教えてやる」


 狩野晃を海とするならば、ダイアスは──山。

 剣を握り、足を踏みしめる。その動作一つ一つに、隙がなく重みがある。


「お前達は離れてろ」


 3人に逃げるよう促し──剣豪ダイアス、死地へ向かう。


  *


 晃は自身の魔力放出により、肉体がボロボロになっていた。


 しかしそれも、魔法により回復する。


「はぁ……はぁ……」


 切断された左腕はくっ付き、出血は止まった。


ドロッ……


「ッ!!?」


 ──かに思えたが。

 肉体そのものは治っても、度重なるダメージと回復の繰り返しは、晃の体調へ変化を及ぼしていた。


「ちっ……」


 鼻血と吐血を拭い、晃は折られた剣を拾う。

 魔力放出により、受けた毒は消し飛ばされていた。


「よう……俺の弟子達が世話になったな」


 ──そこへ、ダイアスが現れる。


「……? お前は……」


 晃は少し朦朧としていたが……すぐにハッとした。


「ッ! 思い出したぜ。お前、剣豪って呼ばれてるダイアスだろ?」

「知ってるのか」

「ああ……なるほどな、秋人はこいつの弟子だったのか」


 晃はニヤリと笑い、刃折れの剣を向ける。


「おい、刃物ってのは危ねえんだぜ? ガキが持つもんじゃねぇ」

「お前の事は、この世界に来てすぐに知った。めっちゃ強いんだろ? なら……倒してみたいんだよ!」


 晃は出力を上げ、攻撃を仕掛けた。


(──速い!)


 その速さに驚くダイアス。


ブシュッ!!


 鮮血が噴き出した。


 “烈突”

 先制したのは──ダイアスであった。


「何……!?」


 単純な身体能力なら、晃が上。

 しかし武人であるダイアスとは、力の使い方が違う。


 晃が踏み込んでから走り出すまで、ダイアスにとっては隙だらけだった。その時に自分も攻撃する準備は出来ており、晃の速さを見定めてから動いた。

 この2人では、初動の速さが圧倒的に違う。


「〜ッ、やっぱ強えな!」


 晃は傷が治り、再び攻める。


 が、それもダイアスはさばき、返し技でダメージを与えた。


(俺の方が速いはず……なのに当たらねぇ!)


 ダイアスと肩を並べる実力者、リンゼ。その彼女を倒した晃に対し、ダイアスが挑んだのは決して過信ではない。


 秋人達が逃げていたという事は、逃げられるだけの隙を作れた。だが魔法で戦えば、リンゼを倒すほどの実力者に勝てるはずが無い。

 であれば、魔法ではなく武術で翻弄した。破れかぶれで魔力放出をするほどに。

 自分の弟子でも武術で勝てたのならば、自分なら対処可能だと踏んだのだ。また魔力放出の仕方から、魔法の使い方も素人だと見抜いた。


 更に、これだけの大規模な魔力放出を行えば、体は損傷する。にもかかわらず衰えた様子もなく動き出したので、回復手段も持っている。


「来いよ三下。まずは包丁の握り方から教えてやろうか?」

「……へっ! 舐めんな!」


 リンゼを殺した理由は、ダイアスも考えた。

 金銭目的、恨みや嫉妬……それらでないならば、単なる純粋な殺人衝動か。


 そして莫大な魔力を持つにもかかわらず、秋人達と剣を交えて苦戦を強いられたのならば、剣が好きなのか、相手と同じ戦法を好むのか……

 自分を剣士だと認識し、強敵だと認めた上で剣で襲って来たので、その予想は確信へ変わった。なので挑発し、なおも剣で来させる。


「うおおおぉッッ!!!」


 魔力出力、大幅上昇。

 晃の力と速さが、数段アップする。


 その攻撃は──ダイアスでも見えなかった。


ブシュウウウッ!!


「……え?」


 勝ちを確信していた晃。

 自分の腹へ突き刺さる剣に、まず驚きの声を漏らした。


「ぐあぁッ!」


 晃は慌てて後ずさった。


「ちっ……浅かったか」


 魔力を大幅に解放した晃は、肉体の強度も上がっており、貫けなかった。


 しかし、それよりも──


「……なんで、反応できる!?」


 ──何故ダイアスは、不可視の攻撃をさばけたのか?


「目に見えるものしか捕えられねぇのは、二流の武術家だぜ」


 答えは、相手が動く前に動く。即ち“せんせん”を取ること。

 初動の遅い晃の攻撃は、いつ来るのか、ダイアスには分かっていた。


「おらあああぁッッッ!!!!!」


 更に出力を上げ、超スピードで向かって来る晃。


 対し、ダイアスの取った戦法は、


スッ……


 でも、でもなく、


ザクッッッ!!!


 相手が来る場所へ、剣を置く。

 晃は自分自身のスピードによって、自身の腹へ剣を突き刺してしまった。


「……がっ……!!」


 ──これぞ、武の極致。


「はッ!!」


 今度こそ、腹部へ深々と刺さった剣。

 それを左へ引き裂き、晃の右脇腹が大きく開いた。


「…………ッ!!!」


 晃は倒れ……血溜まりを作る。


「……あの世でリンゼに詫びな」


 動きが停止し、どんどん血が流れ、ダイアスは酷く虚しそうに呟いた。


「リンゼ……お前はすげぇ奴だな」


 リンゼが敗北したのは、相手が悪人であっても殺そうとしなかったから。

 なるべく自然に被害を出さないよう、村を巻き込まないよう、戦いの規模を最小限まで抑えていたから。


 ……全力を出したとて、勝てたかは分からないが、厳しい状況だったのは間違いない。

 対してダイアスは、魔法ではなく剣で勝負をした。魔法よりも射程距離が短く、周囲への被害が少ないので、戦いやすい状況だった。


「……悪いなぁ」


 優しさ故に、リンゼが殺そうとしなかった晃を、自分の手で仕留めてしまった。

 ポケットに仕舞っており潰れてしまった、彼女への手向たむけの花を握り締め、ダイアスはこの場を去った。


  *


 無事帰還したダイアスに、3人は歓喜する。


「「……師匠!」」


 ダイアスはニッと笑い、指二本の仕草で応えた。


「奴の剣が折れててやり易かったぜ。エルノア、やってくれたんだな?」

「まあね。でも相手がアルフくんに集中してたからさ」

「エルノアが来てくれなかったらやられてた。助かったぜ」


 そう話す3人に、ミルフィは気不味そうにする。

 それに気付いた秋人が、声を掛けた。


「ミルフィ……大丈夫か?」

「…………ん」


 魔力を練り上げ、全魔力を放出したミルフィは、体が内外共にボロボロになっていた。体内を優先的に回復し、ひとまず命は取り留めた。

 その為、体の表面はまだ傷だらけである。


 エルノアが収納していた荷物を取り出し、秋人はミルフィを手当てし始めた。薬を塗り包帯を巻く。


「……あり、がと」

「もう無茶すんなよ」


 秋人も背中を焼かれ、治して貰ったものの火傷は残っているのだが。


「……なあミルフィ。俺さ、リンゼさんの部屋を調べてた時、隠し部屋を見付けたんだ」

「……? そんなの、知らない」

「そこにはリンゼさんの日記があった。その内容が──」
















 ──その時、秋人とダイアスが異変に気が付いた。


「……師匠、トドメは……」

「刺した。粉々にはしなかったが、もう魔法を使おうとする体力すら無かったはずだ」


 事実ダイアスは、血を流し動きが止まった晃を見届けた。

 即死させるには首をねるのが一番だが、自分と同じ人間に、そこまでの仕打ちをするのは気が引けたのだ。


 ──来る。


「…………フシュウウゥ……」

「あの状態から復活するか……誰かが助けたのか、それとも……」


 周囲一帯に人の気配は無かった。これだけの被害があれば、普通は近付かないだろう。

 晃は、自分一人で旅をしていると言っていた。


「……様子がおかしい。正気を失ってるな」


 晃は瞳が赤く染まり、血管が膨らみ、不自然に体がピクピクと動く。


ボウッ!!


 晃の体から、魔力が撃ち出された。


ギンッ!!


 ダイアスはそれを、秋人達を守るよう剣で弾いた。

 更に連続で魔力が飛んで来るが、ダイアスは全て弾く。


 ──“気の起こり”。

 せんせんを取るには、それを読む必要がある。

 気の起こりとは、攻撃を仕掛けようとした際、実際に動くよりも先に、筋肉や視線、闘気がわずかに動くこと。


 ──そして魔力が存在するこの世界にて、ダイアスは“魔力の起こり”を読む事に成功した。相手が魔力を使おうとした際、相手の体内の魔力がわずかに揺れるのを察知し、いつどこから魔力が来るのか先読みする。


「ぐっ……!!」


 だが、晃の無尽蔵の魔力は途絶える事なく発射され、防戦一方を強いられる。

 更に、秋人達を守る為、下手に動く事が出来ない。


「マズい、俺達が足手まといに……! エルノア、お前の召喚魔法で、俺達を逃がせられないか!?」

「いや、これは……!!」


 晃の魔力は、一直線ではなく、全方位へ無差別に放たれていた。これではどこへ移動しても餌食となってしまう。

 魔力の雨はどんどん速度と回転力を増し、マシンガンのようになってゆく。


「やはり、無心で戦っているのか……! 一体何が、こいつを突き動かしている……!?」


 それでもなお、受けて受けて受けて、全て受け切る。

 ……だが、このまま受けに徹し続けていれば、いずれは体力が尽きてしまう。


「〜ッ……!!」


 決死の覚悟で突撃しても、異常な回復能力を持つ晃を、止められるかどうか。


 何より、後ろに居る3人を放っては──


「師匠、俺達なら大丈夫だ! 攻めてくれ!!」


 秋人が叫んだ。

 守っていては勝てない。勝つには、攻めること。


 ……自分では何も出来ない。目の前の問題を、他人に頼り切る。

 そんな今の状況が、耐えられなかった。親孝行も出来ずに終わってしまった前世。


「……ッ! 分かった、任せろ!」


 弟子の叫びに、師匠ダイアスは応える。

「うおおおぉッッ!!!」


 ダイアスは攻撃をさばきつつ、晃へ接近した。


 その間、捌かなかった攻撃や、攻撃が地面へ当たった事による爆発が秋人達を襲う。


 秋人とエルノアの“波動はどう”。

 ミルフィの“廻転魔式かいてんましき”。


 3人は固まって防御に徹し、攻撃を受ける。


「ッ!」


 晃に接近したダイアスは、ある事に気が付く。

 頭、首、心臓、背骨、股関、など……重要な部分が、分厚い魔力で守られている。これでは殺せない。


(……正気を取り戻しかけている?)


 だがダイアスは、恐れず剣を振るった。


「なら──これで目を覚ましてやるよッ!!」


 急所への攻撃が効かないと分かったダイアスが狙ったのは──右腕。

 もちろん、普通に斬ったところで回復されてしまう。


 ──先程を使わなかった理由は、周囲への被害を出さない為。

 晃の無差別攻撃によって甚大な被害が生まれている今、もはや気にする必要はない。


「喰らえぇッッ!!!!!」


 ダイアスの剣が、晃の右腕をね飛ばす。


「うぐぅッ……!?」


 そのショックで、晃は意識を取り戻した。


「〜ッ!!? 回復しない!!!」


 晃は回復魔法を使った……が、右腕は回復せず、ひたすら血が噴き出す。


 “時空斬じくうざん

 剣豪ダイアス、最強の斬撃。


 時空を斬り裂くが如く……魔力の塊を切り離すのではなく、を破壊する。

 右腕の切断面は、魔力その物を破壊された事で、体との繋がりを完全に失った。いかなる回復魔法でも、繋げる事は不可能である。


カッッッ──!!!


 魔力という未知数な物質が壊れた事で、その内に秘められた無限大のエネルギーが大爆発を起こす。


「ぐおおおぉッッ!!」


 爆発の中心にいるダイアスと晃は、それに巻き込まれた。

 両者共に吹き飛ばされる。ダイアスは秋人達を守るべく、全魔力を以て“波動はどう”を放って防御した。


「「師匠ッッ!!!」」

「……ダイアスさん!!!」


 飛ばされたダイアスへ、3人が駆け寄る。


 一方、晃は……


「……う、ぐおぉ……が、あ……!!」


 切断され、治る事のない右腕。爆発による全身への大ダメージ。

 無事に済んでいる秋人達を見て、トドメを刺される、いやこのままでは出血多量で死んでしまう……そう判断し、着ている服を破って包帯代わりに切断面へ巻いて、逃走した。


 3人はダイアスを心配し、晃を追う事はしなかった。


「ぐ……ふ……参ったぜ。……病院、連れてってくれ……」


 慌てて3人はダイアスを運び、村の病院へ向かった。


 ──こうして、この戦いはひとまず幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る